百五十五話 真皇マサード・イラ
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「影武者たちが世話になったようだが改めて名乗る必要があるか。朕こそが真皇マサード・イラだ。直答を赦す。お主の名を聞かせろ」
マサードが名乗ると言葉だけで圧が生じた。
皇を僭称しているだけの朝敵だと頭で理解しているはずなのに、自然と畏怖や威厳を感じる。
馬上で助かった。徒歩であれば跪くまではいかないものの、まともに立つことが出来ていたか怪しいところだ。
「わた、俺の名はヨシツナだ」
「ほう。家名は無いのか? 朕を前にしても素性を偽るとは大罪人め。その罪は命で贖ってもらうぞ」
「ま、待て! 聞きたいことがある!」
マサードが太刀を抜こうとしたので慌ててそれを止める。
今攻撃されてはまともに動けそうにない。
この威圧感は殺意とは違う。
朝廷の行事などで数度だけ遠くに僅かに感じた事のある帝のものと同じ。
まさしく皇威だ。
こんなにも近距離で感じたことがないので慣れるのに時間が掛かる。
俺は相手の気が変わらないうちに疑問に思っていたことを尋ねることにした。
マサードの方もそれは見抜いている様子だが、興味深そうにこちらを睨んでいる。
「ほほう。命乞いでは無く質問と来たか。面白い。朕が赦す」
「ではまず1つ。貴方は何故、皇となったのか?」
名乗ったのかではない。なったのか。だ。
この皇威は偽りで出せるものでは無い。
きっと父上たちが戦い辛い様子だったのもこれに一因があるはず。
「天意よ。領地を治める貴族は腐敗し、バンドーの民は虐げられて地が荒れた。それを嘆いた天が朕に真なる皇として目覚めるために力を与えたのだ」
マサードの言葉や仕草に何の嘘も感じられない。
黒鉄に覆われているので生体電流を読み取れず、嘘を吐いた際の微弱な反応などが読めないというのもあるが、それでもコイツは自信を持って真実を語っている気がする。
「ヤシャと協力したのもそれが理由か?」
「然り。奴等もヒノ国の皇ととある一族を憎んでおる」
「トール家か......」
「そうだ。詳しくは知らぬが彼の一族の先祖たる神に何やら浅からぬ因縁があるらしい。共闘したのもその一環だと聞いておる」
やはり先祖が関係しているのか。
じゃああの時のアイツの台詞は......。
いや、今はそんな考察よりも目の前の状況をどう切り抜けるかだ。
「その代償に貴方は何を捧げた? いや、捧げさせられたんだ!?」
「っ! 聡いな......。確かに大いなる力はその分の代償も大きかった。愛馬や忠実で家族とも呼べた俺の側近中の側近達六人。更に我が弟マサータ。生まれたばかりのやや子、そして最愛の娘であるサツキ......。偶々別邸に居た妻は朝敵の一族とされることを恐れて尼寺に逃げた」
一瞬、口調が皇になる前に戻っている。
悲しみとも後悔とも取れる独白が続いた。
やはり力は望んだがヤシャからは代償を伝えられていなかったようだ。
どれだけ犠牲を出しても戦い続けたのは、誰かを人質に取られていたのではなく既に犠牲となっていたからか。
「もう止まることは出来ぬ。愛しい者たちの犠牲を払って力を得たのだ。あの者たちの死を無駄にする訳にはいかぬ」
「貴方にはまだ貴方を愛するキキョウ様と腹の子が居る。止まってやってはくれないか?」
「ふっ。妾の子如きで今更止まることは出来ん。お主も知っている通りこの戦は民草も大いに血を流したのだ。彼らの納得する成果が要る。その為にも俺が、いや朕がこのヒノ国を統べる真なる皇にならなければ!」
そう改めて自分に言い聞かせるように語ったマサードは太刀の柄に手を掛けた。
マサードが発する皇威がより一層強さを増す。
「悪いが出し惜しみはせぬ。お主らを鏖にしてその首級を皇京侵攻への手土産にさせてもらうぞ」
「お断りだ!」
宣言するや否や首を狙ったマサードの抜刀をなんとか身を屈めて回避し、捻るように持った薙刀を太刀に絡めて巻き上げる。
常人であればそのまま太刀から手を放して弾き飛ばせたはずなのだが、マサードはビクともしなかった。
表面だけでなく身体の中身も既に黒鉄なのか?
皇となった際に人の身も捨てさせられたのか?
しかし、それだとキキョウが戦場で見ていたという素顔はどうやって......。
「甘いわ!」
「くっ!」
マサードが空いた手で薙刀の柄部を掴もうとしたので咄嗟に引くと刃の部分を握って砕かれた。
そのまま振り下ろされる太刀を手綱を引いて真後ろへと回避する。
やつの太刀はやはり黒鉄製のようだ。
俺の持つ刀で斬り合ったりすれば刀が折られてしまうだけだろう。
気休めにすらならないが、刃を失った薙刀を逆さに持ち替えて石突を先にする。
生体電流を用いない相手の気配を感じての先読みはまだ完全に身に着けられてはいない。
それでも身体強化に視力と聴力を追加して必死にマサードの斬撃を凌ぐ。
唐突に足元へ”起こり”を感じてシラカシごと跳び退いた。
その直後、つい先ほどまで居た場所の大地が鋭利な小山となって聳え立っていた。
「鋭山を躱すか」
「不意打ち、奇策は俺の得意技でね! 太刀ばかりに気を取られないように注意していたのさ!」
嘘だ。確かに不意打ちは大得意だが、今は完全に太刀に気を取られていた。
”起こり”を感じ取れなかったら屍を晒していたことだろう。
今のは”起こり”が分かるということを悟らせない為の言葉というと聞こえはいいが、どちらかというと咄嗟に出た強がりに近い。
再び”起こり”を感じる。場所は足元と背後だ。
感じ取るや否や真横へと跳ぶ。
3度目はギリギリだった。
着地地点を狙ったものだったので空中で体勢をずらして生えてきた土の小山を蹴って後ろへと跳んだ。
シラカシの神経にも筋肉にも無茶な動きをさせてしまった。
肉体への負担は相当だろう。
たった1分にも満たない短時間の回避運動で息があがってしまっている。
このまま背を見せて逃げるか?
それともシラカシだけを逃がすか。
出会ってからまだそれ程時間を共にしていないが、人馬一体の練習に何度も付き合わせたこともあって既に友とも呼べる馬だ。
出来る事ならこんなところで死なせたくはない。
ふとシラカシの目を見るとその瞳は死んでいなかった。それどころかこちらを奮い立たせるように力強い闘気の炎が宿り、メラメラと燃えている。
「楽な暮らしをさせてやるって約束したものな。生き残るぞ! 友よ!」
「ブルルル!」
手綱に電気を流しマサードへと突っ込む。
予想外の動きに一瞬だけ目を見張ったマサードだが、すぐに進行先に”起こり”を生じさせる。
しかし、魔法が発動するよりも速く駆け抜ける。
他に設置された”起こり”は場所が分かっているのでそこを選ばぬような進路を取った。
もはや馬が走る軌跡ではない。
だが、確実にマサードのすぐ側に辿り着く道だ。
「小癪な!」
遠距離魔法を諦めたマサードが太刀を振り被った。
俺たちはマサードの懐に辿り着く。
俺は振り下ろされる寸前に黒鉄の太刀の柄にある兜金へと薙刀の石突をぶつける。
ほんの一瞬、隙が生まれた。
それは薙刀の柄部がミシミシと音を立て、砕けるまでの刹那の刻。
その僅かな時間で反転し、勢いを乗せたシラカシの両脚後ろ蹴りをマサードが乗る黒鉄馬の右前脚のただ一点へと放った。




