百五十二話 敵の術中
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「弓隊、矢の届く距離まで近付いたら只管に射続けよ! 遠距離魔法隊は詠唱を置楯の後ろで行え! 最初の狙いは味方に当てなきゃ雑で構わん! 放つ時だけ顔を出せ! 発射合図はアタシが出す!」
「歩兵隊! 敵の突撃が来ても楯を構えたまま一歩も退くな! お前たちが要だ! ここで支えるからこそ後衛が戦えるのだぞ!」
戦場にミチナ様とサモリ殿の檄が飛ぶ。
サモリ殿の左腕は肩まである少し大きめの革の篭手に覆われている。
あれは俺が考案したもので、中には腕との間に水が満たしてあり、水を操って腕を動かすという方法を取っている。
最初は水を素肌に纏って動かそうとしたが、慣れないうちは纏った水の維持と操作を同時並行で行うのは難しいらしく、ならばと革の篭手に詰めた水を操作する形となった。
左腕だけ少しゴツイ感じの見た目になってしまったが、サモリ殿曰く「異様さは敵への威圧になって良い」と笑っていた。
また左腕が動かすことが出来るようになって嬉しかったようだ。
俺の不注意のせいでもあったので少しではあるが償いが出来て心が軽くなった。
「歯向かう者は討ち取れ! しかし武器を捨てた者や投降する者には決して手荒な真似はするな! 賊軍は朝敵と言えど一兵卒には只の民草も居る。主上の寛大な御心を見せつけて偽帝に格の違いを思い知らせてやれ!」
「シモツケの反乱軍は降伏したぞ! 主だった連中はお裁きの為に捕らえてあるが雑兵だった者たちは既に自由だ! 怪我する前に投降する方が賢いぞ!」
戦場の両端では父上とデサート殿が敵味方に呼び掛けを行っていた。
此度の反乱では既に千人単位の死者が出ている。
あまりに多くの血が流れ過ぎたのだ。
この戦場には味方がおよそ二千、敵は千程度が睨み合っている。
敵軍は本拠地だというのに散々叩きのめしたせいかもうかなり数が少なくなっていた。
後の統治を考えると只の民草は残しておかなければならない。
ミドノ寺の近くに築いた砦にはキキョウとその護衛としてサダ姉とエタケ。
万が一のオキヨ様からの攻撃に備えてキント兄とテミス家三姉妹を筆頭に千名ほどの兵を残して来ている。
少々過剰戦力ではあるが次世代に自分たちだけで拠点を防衛するという経験を積ませるためということらしい。
攻め手にはデサート殿とシモツケに残した者たちを除く郎党二百が入ってくれたからな。
俺もやっとツナとして防衛に参加するんだと思っていた時期がありました......。
嘘です。最初からミチナ様に「ヨシツナはついて来い」と命じられてたわ。
理由は「例の肉塊が現れないのが怪しい。子供だけの所に残すと流石に手に余る可能性がある」と意外にも真面目な答えだった。
その後に「というのは建前で、お前は近くに置いておく方が面白そうだからな!」と言われなければ素直に信じていたかもしれない。
「敵の本隊はキタ山に布陣しているが、この辺りは湿地が多い。罠と伏兵の警戒は怠るなよ!」
「はっ!」
俺は父上の率いる右翼部隊の副官としてシラカシに騎乗して味方陣を巡視していた。
征伐軍の本隊は後衛がミチナ様、前衛がサモリ殿。デサート殿は左翼部隊を率いている。
貴重な航空戦力のコゲツは万が一に備えて防衛の方に回された。サダ姉の近くに居るらしい。
砦を発つ前には猪毛ブラシでたっぷりとブラッシングしてやると鼻を鳴らして喜んでいた。
それを見ていたシラカシにも催促されたため、ここまでの移動の休憩中に散々やってあげていたので今はかなりの上機嫌である。
「ヨシツナ殿、斥候の話ではキタ山の藪森内に敷いた陣にマサードらしき人物が居たとのことだ」
戦場を一巡して戻ると父上が斥候からの報告内容を教えてくれた。
「どうにも引っ掛かりますね。マサードにしてみればここは最後の大一番。陣頭に立って指揮する方が兵の鼓舞に繋がるはずです。それに前回でほぼ壊滅させたとはいえ、敵の本拠地だというのに兵数が少ないように思えます」
「然り。とすると敵の本陣に居るのは影武者か? だが本物は何処に行ったのだという話に————」
「伝令! デサート殿の部隊の側面に突如としてマサードらしき人物が歩兵を率いて出現! 数は三百!」
話していた傍から仕掛けて来たか。
しかし、ここは湿地ではあるが見晴らしは悪くないはずだ。一体どうやって移動して来たのか。
思案していると本隊にも動きがあった。
敵兵が矢戦を仕掛けた来たのだ。
相手の動きが連動している。
もうすぐこちらにも何かが来るはず。
「警戒を厳にせよ! こちらにも何か仕掛けて来るぞ! 斥候は伏兵が居ないか周辺を探れ!」
「はっ!」
先に同じ考えに至った父上が周囲へと指示を出す。
やはり経験の差か判断が早い。
しかし、既に動き出していた敵の行動はその先を行っていた。
「伝令! 前方の敵軍が徐々に迫りつつあります」
「伝令!! 背後より大型の魔獣が現れました! 巨大な泥田坊かと思われます!」
「魔獣だと!?」
「デカい! 魔獣使いがまだ居たのか!」
二人の伝令係がほぼ同時に到着して報告する。
二人目の報告を聞いて即座に振り向いて背後を確認すると、そこには5mはあろうかという巨大な泥の塊が居た。
その泥人形は上半身だけしかない女性のような容姿をしている。
異様ではあるが伝令の予想通り泥田坊と呼ばれる魔獣の可能性は高い。
泥田坊は泥濘や沼地などに潜んだり擬態して獲物を取り込む不定形の魔獣だ。
泥から生える形状は牙の生えた口や尖った杭、獣型や人型などかなり自在で、一説には取り込んだ獲物の姿を模倣していると考えられている。
目の前のアレも人を取り込んだ泥田坊の姿に酷似しており、恐らくそうではないかと推測される。
ただ、一般的な泥田坊は大きくても1m程にしかならないので恐ろしく脅威という程の魔獣では無い。
こんな巨大な個体が居るという話は今まで読んだどの文献にも載っていなかった。
都合良く野生の魔獣が現れるなんて偶然は有り得ないだろう。
それに泥田坊は本来積極的に獲物を狙って動くような魔獣ではない。
十中八九マサードの手の者による使役、もしくは召喚だ。
俺は雷神眼で泥田坊の身体を調べる。
やはり体表は泥で出来ているようで生体電流は見えない。
剛礪武などと同じで無機質の肉体を持った魔獣だからな。
体内にある核となっている魔石を破壊するか、操っている魔獣使いを殺せば斃すことは出来るだろうが操者が居るとすれば毒息の時と同じように泥田坊の体内だろう。
俺ではあの巨体への有効打に欠けるな。
だが前方からも敵は迫っている。
この後に何が起きてもすぐ対処できるように父上が部隊の指揮を執っている方が良い。
「兵部権大輔殿! 後方の魔獣は私個人の手には余る獲物のようですが放出型の使い手を数人をお貸し頂ければ討伐出来るかと!」
「承知した。人選は好きにせよ。残りで前方の敵を叩く。其方に背を預けるぞ」
「お任せを!」
父上から背を任された俺は放出型の使い手を三十名ほどを連れて、背後からゆっくりと迫りつつある巨大泥田坊へと向かった。




