百四十七話 指揮官の重責
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「まだ投げられたりねえようだな!」
「待ちなさい! 様子がおかしいわ!」
キント兄が再び接近を試みようとした時、異変を察知したサダ姉が雷の玉を顔前に翳してそれを制した。
「あっぶねぇな! 何しやがんだ!」
「うるさい! それよりアイツの身体を見て! 嫌な予感がするのよ。妾には見えないけどアンタなら見えるでしょ! さっさと見なさい!」
サダ姉の直感に俺とエタケ、キント兄が視力を強化してマサードを観察する。
すると身体を覆っていた黒鉄がうっすらと謎の発光を放っていた。
「なんだありゃ?」
この数カ月で初めて見る現象に誰もが首を傾ける。
すると周囲の死体が身に着けていた黒鉄の鎧たちが粘性を持った液体状に溶けて発光するマサードへと集まっていく。
「わわ! 気持ち悪いのです!!」
エタケの身に着けていた即席の黒鉄ブーツも例に漏れず形を崩して脚から離れるとマサードの下へと吸い込まれていく。
周囲の黒鉄を集めきったマサードは足元の黒鉄の液体の上に立つと鞘を額に当てて札を剥がした。
すると足元の液体はマサードの中へと吸い込まれていき、人体の原型を留めず腕や脚が盛り上がっていく。
そして遂には3mほどの黒鉄の鬼の姿となった。
その鬼は隆々とした体躯を誇り全身は黒鉄に覆われている。
顔面も黒鉄で覆われ、瞳も黒鉄の為に見えているのか定かではない。
額からは太い2本の角が生えており、元となった肉体などは考慮されていない構造をしている。
黒鉄鬼は周囲を見回して首を傾げると、唐突に嘔吐き口から何かを吐き出した。
それは影武者の肉体を構成していた人間だと思われる。
そして既に事切れているであろうその肉体をもう用済みだとばかりに何度も踏み潰した。
「な、なんなんだよアイツは......」
「死体で遊んでいるようね......。気分が悪いわ」
「あの鬼は誰が操っているのでしょうか?」
「分からん。これまでの像が動いているかのような不自然な挙動と違い、動きには生き物じみた無駄が多い。自律した式神に近いのかもしれない。兎に角今はミチナ様への報告と兵部権大輔様をここへ呼んだ方が良さそうだ」
シラカシに乗ったサダ姉にミチナ様への伝令を頼むと周囲の様子を見回した。
辺りの兵もキント兄と同じように呆気に取られたり、先ほどのサダ姉のように嫌悪感を示している。
この驚きが恐慌へと変わる前に指揮を執る必要がありそうだ。
「皆の者! 傾聴せよ! 敵は悪鬼へと姿を変えた! どれほどの力を持っているかは分からんが、あの巨躯では並大抵の攻撃は効かぬだろう。しかし! 我らが怯え逃げ惑っては他の味方を危険に晒すことになる。 故に! 戦うぞ同士よ! 武器を取れ! 陣形を固めよ! 今この時こそ皆の勇気を示すのだ!!」
「「「おおおおおおおおおおおお!!!!」」」
刀を掲げ大声を張り上げて味方を鼓舞する。
ずっと憧憬していた何時かの父上の姿を頭の中で思い描き、自分もまたそんな英雄たらんと願いながら味方へと語り掛けた。
「これがツナかよ......」
「兄様すごいのです......」
俺が前回の戦いで魔神撃退という戦功を立てていたおかげか、黒鉄鬼に怯える前に鬨の声をあげて兵達の心を1つに纏めることが出来た。
これで少しは希望が持てるかもしれない。
キント兄とエタケを筆頭にして即座に役割毎に部隊を分ける。
遠距離魔法組に指揮する者が居ないのは失敗だったな。
伝令をエタケに任せてサダ姉に残ってもらうべきだった。
しかしここから本陣までそう距離があるわけではない。
本陣が強襲されたという報告も聞いていないので数十分もあれば援軍を引き連れて戻ってくるはずだ。
黒鉄鬼は未だに周囲の死体を玩具にして遊んでいる。
何がしたいのかさっぱり読めないが、あれの興味が生きた人間に移った時が勝負の分かれ目だ。
それまでに陣地を構築し、出来る限り有利に戦えるように場を整える必要がある。
土魔法の使い手や身体強化が出来る者たちには穴を掘らせ、風魔法と火魔法の使い手には草木を集めさせて即席で乾燥させた。
十数分後、遂に恐れていた事態が起こる。
黒鉄鬼が兵を追い掛け始めたのだ。
「!! やっぱり生きた人間にも興味を持ち始めましたか......。鎧を捨ててでも逃げてください! あの無惨な死体のようになりたくなければ決して捕まってはなりませぬ! 一人だけが集中して狙われた時は数人で入れ替わって攪乱するのです!」
「「「はっ!」」」
エタケの指示を受けた数名の兵達が黒鉄鬼との命懸けの鬼ごっこで時間を稼いでくれている。
その間に周囲ではキント兄たちによって地面に幾つかの穴が掘られていた。
「遠距離魔法隊! 火と風の魔法を使える者は詠唱を開始せよ!」
「「「はっ!」」」
俺が合図すると数十名の遠距離魔法の使い手たちが詠唱を開始した。
部隊を分けての奇襲作戦だったので今この場に居る限られた人員でどこまでやれるかは分からないが誰もが最善を尽くすべく行動している。
せめてテミス家の三姉妹が居てくれれば多少は有利を取れるだろうが、未だに戦場の只中に居るのだ。大怪我を負ったサモリ殿から離れることは出来ないだろう。
「ヨシツナ様! 御申し付け通り敵陣より油と炭を集めて参りました。しかし、奴らも近いうちに仕掛けてくるつもりだったのか大した量はありませんでした」
「ご苦労。それは仕方ないことだ。炭はキント殿に。油壺はエタケ嬢に渡してくれ」
「承知しました!」
指揮を執っていた俺の所へ敵の野営地へ送った徴発部隊が戻って来た。
本物のマサードが残って居れば帰還することは叶わなかっただろうに、決死の覚悟で指示した物を取りに向かってくれた彼らには感謝してもしきれない。
自分の作戦ミスで死なせた経験や、この反乱で直接的にも間接的にも命を奪う経験はしたが、結果的には無事であり直接的な言い方でも無かったにしろ、味方に「死んでくれ」と言ったのはこれが初めての経験だった。
これが武将の、指揮官の責任か......。
重いな。父上やミチナ様たちはこんなものを背負い続けているのか。
命じる側の重責を体験し、改めて父上達の偉大さや背負っているものの重さを痛感した。




