百五十一話 戦友との再会
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「よお! 戻ったか! 増援を送れなくて悪かったな。こっちもオキヨ婆さんの手勢がカンナ川を下って背後から奇襲を掛けてきやがったせいで動けなかったんだ! まあ、もう片付いたがな!」
本陣に戻るとあっけらかんと本陣への奇襲があったことを話すミチナ様が出迎えてくれた。
攻めて来たのはムサシ国府軍ではなくオキヨ様の私兵部隊らしかった。
本陣は少数の手勢しか残って居なかったはずなのでかなり危機的な状況だったのでは無いかと焦ったが、しかしコゲツがこちらに残って居たこともありミチナ様が空から魔法を撃ちまくって敵の奇襲部隊を壊滅させたらしい。
やはり航空戦力は圧倒的だな......。
伝令に走ったサダ姉も此方の対応を手伝っていたらしい。
流石に本陣が襲われていたのでは仕方あるまいよ。
黒鉄鬼戦の顛末を伝えると、まだ眠ったままのエタケをギュッと抱き締めて寄り添っていた。
「で、本物のマサードはどうなった?」
「申し訳ありませぬ。笛の音が複数聞こえたことで敵の策に気付き、逃げる姿を見つけ出して戦ったものの不覚を取りました。この失態は如何様にもお裁きください」
父上が地に額を付けて土下座した。
やはり本物のマサードと戦っていたようだ。
しかも笛の音が複数聞こえた時点で囮に気付き、あえて笛の音が聞こえて来ない場所へ向かって逃走中のマサードを看破したというのだからとんでもないな。
「謝罪は不要だ。面を上げろ。お前とマサードの能力は相性が悪かったようだしな。取り逃したのは確かに惜しいが何の罰も必要ないだろう。寧ろ即座に逃げ出すであろうと看破したその慧眼は見事としか言い様がねぇ」
「はっ! 勿体なきお言葉です」
ミチナ様が父上を罰することは無かった。
土の両型であるマサードは遠近どちらも対応出来る攻撃手段を持ち、更に黒鉄と土を織り交ぜた防御によって刀も雷も通らないらしい。
限界まで溜め込んだ身体強化によって速度で凌駕し、なんとか黒鉄鬼戦で見せた神業を使ったものの手傷を負わせるまでしか至らなかったそうだ。
最後は敵兵が肉壁となってまでマサードを逃がしたという。
父上はマサードがトネ川を下って逃げたことからシモウサではなく本拠地としているヒタチの屋敷の方へ向かったのではないかと推測した。
ミチナ様もオキヨ様は虎の子の私兵団を壊滅させられたことで今回のことからもう手を退くだろうと読んでいる。
後でマサードがそのことを知った場合も国府ではなく本拠地に篭る可能性が高いと踏んだようだ。
軍議を続けていると帰参したサモリ殿と共に懐かしい人物が尋ねてきた。
「おお! ヨリツ殿! お久しぶりですな! おっと、失礼をば。東正鎮守府将軍及び征伐軍総大将ミチナ・テミス様とお見受け致します。お初にお目に掛かりまする。拙者、シモツケ介デサート・タワラと申す」
征伐軍の本陣に尋ねてきたのは、以前ニオノ海で妖魔大蜈蚣を相手に共闘したデサート殿だった。
皇京の屋敷にも数度遊びに来てくれたそうだが、その時は俺が眠っていたせいで会えず仕舞いだったのでこうして対面するのは数年ぶりか。
相変らずの偉丈夫っぷりは変わりなさそうだが、シモツケでもずっと戦っていたのか少し疲れが見える。
身に着けている大鎧はニオノ海の大蜈蚣討伐の報酬でセンシャ様から受け取った避来矢の鎧だ。ちゃんと効果が出るように一式揃えて装備しているようでなにより。
今はシモツケ介か。前は少掾だったが大蜈蚣討伐から出世したんだなぁ。
懐かしさに思わず声を出しそうになったが、今の俺は顔を隠してヨシツナと名乗っているので我慢した。
「ほう。貴殿が妖魔大蜈蚣討伐の英雄にして、シモツケで唯一マサードに反抗を続けているというデサート殿か。噂は聞いていたがこうして相見えるとは光栄だ。して、此度は如何様でこちらへ参ったのだ?」
「はい。此度はシモツケ平定のご報告と戦場にてマサードを討ち取ったのですが首級を改めるとどうにも顔が別人のようでしてな。何か理由をご存じないかと尋ねに参ったという次第でございます」
デサート殿も影武者を討ち取ったのか流石だな。
各地を回ったキント兄たちからは反抗しているものの、率いている郎党は決して多くはないと聞いていたが、それでシモツケを平定したというのだから大したものだ。
「おお!! それは大成果だ! 主上も大変お喜びあそばされることだろう。此度の反乱を鎮撫する役目を賜っているアタシからも感謝を申し上げる。よくやってくれた!」
「帝の臣として、いえ、ヒノ国の民として当然のことをしたまででございます」
ミチナ様から大きく喜色の声で感謝を告げられたデサート殿は嬉しそうでありながらも少し照れ臭そうに答えていた。
あまり意識しないようにしていたがミチナ様はかなりの美人だからな。
あんなに顔を綻ばせて感謝を告げられるといくら英雄でも照れもするだろう。
俺があまり意識しないようにしている理由?
どんな無茶ぶりをされても美人からのお願いだと飲んでしまいそうになるっていうのと、少しでも鼻の下を伸ばそうものならどこぞの姉妹から凄い目で見られるからだ。
理由としては前者が大半を占める。ほんとだぞ?
「それで顔が変わったという事に関してだが貴殿らが討ち取ったそれはヤツの影武者よ。こちらでも数体討ち取ったところだ。影武者の数にも限りがあるようだから残すは本物のみだろうと睨んでいる」
「あれだけの強さであっても影武者でござったか......。敵ながら感嘆するような強さですな」
「皇を僭称するくらいだからな。生半可な力じゃそこまで思い上がらんだろうよ」
幾つか情報交換などを行った後、マサード殿も征伐軍に加わることになった。
ミチナ様はサモリ殿の左腕については治療を命じただけで戦力から外す事はしないようだ。
今後の方針は態勢を整え次第マサードの本拠地へ攻め込むことで一致した。
軍議が終わり、天幕へと戻る前にデサート殿から声を掛けられる。
今は一介の兵士である俺に何の用だろうか?
「あー。ヨシツナ殿だったかな? 少々よろしいだろうか?」
「はい。どうかしましたか?」
「いやな、おかしなことを聞くようだが、お主はシンソクという刀匠をご存じか?」
シンソク!? デサート殿の持つ蜈蚣切を打った時のサイカの銘だ。
あれ? これ俺の正体に気付いてる感じなのでは?
数年ぶりだから声も背格好も分からないはずだ。
それに認識阻害の包帯を巻いているのにどうして気付いた?
まあ、一緒に竜王であるセンシャ様と会っているような仲だ。
デサート殿ならば誤魔化す必要も無さそうだが、何処で誰が聞いているか分からんから余計なことは言えないか。
「......ええ。存じております。デサート殿の蜈蚣切を打った方ですね?」
「! そうなのだ。ちなみにその刀匠の知り合いに子天狗が居るのはご存じか?」
あ。あー。天狗面を被ってた時もヨシツナを名乗ってたから結び付いたのか。
今回はバレても大丈夫な相手だったから良かったものの、同名を名乗るのは危険だな。
もし今後また素性を隠す必要がある時は別の名を名乗ろう。
そんなのが必要な時が来てほしくは無いけれど。
「はい。風の噂で聞いたことがあります。なんとか言う山に修行に出ていて、近頃数年ぶりに再会したのだとか」
「そうか! それは良かった! 以前シンソク殿に会うた時はどこか寂しそうにしておったからな。再会できたのか。子天狗も息災なようで何よりだ」
デサート殿がうんうんと大きく頷いて喜んでいる。
サイカは勿論だが、デサート殿にも心配を掛けてしまっていたようだ。
「そうそう。シンソク殿と子天狗に礼を伝えねばな。うちの鍛冶師がようやく特殊な鏃を造れるようになったおかげで彼奴等の黒鉄の鎧を貫き、影武者も打ち倒すことが出来たのだ」
「ほう! そんな鏃が作れるようになったのですね。おめでとうございます!」
デサート殿が言う特殊な鏃とは以前サイカが作った螺旋鏃のことだ。
おそらく鏃だけでなく総鉄製の螺旋鉄矢も作れるようになったのだろう。
実物だけを見続けて数年掛けて自分で作れるようになった職人さんに拍手だな。
その後も周囲の人影は疎らだったが、念のためにデサート殿とぼかしながら会話をした。
年齢は離れているが共に死線を掻い潜り生き残った戦友とも呼べる人物との久方ぶりの会話は純粋に楽しかった。
「有意義な時間だった。感謝する」
「いえいえ、お役に立てたなら光栄です」
「......理由は聞かぬがお主の事を喋るつもりは無いので安心してくれ」
やはり俺がツナだと気付いていたようだ。
今回も俺は負傷してミドノ寺で療養中という事になっているので心配してくれていたのだろう。
バラすような人物では無いと分かっているが、俺が安心できるように去り際に肩に手を当てて耳打ちをしてくれた。
それから1週間と少し経った如月の14日の早朝、俺たちはヒタチ国サシマ郡にあるヘタという地のキタ山に布陣したマサード軍と相対する。
此度の反乱の最終決戦の火蓋が切られた。




