百四十六話 兄姉弟妹 対 鉄の影武者
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次の笛の音が鳴り響く方向に走っていると、ふと違和感を覚えた。
「おかしい。笛の音が1つしか聞こえなくなった。ここには四人のマサードが居たはず。全員が蟀谷に凹みがあったとしても笛の音が1つ足りない......まさか!?」
そして影武者の全員が蟀谷の凹みを再現している理由をここに来て思い至る。
本物のマサードだけは逆に蟀谷の傷を隠している?
もしそうだとしたら考えられる理由は1つだ。
本物はこの戦場から既に逃げ出している。
真正面からぶつかり合う総力戦で影武者と合力されていればもっと苦戦したかもしれないが今回はこちらから奇襲を仕掛けて戦力を分断した。
何時の段階で影武者たちに凹みを付けたのかは謎だが、こちらが手を打った時点で囮を使って逃げることを決めたのであれば恐ろしく判断が早いな。
ただ、逃げたにしても疑問が残る。
強力な戦力である影武者を捨て駒にしたことで戦力差が開くのは明白だ。
それを挽回出来る手立てがあるのだろうか?
今でこそ謀反を起こして朝敵となってはいるが、元々は高潔な武人だったと聞いている。
この戦場でもマサードに心から忠誠を誓い戦っている兵も少なくない。
そんな彼がたかだか自分の命が惜しいだけで逃げるというのは考えにくい。
敵の目的が予測できないまま最後の笛の音が鳴る場所に辿り着くと、そこではエタケとキント兄、サダ姉が戦っていた。
恐らく影武者であろうそのマサードの動きはこれまでのどの影武者よりも洗練されており、早さも膂力も桁が違っている。
既に力を解放しているのかと思い、鞘の札を確認するが剥がされた気配はない。
「さっきの大きな音が聞こえた後にまた強くなったわね! -螺旋雷槍-!」
「あっぶねぇな! くそっ! いきなり力が上がったのはこれで二回目だぞ! コイツ、もう最初とは比べもんにならねえ!」
「姉上、兄上、無駄口を叩く暇があるならさっさとこの影武者を斃してくださいませ! -雷脚-」
赤い雷を纏ったキント兄ですら直撃を避けて攻撃を逸らしている。
その隙を縫って脚に雷を纏ったエタケが速さと舞踊のような独特の動きで攪乱しつつ、シラカシに乗ったサダ姉が馬上から貫通力のある雷を撃ち込んでいる。
息の合った連携のため、邪魔になってしまうと尻込みした周囲の味方は手を出せずにいるようだ。
それに残っているのはマサード一体のみだが、端から見ていても先ほどまでの影武者たちと動きが違うことが分かる。
聞こえてくる会話からこちらのマサードも戦闘中に力を増しているようだ。
自爆した影武者も途中で力が増したと言っていた。
もしかしたら影武者の数が減る毎に一体ごとの強さが上がるようになっているのかも知れない。
ヒタチとシモツケの現状は分かっていないが、あちらの影武者も既に斃されているのだとしたらアイツは今までの影武者と一線を画す存在となっているのだと思われる。
強さが増す前に太刀も兜も外させたのだろうが、無手でも拳一つで地面が罅割れている。
あんなものを真面に受ければ死は免れないというのに、うちの兄妹はなんとか接近戦を続けている。
エタケが躱し、キント兄が逸らし、サダ姉が撃つ。
絶妙な均衡の上に成り立った連携だ。
しかし、徐々にではあるがその均衡が崩れ始めている。
恐らく疲労によって動きにムラが生じているのだ。
このままでは近いうちに破られると思われる。
俺は近場で倒れている亡骸から太刀と小太刀を拝借して兄姉妹たちの戦いに参戦した。
「!! ツ、ヨシツナ!?」
「助太刀する! そちらに合わせる故、そのまま続けろ!」
「任せろ!」
「承知です!」
俺が入ったことで気力を取り戻したのか、先ほどよりも動きに精彩が出る。
俺が背後から二刀で斬り付けて注意を引き、キント兄は相手の拳を逸らしつつも張り手を叩き込む。
エタケは踊るような動きで翻弄しつつ小太刀で鎧の紐緒部分を切り裂いていては武装解除を狙っている。
サダ姉は雷の槍を更に細く鋭利にしてマサードの関節や頭に撃ち込んでいった。
「鞘に貼ってある呪札に気を付けろ! 剥がしても厄介だが、壊すと自爆するようだ!」
「自爆!?」
「本当にこいつらは捨て駒なのね......」
「では鞘ごと取り上げてしまってはいかがでしょうか? エタケがやります」
鞘にある札について注意を促すと三人が反応を示した。
エタケの案は試したことはないが、サモリ殿が触れた際には一時的に力が増していたので危険な気がする。
俺がこれまでの二体で起きた事を話すと兄姉妹たちは苦々し気な表情をしていた。
安全に処理する手立てが無いのだ。
唯一何も起きずに討ち取れた影武者は全身が錆に覆われていたことが要因だと思われるが、今この場でそんな状況に持って行くのは不可能だ。
戦いながらの会話ではあったが、このまま消耗させて動けなくするという戦法で合意を得た。
俺が入っても連携は崩れることなく寧ろ攻撃の手数が増えている。
少しずつではあるが傷や凹みが増え、相手の動きの方が鈍ってきたように見える。
「ッ!! うおらぁあああああああああ!!」
エタケが草摺の紐を斬ったことでマサードの脚がもつれて大きな隙が生まれた。
それを見逃さなかったキント兄が懐に潜り込み、両手でマサードの右腕を掴むと一本背負いを掛けて地面へと叩きつけた。
黒鉄の巨体が宙を舞い、背中から大地に沈む。
その衝撃はかなりのもので、ズシンという地鳴りのような音と共に足元の地面を揺らした。
「≪いと高き天より落つる雷よ 我が声に応え豊かな稲魂を授け給え≫ -大雷玉-!!」
「エタケ流踊脚術 -女郎花-!」
キント兄の作った絶好機にサダ姉が大魔法、脚に雷を纏ったエタケが両脚で何度も踏みつけるように我流武術により編み出した乱蹴を叩き込む。
大魔法はまだしも、童女の蹴りなど黒鉄には効果など無いように見えるが、エタケの脚にはいつの間に作ったのか黒鉄鎧の臑当と篭手で特製のブーツが装備してあった。
そこから繰り出される凄まじい豪雨のような蹴りは同じ黒鉄の身体をも削っているようで彼女の足元には女郎花が咲き誇るかの如く黄色い火花が散っている。
小柄な童女から放たれている見た目からは想像できない程に鋭く重い蹴りだが、エタケ自身はタップダンスでも踊っているように軽やかに舞っていた。
「ふー。一丁あがりなのです」
「お疲れ様。トール家の人間以外には意味が通じないだろうからあまり外で異界言葉は使わないようにな」
作戦通りマサードから距離を取っている俺たちの下へ、やりきった顔でやってきたエタケに労いと共に小声で言葉遣いの釘刺しをしておく。
「一丁あがり」は俺が家族に料理を作る度に言ってしまっている台詞なので大元を辿れば俺のせいなのだが、誰が聞いているか分からないようなところでは警戒しておくべきだろう。
エタケもそれは分かっているので一瞬だけ膨れて不満顔を見せる程度の抗議で留めてくれる。
そうやって一息つけたのも束の間、地面に縫い付けられていたマサードが再び立ち上がった。




