二十七話 薫衣草の香り
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いよいよ年の瀬が迫る。師走の最終週。
この世界では誕生日という概念はまだ無く、新年を迎えると同時にみんな揃って年齢を重ねるのである。
数え年ではなく0歳からの始まりというのが少し不思議な風習だ。
つまり誕生日プレゼントなんて文化は存在しないのだが、俺は今年からは家族全員にそれぞれ別の贈り物をするために準備をしてきた。
去年までは新年の挨拶と同時に全員纏めて同じものを渡していたのだが、やはり祝いの品としては個人ごとに違ったものを貰った方が嬉しいだろうと考えを改めたためだ。
ただ考えを改めたのは先のヒデヨシとの一件が契機なので、師走のこの超忙しい時期に方々へ依頼する訳にもいかず、専ら手作りかルアキラ殿の所で研究してもらっていた物の試作品になる予定だ。
来年はもっと前から準備をしよう......。
という訳で正月準備に忙しくしている中で申し訳ないと思いつつも、ツチミカド邸の石蔵の一棟にお邪魔している。
この石蔵は以前お邪魔した草花を保管している蔵の隣にあり、あの植物たちで何か作れないかと日々研究しているそうだ。
ここ数日はルアキラ殿も爺ちゃんも忙しくしているようで、送り迎えをトール家の牛車に頼み、作業についてはこの石蔵の担当であるエンギョウ殿が見守り役についてくれている。
「ツナ様、こちらが指示通り抽出した薫衣草(ラベンダー)の精油と蒸留水でございます。また乾燥させたものは花だけ取り分けてこちらの壺に入れてあります」
「エンギョウ殿、ありがとうございます! 大量の花からたったこれだけしか抽出できなくて驚いたでしょう?」
エンギョウ殿もこれまで植物を研究してきたが、基本的に生薬や漢方といった加工方法しか知らなかった。
精油の抽出方法も圧搾以外には知らぬようだったので水蒸気蒸留法をルアキラ殿から異国の技術として伝えてもらって特注で鋳物職人に蒸留器を作らせたらしい。
蒸留器は俺が知っているらんびき蒸留器とアランビック蒸留器の二種類の構造を説明したが最終的には大量生産が目的だったのでアランビック蒸留器を目指したそうだ。
腕の良い玻璃(ガラス)職人を見つけるまで苦労したらしいが、多少妥協した部分はあるもののなんとか用意してもらったそうだ。
そして実験を繰り返した努力の結晶がこの一瓶の精油と芳香蒸留水というわけだ。
「そうですね。ですが、まさかあんな方法で香油を取れるとは思いもしませんでしたよ。異国の技術は凄いですね」
「薫衣草に限らず他の植物でも同じように精製出来るようですよ。植物によっては熱に弱いものがあるそうなので、少量ずつ試してみるのが良いかと思います」
この蒸留器を使えば蒸留酒も作れると教えてあるので爺ちゃんたちも目を光らせていたな。
それぞれ専用の蒸留器を用いなければ香りが移るのでそこだけは注意するように伝えてある。
鋳物職人さん、玻璃職人さん、来年は忙しくなるだろうけれど頑張って......。
「大量に採れるようになったのは結界農法のおかげですね。ところでこの乾燥させた花はどうなさるのですか? お茶にするのでしょう?」
「結界農法が上手くいってよかったです。乾燥させた花は匂い袋にしようかと思っています。日頃身に着けていて欲しい方が居るので......」
身に着けて欲しい方という言葉にエンギョウ殿は、ほほう? とニヤニヤしている。
恐らく俺が意中の女性に渡す所でも想像しているのだろう。
自分の作った香りを毎日身に着けていて欲しい等というのは確かにロマンチックな愛情表現かもしれない。
が、残念ながら今回渡す相手は男だ。
俺がラベンダーの匂い袋を渡したいのはキント兄。
獣憑きと呼ばれる生まれつきの個性のせいで常に人よりも激しい興奮状態に苛まれている。
そんな兄にリラックス効果やストレス緩和効果のあるラベンダーの香りを身に着けてもらうことで多少なりとも落ち着いて休めるようになってくれたらいいなと考えたのだ。
典雅な皇京男性なら匂い袋を身に着けることに抵抗はないだろうが、我が兄は雅とは無縁なので渋るとは思う。
しかし殺し文句は用意してあるのできっと身に着けてくれるはずだ。
俺は小さな麻袋に干したラベンダーを詰め込み組紐で結んで首飾りを作った。
香りが薄くなっても外して別のものを結び直せば良いように予備の香り袋を10個ほど用意して小さな桜の木箱に精油の小瓶と一緒に詰めた。
硬い桜の木なら多少の衝撃なら壊れないだろうし、仮に持ち歩くとしても腰から下げて邪魔にならないギリギリの大きさだと思う。
もし気に入ってくれるなら来年は箱を身につけやすいように革のホルスターでも作ってあげよう。
ただ今年はもう制作が間に合いそうにないので勘弁してほしい。
自分の作業を終えるとエンギョウ殿に精油や芳香蒸留水の利用方法を伝える。
精油は香りが強いので典雅な方々に流行りそうだと仰っていた。
ここの人達は基本的に入浴しないからな。
雅な方々は色々と匂いや臭いが気になるのだそう。
貴族のお姫様方は十二単を着てらっしゃるようだし。
その辺はうちのサダ姉の柔軟さを見習ってほしい。
暑いからと袖の無いギリシャ風の服(たしか木褪とかいう名前だったかな)を着ちゃうのだから。
キトーンは大昔の神様がそんな格好だったと今でも伝わっていて庶民はよく着ているが、雅な方々は露出の多さから毛嫌いしているのだそう。
流石にサダ姉も秋冬は寒いので着なくなった。というかもう少し恥じらいというものを身に着けて欲しかったりする。まだまだ少女な肉体といえども生地が薄すぎてこっちが目のやり場に困る。
兎にも角にも臭い事情や衛生面を考えるとサウナタイプの風呂ではなく、掛け湯か入浴を広める必要はありそうだ。
本人でも従者でも水属性の魔法を使える者が居れば水浴びなんて簡単だろうに。
俺が水属性の魔法の使い手であったなら色々とやれることもあったのにな。
いや結局、命素量が少ないと大したことは出来ないか。
今これだけ色々と出来ているのは雷属性だからこそだと思う。雷属性万歳、万歳、万々歳!




