百六十三話 終戦
【毎日投稿中】応援頂けると嬉しいです。
★、ブックマーク、いいねでの応援ありがとうございます!執筆の励みになります!
太陽を蝕んでいた影が徐々に通り過ぎていき、再び大地が陽光に照らされ始める。
父上たちも地面に座れるくらいには回復しているようで安堵が零れた。
俺は納刀した刀を杖にして這う這うの体でマサードに近寄って隅々まで観察する。
力尽きたというのに黒鉄がそのままなのは、ヤツの身体が既に人間のそれではなくなってしまっていたからだろう。
だが、矢が刺さった頭部だけは浄化の力が働いたのか人間のそれに戻っていた。
「マサード......」
「止め、られた、か......。無念。いや、これで、良かったのやも、しれぬ......。人として死ぬならば、黄泉にて会うことも、待つことも出来、る......≪よそにても 風の便りに 吾ぞ問う 枝離れたる 花の宿りを≫......」
自爆を止められたマサードは穏やかな表情で再び光を取り戻した太陽を見ていた。
死に別れた人々を想ってなのか、辞世の句を残すと瞳から生命の火が消える。
生気が失われてなお瞠目した状態で事切れたマサードの目を「ゆっくり休んでくれ」と呟いて右手でその瞼を閉じさせた。
ふと足元を見ると二振りの刀が落ちている。
トール家の守り刀である膝丸と鬼切丸だ。
魔法によって布都御魂剣となっていたときと打って変わりどちらもボロボロに戻ってしまってはいるが、不思議と二刀からはまだまだ戦えるという意志のようなものを感じた。
俺は抜き身の二刀を拾って、一刀を腰の後ろに、もう一刀を肩に乗せ、片手で自分の刀を杖にして父上の下まで運んだ。
「父上、母様、お疲れさまでございます。こちら膝丸と鬼切丸です」
「助かる。それとツナ、よくやった」
「ツナ、お役目見事でしたよ」
地面に胡坐をかいたまま守り刀を受け取った父上は鞘に刀を納めると、若干ふらつきながらも立ち上がり俺の頭に手を乗せて撫でる。
母様も父上に手を借りて立ち上がると俺を抱き締めながら褒めてくれた。
先ほどまではいつ誰が死んでもおかしくないような死線を掻い潜る戦いを繰り広げていたのだ。
皆が無事だったことに安堵し、両親の温もりを感じて涙が溢れる。
一息ついたところで馬蹄が聞こえ一騎の騎馬武者がこちらへ向かってきた。
「やあやあ! 皆様ご無事でござったか! マサードは斃れましたかな?」
「デサート殿!! そちらも息災なようで何より!」
単騎で駆けて来たデサート殿は明るい笑顔で俺たちの前に下馬する。
やや疲れが見えるものの同じく笑顔のミチナ様が片手をあげて歓待した。
「マサードは死んだようだ。最後にヤツの頭に矢が刺さったのだが、あれはお主か?」
「ええ。その通りにございます。神気によって近寄れませんでしたのでな。遠目からずっと様子を伺っておりましたところ、事前にヨシツナ殿から聞かされた通り日が陰り、その後何やら不穏な気配を感じたのでその元凶に向けて八幡神に祈った矢を放ちましてございます」
やはりあの矢を放ったのはデサート殿だったか。
この場にいる誰もが動けなかったのだ。本当によくやってくれた。
「そうか。おかげで命拾いしたわ。礼を言うぞ」
ミチナ様が此方の戦いでの経緯を説明していると、デサート殿が首を捻る。
「拙者はあの時、不穏に感じた光に目掛けて矢を放ったのですが、当たったのは蟀谷でござったか......。いや、逆にそれが良い結果を招いたのであればそれもまた八幡神のお導きなのでござろう。ありがたやありがたや......」
デサート殿は納得した様子でマサードに刺さった矢の方へ向けて拝んでいた。
確かにあの時もしマサードの心臓辺りにあった圧縮された神力溜まりの方へ矢が命中していれば、異なる危険な事態が引き起こされた可能性はある。
狙いが逸れて蟀谷を貫いたことで意識を断って神力を霧散させたことが結果的に正しかったのだろう。
神掛かり的な導きがあったかは定かではないが。
話に耳を傾けているうちにちらほらと気絶していた両軍の兵達が目を覚まし始めた。
俺はまだヨシツナで居る必要があるため、意識を取り戻しつつある兵達に気付かれる前に自分の直垂の腕部分を裂いて作った適当な頭巾で顔を隠す。
「皆の者よく聞け! 此度の反乱の首魁たるマサードは征伐軍が討ち取った!! マサード軍の兵達は武装を解除して大人しく投降せよ! さすれば命までは取らぬ!」
ミチナ様が斬り落としたマサードの首級を掲げて声高に叫んだ。
その声は風魔法によって広範囲に届けられる。
それを聞いた味方からは歓声があがり、マサードの部下だった者たちからは洟啜りや嗚咽が聞こえて来た。
その後、一部で諦めの悪い者たちが僅かに抵抗を見せたが、デサート殿たちによって即座に鎮圧されたくらいで大きな混乱もなくマサード軍の武装解除と投降が完了する。
こうして約3カ月に渡って続いた朝敵マサードによるバンドーでの反乱は終息を迎えた。
■ ■ ■
それから2日後。
俺はデサート殿やテミス家の皆と別れの挨拶を交わし、皇京への帰路についていた。
同行者はコゲツに乗った俺とサキ母様、ヒユウに乗ったミチナ様とエタケだ。
ミチナ様が同行しているのは神皇陛下へ鎮圧完了の報告をするためで、ヒユウの鞍には首桶が結ばれており、中にはマサードの首級が入っている。
デサート殿が放った螺旋鉄矢は簡単に抜けない程深々と刺さっていたのでそのままだ。
矢についてはミチナ様曰く「戦の激しさを物語るようで口先燕たちが震えあがるのが楽しみだ」とのこと。
口先燕とは朝廷の権威を笠に着る口先だけの文官貴族を指す蔑称らしい。
燕なのは文官が朝廷では黒の束帯を着ているからだろう。
同行していない父上、キント兄、サダ姉は戦後処理を行ってから帰るようで、父上とサモリ殿、デサート殿が陣頭指揮を執り、バンドーの国々で1カ月程かけて各国府の機能を回復させると聞いている。
兄姉とテミス家の三姉妹は手伝いを兼ねた実地勉強だそうだ。
兄姉やテミス家の三姉妹とはもう少し話をする余裕が欲しかったが、マサードの首が腐る前に早く朝廷に届けないといけなかったので仕方ないか。
砦で会ったときには皆が無事を喜んでくれた。
ちなみにヨシツナはマサードとの戦いによって大怪我を負い東正鎮守府の近くにある寺まで緊急搬送されたことになっている。
残党からの報復を危惧して搬送先や容態については一切明かさないこととした。という建前で姿を晦ませたのだ。
マサードの愛妾だったキキョウは首級を前に滂沱の涙を流していたが、今後は残った体の方を埋めた場所に墓を建て彼の菩提を弔うそうだ。
それについてはマサードの起こした事が事なだけに様々な意見が出たが、最終的にミチナ様が彼女は此度の戦死者の御霊を弔っているだけだとして黙認することを決めたらしい。
彼女が別れ際に「色々と世話になった。これからは生まれてくる子と共に静かに生きたいと思う」と言っていたのが印象的だった。
相棒と呼べる仲になったシラカシはマサード戦での無理が祟ってしまい、暫くはコウズケで療養させることになった。
その間の面倒はサダ姉に任せてしまい心苦しいが、彼女も乗り気で引き受けてくれたので問題は無いだろう。
俺はミドノ寺の物忌みを終えたものの未だに体調に不安があるということで皇京へ帰還するということになっている。エタケはその付き添いだ。
今回、俺個人の戦功は父上とサダ姉と一緒に毒息を討伐したことと、別動隊を率いて多少の工作をしたくらいか。
目立ちすぎるといけないので暗殺や氷の妖魔退治は全てミチナ様の手の者による戦果として頂いた。
その者たちへの褒美を求めないことで、ヒテンを死なせてしまった罰を相殺する腹積もりらしい。
ヒテンについては当時の総大将だった故チカネ・ジワラ殿に責任があるような気はするが。
道中でミチナ様からは「本当にうちの三姉妹の所へ婿に来る気も娶る気も無いんだな?」と最終確認のようにしつこく質問され、母様はそれを楽し気に冷やかし、エタケからはジト目で見られながら珍しく毒を吐かれた。
女三人寄れば姦しいとはよく言うが、戦の終わりを感じさせる賑やかな帰路である。
そして行きと同じ日数を掛けて俺たちは皇京に帰って来た。




