二十話 師匠の殺気
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「ふーっ、はぁっ!!」
「踏み込みが甘い! 突きは鋭さが命! 切先を相手の急所を目掛けて最短距離で届かせることを心掛けなされ!」
「はいっ!」
いつもの剣術修行の一幕。
実践に入る前に師匠の突きを見せてもらったがあれはヤバかった。
落ちてくる葉っぱに対して平正眼の構えから足音を一つ聞いたと思ったら既に三段の突きを放っていたらしい。
らしいというのは雷神眼を使っても剣閃が速過ぎて師匠の動きを捉えきれなかったからだ。
葉っぱを見ると切先で空けられた穴が確かに三か所並んで空いていた。
天然理心流の奥義、沖田総司の無明剣と呼ばれる三段突きもこんな技だったのかもしれない。
「ふむ。練習とはいえ、急所への攻撃に躊躇いが無いのは筋が良いですな。普段の戦い方で急所を狙うのには慣れておられるようだ」
「いえ、俺如きの攻撃なら本気で急所を狙っても師匠には当たる気がしないので、安心して全力を出しているだけですよ」
「なるほど。しかしそれはいけませんな。この突きは当たる、絶対に当ててやるという気迫を込めることでツナ殿の剣筋はさらに伸びることでしょう」
師匠曰く精神論ではあるが、こと命のやり取りにおいては気迫は重要な要素なのだという。
気迫だけで相手を委縮させることもあるらしいし、逆に全く殺気の無い攻撃で相手の不意を突くことも出来るという。
そのどちらも気をコントロール出来る域に達しているからこその芸当だという。
「そういえばツナ殿はまだ本当の殺気というものは感じたことが無いのでしたな。ここは一つ某の芸をお見せしましょうか。そのまま構えて立っていてくだされ」
「はい? わかりました」
たしかにこれまでの狒々との訓練でも殺す気で立ち向かってきた者は居なかったし、誰かとの組み手でも殺意を込められた憶えはない。
師匠は俺の前で正眼に構えると目を閉じた。
あれ? おかしい。師匠は確かに目を閉じているのに凄い勢いで睨まれている気がする。
身体が震え、ガチガチと歯が鳴り、額や背中に冷や汗が伝う。
これ以上ここに居てはいけない。逃げなきゃ! そう心の中で感じているのに身体は指一本も動かせず目は師匠の姿に釘付けになっている。
第三者から見れば俺はまるで蛇に睨まれた蛙だろう。
悪寒。動悸。恐怖。
そして師匠の瞼が少しずつまるでスローモーションのように開いていくのを感じる。
アレが開いてはいけない。危険だ。呼吸は止まり、思考が警鐘を鳴らし、心臓は早鐘を打つ。
そう感じ、考えられるのにやはり身体はピクリとも動かせない。
そして師匠の目が完全に開かれる......。
これが、死————?
「ここまで!」
「ぶはぁ!!!! ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ......」
師匠の声で一気に現実に引き戻される。
安堵から止まっていた呼吸は再開出来たが、身体は山中をずっと走り続けていたような強烈な疲労感に苛まれる。
刀を握りしめたまま足腰に力が入らずその場にへたり込んでしまった。失禁しなかった自分を褒めてやりたい。
「初めて殺意を浴びたのに失神せずによく受けきれましたな。中々の胆力ですぞ」
「はぁ、はぁ、これが殺意ですか?」
「ええ。それも飛び切りの。達人と呼ばれる者たちがぶつかり合う時に発する様な命のやり取りを行う際の殺意です」
なんちゅーもんを4歳児にぶつけてくれてるんですかこの人は!
いや、中身は前世合わせると34歳ですけど!
と、先ほどまでの感情の激流で若干情緒が不安定になってるな。
落ち着け俺。
「これを実戦でいきなりぶつけられたら動けなくなって死んでますね……」
「ええそうでしょうな。ですがおそらくツナ殿が今後の人生で浴びる殺意の半分は今のモノ以下でしょうから、無闇矢鱈に恐れることはありませんよ」
逆に今後の人生の残り半分は今の殺意並って。
俺はどれだけ達人クラスに殺意を浴びせられる可能性があると思われてるんだろうか。
そっちのほうがちょっと不安になるぞ。
「今のように気迫を自在に操れるようになれば十分に有効な手札となるでしょう」
「そうですね。俺も師匠のように成れるでしょうか?」
「それは本当の命のやり取りを経験して実戦を重ねるしかないでしょうな」
実際の命のやり取りかぁ……。
出来れば経験したくないが、今後、自分も家族の身も守るとなると相手の命を奪うこともあるだろう。
その時に躊躇してしまったせいで他の誰かが傷ついたり命を落とすなんて後悔は絶対にしたくない。
「ツナ殿はしばらく皇京とこのクラマ以外へは赴くことは無いかと思いますが、将来お父上、ヨリツ様の様に兵部に所属することになるのでしたら一度は魔族軍と戦っている最前線を見ておかれるのもよいかもしれませんね」
「戦争の最前線......」
戦争の最前線と聞き、自分が戦場で何人もの魔族たちと殺し合う姿を想像して身震いした。
「まあ最前線とは申しましたが、元服前の子供を戦場の真っ只中に連れ出すことなどありません故、戦都イゼイの防壁にある物見櫓なら最前線が望めましょう。肌で戦場の空気を感じておくとよいかと」
「なるほど......」
人時代777年に当時の戦都ジワラが第六天魔王ノブナガによって陥落し魔都テンカと改められてから40年近く経つ。
現在は戦都イゼイと魔都テンカのちょうど中間あたりが戦場の最前線だ。
それ以南のイズミ・キイ・シマ、イセ・ヤマト・イガの南半分(前世世界でいう和歌山全域と大阪・奈良・三重の南部)は魔族領となっており、そこに住んでいた人族は殺害されるか奴隷のように扱われていると聞く。
その他にもスズカ山やオオエ山のように魔族の拠点は各地にも点在しているが、第六天魔王ノブナガと協力体制にあるわけでは無いという。
スズカ山を拠点にしている鬼族の大嶽丸はノブナガが第六天魔王を名乗り始めた頃に対抗して自身も鬼神魔王と名乗り始めたそうだ。
このように魔族と一纏めにしても人族と長年敵対している種族を示す言葉なだけでノブナガと大嶽丸のように同じ鬼族同士であっても一枚岩ではない。
個人的には現在魔族とされている種族の人であっても話し合う余地などは十分にあると思っているが、この価値観は前世が比較的平和だった異世界人の俺以外ではかなり少数派らしい。
平和に暮らせるというのは尊いものなのだなと、もう戻ることのない前世を郷愁した。




