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セイデンキ‐異世界平安草子‐  作者: 蘭桐生
第一伝:幼少期~新時代の幕開け編~

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二十九話 新年の贈り物

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人時代817年 元旦


 新年を寿ぐ挨拶を交わして朝餉を終えると、サキ母様は近衛としての勤めを果たしに内裏へと向かった。


 今日は昼からウチと同じく武の御三家の一つであるテミス家が年始の挨拶に来るそうなので残った家族全員で出迎える予定だ。


 テミス家の兄妹妹妹(きょうだい)とはうちの誰かが婚姻を結ぶ可能性もあるので、実質子供同士の顔合わせのようなものだ。


 その前に誕生日プレゼントもとい、新年の贈り物をそれぞれの部屋へ持っていく。

 近い順から渡そう。

 まずは隣の部屋のキント兄だ。


 流石に元旦にまで抜け出してどこかに向かったということはなかったようで、今日はちゃんと部屋に居てくれた。


「キント兄、こちらは新年の贈り物です。お受け取りください」

「おう! ツナ! なんだこの箱? 去年と同じ菓子か!?」


 期待に胸を膨らませて箱を開けるキント兄だったが、中から出て来たものが去年俺が全員に渡した干し柿のクッキーではないと知ると明らかにつまらなそうな顔をした。


「なんだこれ? 食えねぇモンならいらんぞ」

「それは匂い袋と言ってとても良い匂いがするでしょう? お気に召しませんか?」

「うーん。嫌いな匂いじゃねぇけど、そういうのはオレには似合わねぇよ!」


 案の定、匂い袋が自分に似合うかどうかというところがネックらしい。

 ただ、摘まんで何度も匂いを嗅いでいるところを見るにラベンダーの香りは気に入ったようだ。


「キント兄が良い匂いを身に着けていると女の人は喜ぶかもしれないよ?」

「なんだと! 本当か!?」


 あー。やっぱり。

 いつも抜け出して山で会っている相手は女性だったようだ。


 侍従たちから毎回庭先の花を抜いて行っては泥だらけで帰ってくるとか聞いていた辺り、相手の女性もヤンチャな性格をしているのだろうか? 

 イマイチ人物像が掴めていないが、毎回花を持っていくということは花の香りなんかも嫌いではないのだろうし、匂い袋は印象良いと思うんだ。


「うん。なんだったら幾つかあるから少しならその人にも渡していいよ?」

「おう! コレ良い匂いすっから、ねーちゃんが欲しがったらやろうと思う!」


 なんと! 年上なのか。

 キント兄は長子だから将来は家同士の婚姻とか色々とあるだろうけれど、その前に実るかどうかは分からないけれど自由な恋愛を楽しめると良いな。

 まあ恋愛に関して俺も対した経験など無いから他人に偉そうなことは言えないのだが。


「一緒の匂いをつけられるのは仲良い証だね!」

「そ、そうか? 気に入ってくれると良いなぁ!」


 そのまま山に行きそうなテンションだったので元旦は向こうも予定があるだろうからと、首飾りを付けてやってラベンダーの香りを嗅がせてなんとか落ち着かせた。


 次は母屋のヨリツ父上だな。


「父上、こちら新年の贈り物でございます。どうぞお受け取りいただきたく存じます」

「ふっ。ツナに物心がついてからは毎年恒例になったな。これを私も楽しみにしているところがある。有り難く頂戴しよう」


 父上が俺の差し出した細長い漆塗りの小箱を開けると、ほう。と感嘆の声を漏らした。


「これは箸か。箱と同様の黒漆に蒔絵の金色が美しく映えている。しかしこの蒔絵は見たことのない柄だな?」

「はい。我がトール家に相応しいかと思い、天から降り注ぐ雷を模してございます」

「なるほど。黒雲と雷を表しているのか。これは見事だ。それで? お前の手元にある赤い箱はなんだ?」


 父上は満足気に頷いて箸を見ていたが、ふとこちらを見たときに俺の手元に赤い箱があることに気付いたようだ。


「こちらもどうぞお受け取りください」

「ふむ。こちらは赤漆の箸か。む? 蒔絵が寸分違わず同じ柄だと!? 精緻な技巧は驚嘆に値するが何故このような物を用意したのだ?」


 父上は箸が2膳あることを疑問に思ったようだ。

 父上一人であれば1膳で事足りるのだから当然だろう。


「はい。そちらの赤漆の箸はサキ母様にお渡しください。その箸は二膳一組の夫婦箸です。ヨリツ父上から揃いの箸だと知らされて手渡した方が母様も喜ぶでしょうから」

「お前というやつはまたそんな我らを茶化すような真似を……」

「夫婦揃いの箸というのは中々に風雅ではございませんか?」


 父上が少し顔を赤くしてブツブツと文句を言おうとしたが、これは照れ隠しだと分かる。

 こういう時の文句は長くなると知っているので聞く気のない俺は割り入って話を畳みかけた。


「う、うむ。そうだな......。最近は視察に練兵にと忙しくサキを構ってやれなかったし、これを機会に話をしてやるのも良いだろう」


 うちの父上は武門の家柄では珍しく和歌や雅な事がお好きなのだ。

 子供たちに内緒で恋の歌や恋絵巻なども嗜んでおられるのは母様からこっそり聞いていたのでこういうことは好きだろうなと思っていた。

 母様にどうやって渡すのが良いかと悩み始めた父上を放置してその場から退散する。

 そういうことは経験が無いので役に立てないし、俺の入れ知恵無しのほうが母様も喜ぶだろう。


 父上の母屋から北の対屋に移動して手前にあるサダ姉の部屋前で侍女頭のヤチヨさんにサダ姉への取次ぎを頼む。


「こ、これは、ツナ様! 新年お喜び申し上げます。サダ様は只今お召し替え中ですので暫しこちらでお待ちいただけますか?」

「わかりました。ヤチヨさんはあれから心身共に十分休まれましたか? 戻ってきてからも異常ありませんか?」

「はい。お陰様で。お屋敷に居ると未だ偶にプラム様のお怒りになった時のお声がしないかと委縮してしまうこともありますが、やはり大恩を受けたことも事実ですので今後もトール家の皆様に誠心誠意お返ししていけたらと思っております」


 侍女頭のヤチヨさんは未だプラム婆様の呪縛から完全には抜け出せていないようだが、それでもトール家に仕えてくれようとする気持ちが勝ってくれているのはありがたいことだ。


 軽く立ち話をしているとサダ姉の着替えが終わったようだ。

 部屋へと通されるとそこには朱色を基調とした十二単(じゅうにひとえ)姿のサダ姉が居た。

 普段は纏めている朱色の髪は下ろされて垂髪(すべからし)に整えられている。


「サダ姉様とてもお綺麗ですね。お召し物も良くお似合いです......あー。こちら新年の贈り物なのですが、御髪(おぐし)を下ろしている時にお渡しするべきでは無かったですね……申し訳ありません」


 サダ姉への贈り物は手作りの棒簪(ぼうかんざし)だ。

 普段は髪を纏めて居るので使うこともあっただろうが、今日は垂髪にするとは思っていなかった。

 これは渡すタイミングに失敗したな......。


「簪ね! 良いじゃない! これは翡翠? もしかしてツナが作ったの!?」

「はい......桜を削って黒漆を塗りました。流石に翡翠は買ったものですが、サダ姉様の美しい朱色の髪に似合いそうな色の物を市中で見かけたのでついつい作ってしまいました......。また髪を纏められた時にでもお使いくださると嬉しいです」


 今回の贈り物の中で唯一かつ今までで最も身銭を切ったのがこの翡翠玉だ。

 市中で翡翠を見かけて、たしか朱色の反対色が青緑色だったなと中等部の美術の時間に見たカラーチャート表を思い出したことでつい衝動買いしてしまった。


 結構なお値段で手持ちを少し越えていたが、交渉して差額分まけてもらうことで誰かに金銭を借りることなく済ませられたので帰り道で自分を滅茶苦茶褒めた。

 値切り交渉なんて二度の人生合わせて初めて経験したわ。


「今すぐ挿すわ! ヤチヨ! この簪を挿したときに一番似合うように髪を整えて!」

「サダ様!? 今日はテミス家のヤスマ殿もお見えになられます! 他家の殿方をお招きする際は未婚の娘は髪を下ろしているのが習でございますよ!」

「いいわよ別に! ヤスマ殿は顔は良いけれど、(わらわ)みたいなお転婆な女子よりもお淑やかな姫子のほうがお好きだという噂を聞いているわ!」


 髪を纏めるか否かで口論になってしまった。

 なんというかあの時の二人がここまで仲良く? 喧嘩できるようになったのは凄く感慨深い……。

 と、口論の元凶を持ち込んだ俺が現実逃避しそうになっていると決着したようで、なんと髪を纏めるという。


 結い上げる少しの間だけ退出を促される。


 俺としては後で見ることになるのでこのままエタケの所へ行ってもよかったのだが、贈り主にはちゃんと見届ける責務があると言われたので従うことにした。


 そして少し時が経ち呼ばれたので再度入室すると、髪を後ろで球形に巻いた所謂お団子ヘアーなサダ姉が俺の作った簪を挿して飛び切りの笑顔で迎えてくれた。


「とてもお似合いです! サダ姉の綺麗な朱色の髪に翡翠の色がよく映えています」

「驚きました。本当にお似合いですわね。プラム様はミチザ様がお好きな梅の色ばかリ身に着けてらっしゃいましたから、翡翠の装飾品は持っておられませんでしたので朱に翡翠が映えるなんて思いもしませんでした」

「えへへ♪ そう? そんなに似合っちゃう? 嬉しいなぁ~♪」


 俺とヤチヨさんが褒めるとサダ姉が顔を紅らめ頬を押さえてクネクネとしている。

 最近はツンケンした態度で当たられることが多かったので、非常に微笑ましい光景である。


 もう少し見ていたかったが、来客前にエタケのところにも寄らねばならないので後のことはヤチヨさんに託して失礼した。


 隣部屋のエタケのところで侍女に取次ぎを頼むとすぐに室内へ通された。


「にいさま! しんねんおめでとうございます!」

「はい。エタケ新年おめでとう。これは俺からエタケへの贈り物だよ」


 エタケも3歳になってしっかりと喋れるようになってきた。

 ただ、俺が「にいさま」でキント兄に対して「あにうえ」なのがちょっと引っ掛かる。

 いや、キント兄の方が年上なのだからその方が自然なのだけれど、俺って精神年齢が低いと思われてるのだろうか……。


「え! こ、これは! ないしょのごほん? エタケがもらっていいのです?」

「うん。このお部屋で読むだけなら内緒じゃないよ。爺ちゃんとルアキラ殿の許可は取ってあるからね。ただし外に持ち出すのはダメだし、この本のことは俺と爺ちゃん以外には内緒だよ」


 エタケへのプレゼントはルアキラ殿の所の植物保管庫にあるものから俺が知っている花をいくつか厳選して描いた花図鑑だ。

 これが一番時間を掛けたプレゼントな気がするので喜んでくれて嬉しい。

 目の前の結界内にある花々を細い筆で描いて頑張って色も付けた。

 絵具はルアキラ殿のところにあるものを使わせてもらったので懐は痛んでいない。


「ないしょ! わかりました!」

「うんうん。エタケは偉いねぇ。約束を守れたらそのうち本物の花も見せてあげるからね」

「ほんと!? ほんものいいのです!?」


 俺が本物の花のことを話すとエタケの目の輝きが一段と増した。

 この花々の存在はずっと俺の空想の話だと思っていたのかもしれない。


 植物保管庫の事も既にエタケに見せてもいいかは爺ちゃんとルアキラ殿には許可をとってあるが、今は結界農法による大量栽培の研究と生育後の素材の活用や蒸留器の改良で忙しいらしく見学はしばらく待ってもらいたいとのことだった。


 エタケ付の侍女の一人、チグサさんに本については他の侍女共々一切の口外禁止であることを頼んだ。


 まだ世に出回るのには時期が早いのでね。

 全部の栽培に成功したら改めて書籍化して売り出すのは良いかもしれないな。


 いや、説明文はともかく絵を全部手描きで写本は死ねる……印刷技術が要るか……。

 野望は潰えた......。


 いや! 絵だけなら下書き描いて板に掘ってもらって木版印刷するか? 

 なんにせよ腕の良い職人と実験に使える資金がなきゃ話にならないな……。

 やはり野望は潰えた......。


 その後、来客の時間ギリギリまでエタケに図鑑を見ながらそれぞれの花の特徴なんかを読み聞かせて教えてやる。

 エタケはまだ読み書き習っていないのでこの図鑑で文字の読み書きが学べると良いな。


 え? 爺ちゃんへのプレゼント? そりゃ間に合わなかっただけだよ。

 去年の暮れにウイスキー(麦と米と玉蜀黍(トウモロコシ))を作って寝かせているのだ。

 一番最高のものを渡せるのは10年後くらいになりそうかな。


 頑張って長生きすればするほど良い酒になるよとは言っておいた。

 

 ちなみに澄み酒は既に存在していた。なんでも勇者カツゾウが知識を齎したらしい。(製造禁止を免れるために今では別の人物の功績になっているようだが)

 偉い人にウケる手軽な内政チートは先取りされていた。ズルい。(ズルくない)



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