百四十八話 黒鉄を砕け!
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ガシャンと焼物の割れる音が響く。
エタケが黒鉄鬼の顔に油壺を蹴り当てたのだ。
油壺が割れて中の油が黒鉄鬼に付着する。
「今だ! 放て!」
「-炎玉-!」
「-火槍-!」
「-旋風-!」
俺の合図と共に黒鉄鬼を目掛けて火と風の魔法が飛来し、直撃すると大きな炎が立ち昇った。
黒鉄鬼は自身の身体が燃えていることなど意に介さない様子でエタケたちを追い続けている。
だが、進行方向がこれまでと変わっていることに気付きもしないだろう。
数歩進んだ所で突如として態勢を崩す。
右足首が穴に嵌って躓いたのだ。
腹這いに倒れそうになり両手を突こうとしたが、次は左手がやや深めの穴に嵌ったようで完全に態勢を崩した。
「おっしゃあ! 次だ! 鎖鎌やるぞ!」
「「応!!」」
キント兄と共に二人の兵が倒れた黒鉄鬼に駆け寄る。
そして三人で囲むと首と左手、右足に鎖鎌の鎖分銅を投げて巻き付かせた。
キント兄のものはシラカシの手綱に使っていた大型の鎖で一人だけ太さが全然違う。
この三人の役割は起き上がらないように地面へ縫い付けておくことだ。
先ほどまで穴を掘っていた身体強化組が一緒になって鎖を引っ張る。
身体の全てが黒鉄で出来ている鬼の膂力は凄まじいものがあるが、力の入りづらい体勢で片手片足の自由が利かない状況では流石に立ち上がるのに手古摺っているように見える。
穴の中には乾燥させた草木と赤熱した炭が入れてあり、こうしている間にも鬼の左手と右足は熱されているはずだ。
「クソっ! これだけの人数でも抑えきれないのかよ! よし、一旦離れ——」
キント兄が離脱の指示を出そうとした時、バキッと鉄が砕ける音がした。
左手と右足を縛っていた鎖が引き千切れたのだ。
やはり鎖鎌の細い鎖では引っ張り合う力に耐えられなかったらしい。
千切れた拍子に数名の兵士たちが後ろに転がってしまう。
体勢を立て直した鬼は立ち上がると首に掛かっていた鎖を思い切り引っ張った。
「手を放せ! 吹っ飛ばされるぞ!」
咄嗟に鎖から手を離せなかった二名が鎖と共に空へと巻き上げられる。
黒鉄鬼はそのうちの一人の片足を掴むとそのまま地面へと叩きつけた。
「ぐあっ!!」
幸か不幸か捕まった兵は土の内功型だった。咄嗟に身体に土の鎧を纏ったために地面へと叩きつけられても身体が破裂することも四肢が捥げることも無く済んだ。
しかしそれが黒鉄鬼の好奇心か嗜虐心に火を付けたようで、その兵を何度も何度も叩きつけ始める。
「この野郎ォ!」
「待てっ! 近寄るんじゃねえ!」
「ぐあっ!!」
それに激怒してキント兄の制止を振り切って助けに入った兵は、鬼が掴んでいた兵を棍棒のように振るったことによって弾き飛ばされた。
その際に捕まっていた兵も黒鉄鬼の手からすっぽりと抜けて離れた所まで飛んでいったが、生存は絶望的ではないかと思われる。
「水魔法! 左手と右足を狙って放て! 土は水が命中すると同時に飛ばせ! 遅れると水蒸気で狙えなくなるぞ!」
「-水球-」
「-水之矢-」
「-土槍-」
ジュゥウウと勢いよく水が蒸発すると共に黒鉄に土塊が当たる音が響いた。
白い蒸気の幕が晴れると黒鉄鬼の左手は光沢を失いくすんだ色をしており、数本の指には微かに罅割れがある。
火力か威力が足りなかったのか、残念ながら右足はくすんでいるだけで罅は入っていないようだ。
「今だ! 左手を狙え! 叩き壊すぞ!! -雷纏-!」
「こちらは右足を狙います! 槌を構えなさい! -雷脚-!」
「「「応!」」」
キント兄とエタケが今が攻め時と判断し、それぞれの部隊を率いて突撃を仕掛けた。
皆の手には槍先に兜や胴丸を縛り付けた即席の槌が握られている。
黒鉄鬼は迫り来る兵達を腕を大きく振るって殴り飛ばし、幾人もが命を散らした。
鬼の表情は分かりづらいがニヤついたようにも見える。
「おぉおおおおおらぁあああ!!!!」
そんな容易く命を刈り取る拳の嵐を掻い潜り、黒鉄鬼に一番槍を叩き込んだのはキント兄だった。
迫りくる左拳に即席槌を直撃させると、大きな破砕音と共に槌先の兜が砕け散った。
そのまま止まることなくもう片方の手に握っていた即席槌を振るうと再び破砕音が鳴り響き槌先の胴丸が砕けるが、今回は黒鉄鬼の指も数本砕けていた。
痛みがあったのかは不明だが鬼の拳が止まり、自身の左手を見ている。
その表情は先ほどまでの嘲笑うようなニヤついた表情から一変し、驚愕に染まっていた。
どのような人格が形成されているのかは不明だが、今までは自分こそが絶対的な強者だという自負があったのかもしれない。
「せええええええい!! -雷衝-!」
その隙を逃さなかったエタケが黒鉄鬼の右足に俺が貸していた鉄棍を突き込んだ。
衝突の瞬間、エタケの魔法によって鉄棍が当たった箇所に小さな爆発が起きる。
鉄同士がぶつかり合う甲高い音と破裂する様な雷音が響き、衝撃に負けたエタケが鉄棍ごと転がった。
だが、その突撃によって右足にも目に見えるような罅が入っていたことで兵達もそれに続いて即席の槌でその一点を狙って罅割れを広げていく。
今の打突の爆発は狙って起こしたものではないのだろう。
雷神眼で見た雷の流れでは相手の内側に浴びせる為に鉄棍の先に構成していた雷が、衝突の反動に負けた事で分散して爆発が起きた様に見えた。
しかし結果的にはヤツの身体に大きな罅割れを作る事が出来たのだから上出来ではないだろうか。
すると動きの止まっていた黒鉄鬼が再び動き出す。
その動きは先ほどまでの遊んでいるかのようなものではなく、地団太を踏み手足をバタつかせ駄々を捏ねるように、癇癪を起こしてただただ暴れ回る無秩序なものだった。
大雑把で無駄しかない動きだが、振るわれている手足に掠るだけでも大怪我は免れない危険なものだ。
遠距離から魔法をぶつけてはいるが全く意に介さない。
暴れる動きが治まると標的を定めたかのように一点を睨みつける。
その視線の先に居たのはエタケだった。




