百五十三話 泥田坊
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「火と風の使い手は詠唱を開始せよ! 水の使い手はヤツの進路上にある水溜まりから水を脇へ遠ざけよ! 土の使い手は手筈通りに土槍でヤツの身体を撃ちまくれ! 満遍なく狙え。まぐれ当たりでも体内の魔石もしくは操者を貫ければ最高だ」
「「「はっ!」」」
選抜した放出型の使い手である三十名の兵に指示を飛ばす。
内訳は火と風が十名ずつ、土、水が五名ずつだ。
ただでさえ数が少ない雷、陰、陽の使い手たちは父上の方で他に何かあっても臨機応変に対応出来るようにと残してきた。
切れる手札が多いに越したことは無いだろうからな。
「よし! 準備が出来次第、土槍を放て!」
俺の合図で一斉に放たれた15本もの土の槍が巨大泥田坊の身体の至る所に刺さるがダメージは無さそうだ。
様々な魔獣の生態を研究し書き記した『仙海経』や『ヒノ国萬魔獣の書』によれば、泥で出来た肉体は痛覚などを持ち合わせていないという。
消化器官すらもたないが、取り込んだモノは体内の石や泥で磨り潰して吸収しているらしい。
同じ無機質の肉体を持った剛礪武などの捕食行為をしない魔獣は未知の生態をしているが、泥田坊が生物を好んで取り込むのは命素の吸収のためだと解明されている。
草花などよりも獣や人間の方が多くの命素を持っているからだというのが通説だ。
普段はこんな風に積極的に捕食対象へ向かってくるのではなく擬態して罠を張り獲物が掛かるのを待つ生態をしているのだが、女性の上半身のような姿を取っていることなども踏まえ、やはり何者かの意思が介在していると見るのが正解だろう。
そんな泥田坊を斃す際の定石が1つある。
只管に攻撃を仕掛けて身体の泥内に隠されている核、つまりは魔石を砕くことだ。
山中などで泥田坊にハマったとしても、武器や太い木の棒などで泥中を突き叩いて核を壊せれば容易に抜け出せるのである。
故に普通はそこまで危険性のない魔獣だと分類されているのだ。
ただ今回は相手が大きすぎて核を狙うのが困難なので別な手法を考えてある。
更に2本ずつ土の槍を放って泥田坊の正面を針鼠にしたところで疲労が見えてきた土の使い手たちを下がらせた。
水気を含んだ周囲の地面の土を使わずに魔力で生成した土の槍ばかり放ったので命素の消費が多かったからだ。
突き刺さった土の槍が泥田坊の体内へと徐々に飲まれていく。
「今だ! 火を放てぇ!!」
ゴリゴリと磨り潰す音が聞こえ、半ばまで土の槍が取り込まれた所で火と風の使い手たちに魔法を放つ命令を出した。
すると巨大泥田坊の身体が火炎に巻かれる。
泥田坊の身体に可燃性は無いのだが、これは先ほど撃ち込んだ土槍に仕掛けがあった。
生成した土槍の中に油の入った竹筒を忍ばせておいたのだ。
表面に浴びせるだけではすぐに火は消えてしまうが、土の槍と一緒に体内に取り込んだのでヤツの身体中には油が染みわたっていることだろう。
この油の竹筒は元々マサード本体への対抗手段の1つとして用意したものだが、巨大泥田坊を斃すには使わざるを得ないと判断した。
貴重な手札が惜しくはあるが、ミチナ様の方にはもしかすれば油よりも有効な手札が揃うかもしれないアテがあるので今はここで足止めされる方が厄介だ。
痛覚は無いはずだが炎に包まれて苦しむ様に様々な形へと姿を変える泥田坊。
炎から逃げ出そうとするが風の牢によって脱することが出来ない。
風の使い手たちが合同で維持している大きな風の牢は炎と合わさって火焔牢獄と化している。
熱風が周囲の温度を上げ、湿った地面は干上がり、熱波が少し離れた俺たちの肌をも熱くする。
5分は経っただろうか、風の使い手たちが命素の使い過ぎによる疲労で座り込んだ。
やはり合同とはいえあの大きさの風牢を維持するのは厳しかったらしい。
それでも一般人と比べたら遥かに命素量は多く魔法の扱い方も効率的である。十分によくやってくれた
個人でこの数倍の規模を倍以上の時間維持が出来るミチナ様みたいな極一部が異常なだけだ。
ようやく火焔牢獄から解放された泥田坊だったが、現れたその姿は丸い岩のような形状になり、表面は焼成されて土器のようにカチカチに固まっていた。
内部の核もしくは操者を守るために咄嗟にこの形態を取ったのだろう。
あの炎の中ではこの形が最適解だと思われる。
自然とこの形になったのだとしたら生物の生存本能というものは馬鹿に出来ないな。
完全に動きを止めたので中を割って核を破壊したいが、短時間の炎ではあの奥がどこまで焼固められたのか分からない。
万が一中で生きていた場合、割って中身を目覚めさせてしまえば先ほどと同じ手が使えないこちらとしては状況を振り出しに戻すのは最悪だ。
少なくとも今すぐに動き出すという心配は無くなったので、目下の障害からは除外された。
幸いなことに先ほどの炎で周囲の地面も乾き切っており、雨が降らなければこの状態を数日は維持出来るだろう。
念のために泥田坊の周りに薪をくべて火を焚くよう数名を見張りに残し、父上の下へと戻ろうとしていると、騎獣として鍛えられた中型の魔犬に乗った伝令が衝撃の情報を伝えに来た。
「で、伝令! 中央の本隊が背後よりマサードと思われる人物に強襲されました!」




