百五十話 神業
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「エタケぇええええ!!!!」
弾き飛ばされて落下するエタケの下へと全力で走る。
すると自分でも信じられないほどの速度が出ていることに驚いた。
特に聖痕も右手につけた白竜の指輪も光ったりしていないことから自身の能力なのだと分かる。
(今頃遅せぇよ! さっき間に合わせろよ!)
心の中で自分に悪態を吐きながら、落下する直前の所に両手を伸ばして飛び込みギリギリで受け止めることに成功した。
「エタケ! エタケ!? 無事か!?」
「に、ぃさ、ま......」
抱き止めたエタケの容態を確認する。
あれだけの勢いで飛ばされたというのに不思議なことに大きな怪我は無さそうだ。
「これが、助けて、くれた、ようです......」
エタケはそう言って懐から砕けた御守りを差し出した。
それは皇京を出る際にルアキラ殿から兄姉妹たちに渡された三昧耶形の描かれた御守りだった。
一度だけ致命の一撃を防いでくれる結界が発動するというもので、この遠征中に皆がそれぞれ一度ずつ助けられたことになる。
ルアキラ殿には占いか何かで未来が見えていたのだろうか? 感謝してもしきれない。
しかし、結界の発動には身に着けた者の命素を必要とするようで、元々命素が尽きかけていたエタケは御守りを見せてから完全に意識を失った。
無事でよかったと気絶したエタケを一度ギュッと抱き締めた後、優しく背中に背負う。
何処かに寝転ばせておくわけにもいかないので俺が戦線に復帰するのは無理だな。
黒鉄鬼の方を睨むと鬼の前には誰かが立ちはだかっているようだ。
そこに居たのは土埃に塗れ、鎧はボロボロになっている父上の姿だった。
中々現れてくれないと思ってはいたが、あの様子ではどうやらどこかで戦っていたらしい。
それにしても父上があそこまで満身創痍の状態になっているのは珍しく、かなりの手練れを相手にしたのだろうと見て取れた。
父上がこちらを一瞥する。
俺はエタケが無事だったことを頷いて報せると、父上も頷き返して応えた。
瞳には安堵の色が宿ったように見えたが、その表情は厳しいままだ。
黒鉄鬼をどう斃すのか打つ手を探っているのだろう。
痺れを切らしたのか黒鉄鬼のほうから父上に襲い掛かる。
すると父上は徐に刀を抜いた。
それは元々守り刀だった髭切という刀をサイカが黒巨鬼の角を粉にして混ぜて鍛え、雷雲のような漆黒の刀身となった鬼切丸と名付けた刀だ。
父上が一呼吸すると刀に魔力が宿り、まるで黒雲に走る雷のように刃紋に沿って光を放っていた。
「≪天翔ける雷よ 天の怒りよ 我が敵を討ち果たす猛き力を我が手に≫ -轟雷刃-」
父上が魔法を唱えると更に鬼切丸は紫電を纏った。
雷光は凄まじく、普通に直視しては目を焼く危険があるかもしれない。
その様子を見て黒眼鬼は動きを止めていた。
「≪祓い給え 清め給え 南無八幡大菩薩 我に力を与え給え≫ -破邪一閃-」
父上は次に祝詞を唱えて技を行使する。
この詠唱はデサート殿が以前に弓を射る際に使っていたものとまるきり同じだ。
しかし使っている武器が違うし、何より父上は雷属性以外は使えない筈。
父上は大上段から縦一閃を放つと黒鉄鬼の身体に触れたか触れなかったかというところで刀を振り切り、流麗な動きで納刀した。
あの速さを捉えられなかった者には落雷の如き軌跡だけが見えたことだろう。
「これ以上刀を痛めたくなかったのでな。呪札のみを斬らせてもらったぞ」
そう告げると父上は周囲の兵達に本陣へと戻るように指示を出し始めた。
黒鉄鬼を放置していいのかと誰しもが疑問に思っていると、復帰したキント兄が訝しんで足を掛けると静止していた黒鉄鬼は抵抗することなくその場に倒れた。
倒れた黒鉄鬼は微動だにしない。
その光景に誰もが言葉を失っていた。
「ち、兵部権大輔様!!」
「ヨシツナ殿、エタケを助けて頂き感謝する」
父上に話し掛けて背負っていたエタケを渡すと礼を言ってエタケを腕に抱えた。
家族の無事を喜び合いたいが他者の目があるのでお互いに他人行儀に振る舞うのは仕方ないことだ。
「いえ、当然のことをしたまでです。それよりも先ほどの技は一体? それにそのお姿は何があったのですか?」
「先ほどの技とは八幡神に祈った武技のことか? 神仏の力を借り受けて黒鉄の内に潜む陰気を帯びた呪符のみを斬ったのだ。あれは並外れた信仰心が無ければ扱えない技でな。適性が無い者でも陽の気を帯びた一撃を放てるがその分だけ適性のある者より命素の消費も激しいぞ」
父上は黒鉄鬼を斬った技の詳細を余さず教えてくれた。
神仏への信仰心が成せる内部の呪符のみを斬る技。
まさに神業ってやつか。
俄かには信じがたい話だが実際に目の前で見せられたのだから信じるほかない。
刀に詠唱してまで雷を纏わせたのは強力な神仏の力によって刀が折れるのを防ぐためだそうだ。
しかし内部に残った札が核になっていたとは。
剥がした時点で札には注意しなくなったから何処に行ったのかなど考えもしなかった。
エタケが内部破壊を仕掛けようとしたのは正解だったんだな。
黒鉄鬼がエタケを執拗に狙ったのも、自分より弱い者だからということだけでは無かったのかもしれない。
傍らで仰向けに倒れたままの黒鉄鬼を一瞥してから父上の指示に従って本陣へと向かった。




