二十五話 ノブナガ軍の幹部
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爺ちゃんの雷槍に穿たれた牛鬼が消えたかと思ったら、次に煙の中から現れたのは狩衣を着た体長6mはある巨大な黒い鬼だった。
黒鬼の頬には大きな刀傷があり、首元まで伸びた顎髭と額には一本角があった。
「こやつ、もしや伝説と呼ばれる巍峨素族か?」
「イテェな! チクショウがぁ!」
巨大な黒鬼は爺ちゃんを睨んで叫んだ。
ヤツが牛鬼の正体か!
牛鬼自体は実体のない幻影か何かで、ヤツはそれを維持する為に結界を張って隠れていたということだろう。
ルアキラ殿から聞いたことがある。札を使った結界ならば強力で維持が楽だがその札の貼ってある一点だけは弱点となるという。
不自然に躱していたのはそのせいか。
あの煙も狂乱効果などないただの煙で弱点を隠すための偽装工作。
「アーア、護封結界も幻影術もドレダケ手間を掛ケテ用意したと思っテンダ! クソッタレ!」
黒鬼が頭を掻き毟りながら悪態をついている。
ヤツがこんな手の込んだことをしていた理由はなんだ? まだ何かあるのか?
俺が黒鬼を注視すると狩衣に紋様が見えた。
あの一番良い装備の男と同じ魔紋。
「狩衣に描かれた魔紋がアイツと同じ! いけない! これは陽動だよ!」
「なんじゃと!?」
俺が気づいて父上に報告しようと振り返った時、巳砦の奥から大きな破砕音や叫び声が聞こえた。
火を放ったのか狼煙の時とは違う色の煙が立ち昇っている。
父上たちも異変に気付いたようで半数を率いて砦内へ向かった。
残り半数は黒鬼を警戒して残したのだろう。
「アッチもヤってんな。ならオレも遊ぶゼェ~! ≪悪鬼よ来タレ、壊セ、穢セ、満たされることのナイ飢えヲ、渇きヲ、忌わしき生者に慟哭を与エヨ!≫ ッ! -急急如律令-!」
黒鬼は左手で懐から形代を取り出すと呪文を唱え、右手の親指の先を嚙み切って形代に自分の血を塗りつける。
するとガリガリに痩せているが腹は出ている小鬼の式神が一度に20体も召喚された。
「む。あれは餓鬼じゃな。大した強さは無いが食欲に任せて人を喰う。喰うても奴らは満たされぬが、喰われた者も餓鬼となり次の得物を求めて彷徨い出す。ワシが黒鬼を抑えるでの。餓鬼はツナに任せた。絶対に砦には近寄らせるでないぞ」
「......わかった」
なんだそのゾンビ能力。
そんなのが襲撃に混乱しているであろう人々のところへ向かうとどうなるかなど火を見るより明らかだ。
それを遊びだと宣ったのかこの黒鬼は......。
式神が能力まで再現できるかは知らないが陽動の為だとしても許せない。
俺は怒りを感じながらも頭を冷やすために深呼吸をする。
「すぅーー、はぁーー」
よし。これでいい。
頭は冷静に、怒りは気迫として燃やす。
雷身で強化し、砦へ向かう餓鬼を後ろから追いかける。
「ギ!?」
「一つ」
一体目の背後に迫り膝丸の間合いに入った瞬間、抜刀と同時に首を落とした。
首を落とされた餓鬼はボンと音を立てて煙と共に形代に戻ったが、再利用が出来ぬよう形代が地面に落ちる前に両断する。
そのまま抜き身の膝丸を持って二体目、三体目と近い順に同じく切り捨てていく。
砦の近くでは残りの餓鬼が守備兵の矢や魔法で討ち取られていた。
俺は落ちている形代を踏み潰したり、雷珠を連続で使うことで紙に穴を焼き空けて再使用が出来ないように処理する。
俺が砦門に辿り着く頃には全ての餓鬼は消え形代は紙屑となっていた。
既に日が沈み始めており、逢魔が時と呼ばれるような空色をしている。
膝丸を鞘に納め、一息つく。
「ふー。爺ちゃん、こっちは片付い——」
「油断はイカンなぁ? ツナ殿よぉ?」
「なっ!?」
爺ちゃんに声を掛けようと振り向いた瞬間に頭の後ろから声を掛けられる。
一瞬の隙を突かれ、慌てて身体を戻そうとしたところで首に腕を回され拘束された。
捕まった!? 人質にするつもりか!!
異変に気付いた周囲に対し、俺の首を折ろうと思えば直ぐにでも出来るぞというアピールのためか何度かグッと腕に力を入れて締められる。
「いやあ、薬を与えた魔獣どもは役に立たなかったが、幸運な事にお人よしに付け込んで全員無事なまま砦に潜入できたってのに、砦の指揮官の首を獲る寸前でオレ以外全滅だよ? どうなってんのさ? お前の父上殿は?」
「父上は凄いんだ。それに比べてお前の作戦は穴だらけだったぞ。自分を狂乱状態にしてた時にそのまま討たれるとは思わなかったのか? ヒデヨシ?」
俺が首を右腕で締め上げている鼠人族の男を睨みつけると、男は目を見開いて驚いていた。
「......こいつぁ驚きだ。どうしてオレがヒデヨシだと分かった?」
「なんとなくカマかけたら当たっただけだよ。ほら正解した褒美にさっきの質問の答えを教えてくれよ」
コイツをヒデヨシだと思ったのは単に信長の部下でネズミと言うと、蜂須賀小六よりもハゲハゲネズミと呼ばれていた羽柴秀吉を連想したからだ。
ただの勘に過ぎない。
無様にも捕まってしまったからには何か情報を引き摺り出したかったのだ。
「ハハッ! こんな状況でやるかよ! 胆力のあるやつは好きだぜ! お前なら御屋形様もお気に召しそうだ! いいだろう。気分が良いから教えてやるよ」
一瞬面喰った表情の後、ヒデヨシは高らかに笑うとさっきの答えを教えてくれた。
「よく分からないことが起きて情報が欲しいときは持っていそうなやつ、つまり一番良い装備を付けた偉そうな奴から話を聞こうとするだろう? 最悪内側はオレだけでも生きてりゃ達成出来ると思ったんだが。ククッ! お前の父上殿の強さのせいで計算が狂ったね」
なるほど。俺はコイツの策略にまんまと乗せられたわけだ。
作戦が失敗したというのにヒデヨシは可笑しそうに嗤うと俺を連れたまま砦から離れていく。
兵達が追い掛けようとするも、ヒデヨシが空いている左手を向けて止まっていろと制止しているため不用意に近付くことができないでいる。
これは俺が招いたミスだ。
だが一人で状況を打開出来るものではない。
恐らくヒデヨシの戦闘能力は俺の比じゃないくらいに強い。
脱出を計るなら父上か爺ちゃんが来てくれたタイミングに合わせて虚を突く他ない。
だんだんと砦から離れ、今はもう灯りくらいしか見えなくなってきた。
誰かが後を追ってきている気配もない。
不用意に近付くべきでは無いと父上が止めさせたのだろう。
そして背後から聞こえる戦闘音が大きくなってきた。
爺ちゃんと黒鬼が戦っている近くまで来たのか。
これ以上近付くのはヤバイな。
俺を盾にされて無抵抗の爺ちゃんが殺されるなんて展開は死んでもゴメンだ。
「そういえば、ヒデヨシが名乗ってたコロクって誰だったんだ?」
俺は何でもいいから話題を振ってヒデヨシの思考を爺ちゃんへ向けないようにする。
「んー。オレもよくは知らんが、御屋形様が言うには遠い世界にはオレと同じ名前の男が居て、ソイツが連れてた部下の一人なんだと。よく分からん話だが良い名だったんでそこから拝借した」
ん? つまりコイツは別世界のヒデヨシ、豊臣いや、信長の時代なら羽柴秀吉? とは関係ないってことか。
「なるほど? ちなみに異名ってヒデヨシの方じゃないよな? ノブナガだと第六天魔王が異名だろ? ヒデヨシだとなんだ? もしかしてハゲネズミだったりするのか? なんちゃっ——」
「どうしてそれを知ってる?」
ヒデヨシの纏っていた空気が変わった。
ドスの利いた低く冷たい声。
凍えるような殺気。
「その名はあの方だけに許された呼び名だ。その名でオレを呼んでいいのはこの世で只一人だけ。それはお前じゃねぇ」
この殺気は以前に師匠から受けたものには及ばない......だから恐怖には耐えられる。
しかし、ここで選択を間違えば首を締め上げられて確実に殺される。
沈黙か返答か、それともここで虚を突くか————
バチィッ!!
「クッ!」
「殺気のせいで注意が散漫になっておったようじゃなぁ?」
俺に殺気が集中している隙を突いて爺ちゃんの電撃がヒデヨシを襲ったが左腕で防がれてしまった。
その一瞬でヒデヨシの腕に生成されたのは土の手甲。
内功型か。それも咄嗟だったからか無詠唱で発動した。
不意打ちだったため防ぎきれずに腕にも電撃が流れたのか左手の指を開閉して動きを確かめている。
雷神眼で感知したこちらへ迫る気配が一つ。
「注意散漫はテメェもだぜジジイ!」
「ぐおっ!?」
「爺ちゃん!!!!」
爺ちゃんがこちらへ注意を向けている隙に黒鬼が急接近して爺ちゃんを蹴り飛ばした。
俺は吹き飛ばされた方へ行こうと藻掻いたが、ヒデヨシが力を込めた為に首を締め上げられる。
「ヤスケどん。コイツは何かとこちらの情報を知ってるみたいだから連れて帰る。押さえとけ。ついでにあの爺さんはオレが仕留めるが構わねぇよな?」
「オイオイ。ソリャない——」
「構わねぇよな?」
ヒデヨシの殺気に気圧されたのか、ヤスケと呼ばれた黒鬼は渋々といった表情で頷いた。
「ツナ。俺の大切なものを穢したお前に与える罰として、お前の大切なものを俺が奪ってやる」
「ふざけっ! ぐあっ!」
ヒデヨシの右腕からは解放されたが、その場に投げ飛ばされた。
俺はそのまま地面を転がって蹲る。
「テメェのせいでオレの獲物が盗られちまったじゃネェカ!」
「ぐぁああ!」
倒れていたところをヤスケと呼ばれた巨大な黒鬼の右手で頭を握られ持ち上げられる。
「オット、コロしちゃいけないんダッタ。シヌなよ? オヤカタ様への手土産ダカラな」
「し、死ぬのは、お前だよ。クソ鬼」
「ハ?」
掴まれている頭から式神召喚の際に出来た親指の噛み傷を通してヤスケの体内に電流を走らせる。
身体のサイズは違っても作りは人間と一緒だ。やれる。
左手を懐に入れ、足りない魔力を懐に入れていた母様から貰った親指大の魔石で補った。
心臓を止め続けるなんてことは出来ないが、背骨、腰、膝と強めにいつもよりも電流を流して下半身の神経と筋肉を弛緩させるとストンと力が抜けて、ヤスケは腹這いに倒れこんだ。
倒れ込んだ拍子に反射的に左手で身体を支えたことでヤスケは完全に無防備となる。
「ふぅ。土壇場の完成だ。じゃあな」
「ナン————」
俺は守り刀の膝丸を直上に振り抜いて頭を掴んでいるヤスケの右手首から先を切り落とし脱出した。
そしてそれを見計らったかのように光速で迫る一筋の紫電。
ずっと見えていた。ずっと感じていた。ずっと待ってくれていた。
砦の灯りなんかではなく紫の雷を身体に溜め込みじっと解き放つのを待っていた父上の姿が。
光の速さで俺たちの元に到達すると、勢いそのままに起き上がろうとするヤスケの首をもう一振りの守り刀、髭切で切り飛ばした。
それはまさに紫電一閃。
首のない胴体はそのまま倒れ込み、数秒後に飛ばされた首が落下した音が聞こえた。
「大事ないか? ツナ」
「はい。父上、ありがとうございます! そして申し訳ありませんでした。私があの場で魔族を起こさなければ——」
「よい。誰にでも過ちはあるものだ。私もあの鼠人に謀られたようだしな」
納刀しながらそう言ってくれた父上は俺の頭の上にポンと手を乗せてそのまま軽く撫でてくれた。
先ほどまではヒデヨシと密着し過ぎていて俺ごと斬ってしまう危険性があったのだろう。
きっと助けてくれると信じていた。その機会を伺っているのだということも。
夕闇の中、砦から紫の灯りが見えていたことがどれだけ心強かったことか。
「おいおい。こりゃ洒落になってねぇ! ヤスケどんがやられたってのか!?」
「しかも弱っとるはずのジジイもピンピンしとるしのう?」
「爺ちゃん!」
ヒデヨシがこちらで起きた出来事に驚愕しながら戻ってくる。
その後ろからヤスケに吹き飛ばされたはずの爺ちゃんが首に手を当てゴキゴキと骨を鳴らして歩いてきた。
「お前はヤスケどんに思い切り蹴り飛ばされてたはず! それで平気なわけが!」
「蹴られたときは受け身を取っておったし、岩にぶつかる衝撃なんぞは雷の網を張ってほとんど殺したわ。自分の雷にちとビリビリしたがの。お陰で悩んでおった腰痛に効いて万々歳じゃわい」
ヒデヨシは振り返り驚きのあまり声を荒げるが、爺ちゃんは腰に手をトントンと当てて快調をアピールする。
まったく。雷の網を使ったのは雷神眼で感知してはいたけれど、こっちの心臓に悪いよ。
「クッ、ハッハッハハハハ! 作戦は失敗、ヤスケどんはやられ、部隊も全滅、どうせ鏖殺すると思ってたから嘘の中に本当の情報も混ぜ過ぎた。うん。今回はオレの負けにしておいてやる」
「ここでヒデヨシを逃がす道理があるとでも?」
「二人とも後ろじゃ!」
「ツナ!」
ヒデヨシが笑いながら首を振り両手を広げてお手上げのポーズを取ると、唐突に背後の首のないヤスケの死体が動き出しこちらへ突っ込んできた。
父上が咄嗟に俺を抱えて離れるが、その勢いのまま俺たちではなくヒデヨシ目掛けて足を後ろに振り上げ思い切り蹴った。
「じゃあな! -岩纏-」
蹴りがぶつかる寸前にヒデヨシは身体を丸めると、身体中を一瞬で岩で覆って球状に変化させ、そのまま魔族領の方角へ蹴り飛ばされていった。
その後ヤスケの死体は大きな地響きを立てて倒れた。
念のためもう一度動き出さないか三人で検証したが、そういった傾向はみられなかった。
何故死体が動いたかについては、死後に発動する陰陽術や陰魔法を事前に掛けていたのだろうという結論で幕を閉じた。
軽蔑するような敵だったが、ヤツなりの意地を見せたのだろう。
ということにして無理やり納得した。




