二十六話 無我の境地
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魔族軍による侵攻というトラブルはあったものの、軽微な被害で撃退したため皇京では予定通り新嘗祭と豊明節会が執り行われた。
新嘗祭とは神皇がその年に収穫された作物を天空大神や天神地祇に豊穣の感謝を奉告をし、供え物を神から賜ったものとして自ら食すことで次の豊穣を祈る儀式で、豊明節会は紫宸殿で帝が芸事などを天覧する饗宴だ。
今年は急遽、魔族軍を退けた武功に対して昇叙の儀が同時に執り行われ、被害を最小限に押さえた事、牛鬼もとい嶬峨素族のヤスケを討ち取ったこと、魔族軍の幹部とみられるヒデヨシを撃退したことで帝から恩賞として父上が正五位下・兵部権大輔に昇叙された。
爺ちゃんは俺が生まれた時に色々やり過ぎたせいで後6年は昇格が出来ないらしい。
俺がヤスケの腕を斬り落としたことなどは一切を伏せることとなった為、我儘で戦場に付いて行って人質にされた愚かな子という風評がついた。
実際その通りではあるし、それに下手に武名を轟かせて目立つよりマシだ。構うことはない。
ちなみに俺は帰京してからすぐにルアキラ殿から言われて、7日間物忌みと呼ばれる厳重に戸締りをして屋敷に引き籠る儀式を実行していたので昇叙の儀は見れていない。
悪目立ちし過ぎるのを避けるために、魔族軍に攫われかけて穢れたのでそれを祓った。という建前が要ったらしい。
貴族社会とは面倒なものである。
物忌みで困ったのはサキ母様に思い切り心配をかけてしまったことと、サダ姉が事の真偽を確かめようとして、俺に対する当たりが一段とキツくなったことだな。
体裁上、屋敷の中でも穢れを祓うまで自室に籠り面会謝絶状態だったので出て来れた時には抱きしめられながら説教されたり、涙目で色々問い詰められたりしてとても心苦しかった。
ヤスケの死体に関してはその大きさから埋葬するのは難しいということで、戦都で首塚を作ることにして、抜き取った心臓を魔石化した後は戦場で荼毘に付した。
抜き取られた心臓は魔力を流すことで心臓に残った命素が魔力に変換されて収縮し魔石になる。
ヤスケの心臓はかなり大きな魔石になったが、今回の口止め料代わりにそのまま朝廷に献上したようだ。
巳砦の被害はそこまで酷いものではなかったようで2週間ほどで復旧出来たという。
人的被害は死傷者二十四名。内訳は戦死者が六名、負傷者が十八名。
俺の誤った選択で傷つけてしまった人の数だ。
ヒデヨシ撤退後すぐに負傷者たちに謝罪して回ったが指揮官のヨシ兵部少録からは「皆、ここが戦場の最前線だと分かっているのでそんなに謝罪する必要はない」と慰めの言葉を頂いた。
ヨシ殿自身もヒデヨシ達に狙われたが、すぐに父上が救援に駆けつけたことでかすり傷程度で済んだようだ。
今回は父上の世話になりっぱなしだな......。
自己満足ではあるがせめてもの罪滅ぼしにと、他の兵に混ざって最初の侵攻で死骸となった魔獣の心臓の抜き取りは精一杯励んだ。心臓は兵士たちの手によってその場で小さな魔石に変わっていった。
採集された魔石の利益が少しでも負傷者や遺族への補償の足しになってほしいと願う。
■ ■ ■
13日も過ぎ正月準備の為にあちらこちらが忙しくなっている師走のある日、俺はクラマの山中を必死に走り続けていた。
集中力を切らさずに周囲を感知し続ける訓練として、師匠の式神たちに追い回されている。
雷神眼だけでは探れないように岩の身体を持つ剛礪武なんかも潜んでいる。
「ほらほら、気を抜いてはいけませぬぞ! 先の戦いで悔しい思いをしたのなら、それを自分が伸びる糧になされい!」
「はぁ……。はぁ……。はいっ!」
気を乱すとすぐに樹上からキイチ師匠に発破を掛けられる。
師匠は走らずに木の上を跳んで移動しているが地上の俺よりも素早い。
履いているのが一本歯下駄であることを忘れさせるほどだ。
今回の修行は式神に捕まってしまうと、日暮れまでの残り時間を全て座禅で過ごすことになる。
初日は開始早々、地面に潜んでいたゴーレムに足を掴まれてしまい思わず大声が出てしまった。
4~5日続けていると罠狒々の時と同じように、自然の中にあるほんの少しの違和感に気付けるようになり、擬態しているゴーレムなども回避出来るようになってきた。
この修行を始めて今日で2週間だが、まだ日暮れまで逃げ切れたことはない。
「っ! 何か来る!?」
不意に嫌な気配がしてその場から跳び退ると、先ほどまで自分が居たところに狒々が降ってきた。
「おや、気付かれましたか。やりますな。剛礪武に狒々を投げさせて空中から奇襲というのは面白......ゴホンゴホン、上手くいくかと思ったのですが」
「今、面白いって言いそうになってましたよね!!」
俺の戦い方が不意を突くものが多いからなのか、師匠も様々な奇襲や奇策を用意してくるようになった。
いや、最初から驚かせてくるのが好きな人だったとは思うが、最近は輪をかけて増えている。
お化け屋敷じゃないんだから。と思わぬことも無いが、どんなことが起きても平常心でいられるように鍛えてくれているのだろう。
だからっていきなりゴーレムや狒々が次々に転移してくるのは反則だと思うんです。
あんなのは防ぎようがない。
と、愚痴りながらも目の前に現れた狒々を迎撃して俺はまた走り出す。
木を背にして周囲全方位の気配を探る。
雷神眼には近くの樹上に居る師匠以外の生物反応は感知されず、五感で探ってもゴーレムが潜んでそうな違和感はない。
警戒を解き、深呼吸する。
極度の緊張状態から一気に休息に入ったことで、今の感覚は無に近い。
一種の精神統一状態なのかもしれない。
そうやって心を無にしていると、突如として左後ろ側に違和感を感じた。
「!」
違和感を感じると同時にその場から転がって背後を確認すると、いつの間にかゴーレムが出現していた。
今のは明らかに現れるより先に違和感があった気がする。
その差は刹那であったが、転移を直前に察知できた? ということだろうか。
今の感覚を忘れずにいようと思った矢先、全方位に転移してきた6匹の狒々に捕らえられた……。
「……………………」
捕まってしまったので寺に戻り水浴び後に着替えて座禅を組んだ。
さっきの感覚を思い出そうと深く深く呼吸して集中する。
「……………………」
ダメだ。違う。こうじゃない。
「雑念に囚われておりますな。さっき上手くいったのは意識してのことでしたかな?」
「............!」
師匠から助言と共に警策で肩をピシッと叩かれる。
そうか。緊張から解放された後に感じていたのは無だ。
何も考えてはいなかった。考えるんじゃなく感じるってことか。
思考を捨て去り、頭も心も無にしていく。
吹き抜ける風、木々の騒めき、心臓の鼓動、呼吸、そういった音すら気にならなくなっていく。
自分がその場に溶け込んだような、一体となってそこに何も存在しないかのような無の感覚。
不意に背後に違和感を感じた。
「はっ!」
「キ!?」
身体が自然と動き、突如としてその場に現れた狒々を組み伏せていた。
「お見事。無我の境地に至りましたな。明鏡止水。曇りなき鏡で全てを写し、止まった水は微かな変化も逃しませぬ。これが無属性の性質ですぞ」
「無属性は何も無いのではなく、無数のものに成れるということでしょうか?」
「そう考えた方が簡単ではありますな」
師匠はうんうんと頷いている。
「つまり俺は属性が付与される前の状態。命素から魔力に変換された瞬間が分かるようになったということですか?」
「ご自身がそう思うのならばそうなのでしょう」
師匠の言葉から察するに、もっと別な考え方も出来るのかもしれない。
しかし、今俺が体感したものは魔法の”起こり”が捉えられるようになった以外には考えが及ばない。
今はこれで十分だ。
今後も使っていくうちに何か見えてくるものもあるだろう。
俺は師匠に礼を告げて、座禅を組んで再び無の世界に浸った。




