百五十六話 思わぬ助っ人
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「!? -石——」
黒鉄馬の脚に”起こり”を感じた。
咄嗟にマサードが魔法を使おうとしたのだ。
恐らく土の防御魔法だろう。
しかし、その魔法が発動する前にシラカシの強力な蹴りが刺さる。
ゴキッ! と鈍い音が響いた。
蹴りを終えたシラカシがマサードから距離を取ると、黒鉄馬が姿勢を崩しマサードが落馬しそうになる。
「まさか朕の愛馬であるグリンの脚を折るとはな」
「中の馬が死んでいなければ折れていたのはシラカシの脚だったかもしれないがな」
今までの影武者は中の死体に共通点があった。
動かしていたのは全て黒鉄であって、中身は死んでいて筋肉も緩み切っていたのだ。
生物の肉体は死後すぐに硬直するが数日で弛緩する。
この黒鉄馬を見たのはシナノに来てすぐの頃なので約2か月前だ。
同じ馬か確証は持てなかったが、マサードとの会話で愛馬も代償になったと言っていたので賭けることにした。
そして見事に賭けに勝った。
「馬を狙うのは卑怯だと思わんのか?」
「影武者を何人も使うやつに言われるのは心外だ。俺は『将を射んとせばまず馬を射よ』って言葉の方が馴染みは深いんでな」
「大陸の人間だったか。あちらの人間が助力していたのであれば、これまで散々暗殺や火計など卑怯な手段を用いて来たのにも辻褄が合ったぞ。真面に名乗らないのも名はとうに捨てたということだな。ヒノ国に落ち延びて来た元は大陸の貴族階級の子といったところだろう?」
「......ご想像にお任せする」
つい口にしてしまった諺でなんでか勘違いしてくれたようだ。
ヨシツナには変な噂がいっぱいだな。
俺に辿り着かなければどんな人物でも構わないが。
右前脚が折れた黒鉄馬グリンに手を翳したマサードが「すまぬ」と謝るとグリンの黒鉄がマサードの太刀へと吸い込まれ、太刀が両刃の剣へと変化した。
黒鉄が消え去りグリンの死体だけが残る。
それを慈しむように一撫ですると死体は地中へと飲み込まれていった。
「出し惜しみしているつもりはなかったが、お主が童ということでどこか甘さがあったようだ。もう朕だけで戦うことにこだわらぬ。やれ」
そう言うと、徒歩になったマサードがこちらへと視線を戻し、肘まで左手を挙げて軽く手首を振って合図を出す。
すると遠巻きに見ていたはずの敵兵が俺とシラカシに槍や刀を向けて囲んでいた。
さらにその外側からは馬上で弓を構えた者たちも居る。
集まっているのは分かっていたが、先ほどの攻撃で消耗しきったシラカシを動かせなかったので仕方ない。
俺は下馬すると、もう立っているのがやっとなシラカシを座らせた。
俺自身も背を預けるように座って一息つく。
万事休すか......。
諦めるつもりは無かったが、ほんの一瞬だけそんな言葉が頭に過った。
「すまんな! 待たせた!」
その時、マサードが背にしている風の結界が消え、ミチナ様達征伐軍の本隊が姿を現す。
俺を包囲している敵兵に動揺が走り、その隙に征伐軍の後衛から魔法が降り注ぐ。
「悪童を討ち取る機会を逃したか。間の悪い。刻は惜しいが一時距離を取る! 応戦しつつ後退せよ!」
不快感を露わにしながらもマサードは即座に指示を出す。
さらに土の壁や土の飛礫で飛来する魔法を防ぎ、味方の被害を減らしつつ下がって行った。
「いやー。随分と一人で戦わせたようで悪かったな! マサードでも破れない代わりに刻が経つまではアタシ自身にも解除出来ない結界魔法を張ってたんだ。まさか単騎で突っ込んでるとは思いもしなかったぜ!」
薄くなった包囲を吹き飛ばして穴を作ったミチナ様が俺の近くに歩み寄って来た。
助かったことへの安堵と少々の非難を含んだため息が出てしまう。
「はぁ。決死の覚悟でしたので俺が阿呆だったみたいな纏め方は少々不服なのですが......」
「はっは! それでも勝算があると考えていたのだろう?」
「本物のマサードが出て来るまではそうでしたね」
「その計算外があっても生き残るだけでなくヤツを馬から引き摺り下ろしたのだから大したものだぞ」
「シラカシが頑張ってくれたからですよ。おかげでもう今回は戦えそうにないですが」
ミチナ様の賞賛にシラカシを撫でるとシラカシはブルルと鼻を鳴らして応えた。
やりきった感じが伝わってくる。一仕事終えてお腹が空いているのかもしれない。
兜を外して器にし、そこに水を注ぐと勢いよく飲み始めた。
「シラカシはもう休ませていいが、お前にはまだ働いてもらうぞ?」
「分かってますよ。例の物は届いたんですか?」
俺が尋ねるとミチナ様はニヤリと口角をあげた。
「あんな物を使う事などよく思い付いたな?」
「以前たまたま調べていた物がエチゴ国の近くにあると思い出しただけですよ」
ミチナ様の隣へと葦毛の天馬ヒユウが降り立つ。
鞍には大きな瓶が2つ括られており、蓋がしてあるのにかなりの臭いを放っていた。
「全く。我が子の発案とは言え、主上の威光を少々気安く扱い過ぎではありませんか?」
そう言ってヒユウから下馬した人物の顔を見て俺は吃驚した。
「ええ!? 母、ごほんごほん! 右近衛将監様!?」
「はい。右近衛将監サキ・トールですよ。ヨシツナ殿?」
ニッコリと慈愛に満ちた笑みを浮かべたのは皇京に居るはずのサキ母様だった。




