百四十五話 誤った助言
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「リノブ! 炎で馬を攪乱せよ! レヒラ! 騎馬の突撃を防ぐために土の防壁を作るのだ! 勢いを殺せるなら高さは任せる! 私は前に出るので以後はネヨリに指揮を任せる!」
「「「はい!」」」
笛の音をたよりに駆けつけると、間延びした敵の横っ腹に側面攻撃を仕掛けていたサモリ殿の部隊が見える。
サモリ殿は馬上から三姉妹や兵達にそれぞれ的確に指示を出した後に少数を率いて突撃を掛けていた。
マサードと黒鉄鎧の騎馬隊はリノブ嬢の炎で分断されつつも、それぞれ目標としているところへ突撃を繰り返している。
「-水纏-! はぁあああああ!!」
突撃後に方向転換しているマサードに対し、気勢と共に騎馬で突撃を掛けたサモリ殿が太刀で斬りかかる。
それを防ごうと割って入った黒鉄鎧の敵兵が居たが、サモリ殿が太刀を持っていない方の手で敵の顔面を掴むと一瞬でその兵は馬上から崩れ落ちた。
あれは彼が独自で編み出した水魔法だ。
掌から相手の口や鼻に一気に水を送り込んで窒息させて意識を奪う技だと聞いている。
溺水とかいう症状に近いのだと思う。
掴むことで身体に纏った水を瞬間的に相手の口や鼻から送り込むことが出来るそうだ。
そんな彼に付いている二つ名は”溺掌”。
肉弾戦では滅法強いと言われているのはこのためだ。
さすがに頭や身体を破裂させるほどの量の水は送り込めないとは言っていたが、一瞬で意識を刈り取れるのは十分に脅威だろう。
さらに別の敵兵が突撃してくる。
両手が馬から離れた状態なのでもろに受ければ落馬する可能性は高い。
しかし、その隙を埋めるかのように味方の兵が間に入った。
突撃を受けた味方は馬諸共に倒れてしまうが、おかげでサモリ殿がマサードに対して一太刀を浴びせる。
「-水刃-」
サモリ殿は斬りつけた際に刃に水を纏わせて切れ味を上げていた。
放出型の水刃は水の刃を飛ばす魔法だが、内功型が使うものは武器に纏わせたり、刃を身体から生やしたりする魔法になる。
内功型と放出型で同名の魔法は多々あるが、しっかりと詠唱すると呪文が違うのだ。
内功型≪清かなる水よ 生命の源よ 我に刃を宿し給え≫
放出型≪清かなる水よ 生命の源よ 刃となって我が敵を切り裂け≫
と、こんな具合に別の魔法だとよく分かる。
まあ実戦だとほとんどが無詠唱で使われるが。
「くっ! やはり斬れんか! ならばこれでどうだ!」
流れるように綺麗に決まったはずの斬撃は、マサードの鎧にうっすらと斬痕を残しただけに留まる。
サモリ殿は次の手とばかりにマサードに飛びついて、共に馬上から引き摺り落とすことには成功した。
「マサード様を守れ!」
「雑魚を副将軍殿に近付けるな!」
両陣営の兵達がお互いの大将の為にぶつかり合い、血を流しては命を散らす。
そんな部下の奮闘に呼応するかのように、大将同士もまた激しくぶつかっていた。
馬上での太刀の斬り合いは圧倒的な防御を誇るマサードに軍配が上がっていたが、肉弾戦に強いサモリ殿は組討術が得意だ。
鍔迫り合いの形から器用に相手の体勢を崩し、まるで柔術のようにマサードの身体を転がすと、俯せのマサードが体勢を整えるよりも早く背に馬乗りになって押さえつけた。
両膝でマサードの腕を押さえると、腰に差した小太刀で紐緒を切って兜を外し容赦なく後頭部に打撃を叩き込んでいる。
俺もサモリ殿の加勢に付きたいが乱戦の様相を呈しているため中々近付くことが出来ない。
少し離れたところから視力強化に力を傾けることで兵達の合間を縫ってマサードの持つ鞘に札が貼ってあるのが見えた。
「サモリ殿! マサードの持つ鞘を砕いてください! その呪札は危険だ!」
「!! 相分かった!」
俺が腹の底から声を上げて叫ぶとサモリ殿は応えてくれた。
鞘に手を伸ばし札に触れると急激に怪力を発揮したマサードは立ち上がり、背に乗っていたサモリ殿を弾き飛ばす。
やはりこの強力な術の弱点はそこだったのか?
以前、陰陽術を使う嶬峨素族のヤスケが用いていた札を使う結界と同じように、札で影武者の力を制御しているのかもしれない。
「くっ! 急に力が増したぞ!?」
サモリ殿はかなり吹き飛ばされたが、身体に纏った水で衝撃を吸収させたようだ。
すぐに構え直して敵の動きを探っている。
鞘には札が貼られたままだが、弱点を看破したと知られた以上、いつ捨て身で来てもおかしくない。
案の定、マサードが鞘に手を伸ばす——
その瞬間、火を纏った無数の小さな石礫が飛来した。
「私たちが!」
「いることも!」
「忘れるな!」
三姉妹のうちリノブ嬢とレヒラ嬢による後方からの援護攻撃だった。
黒鉄の身体を持つマサードには火のついた石礫など大して効いてはいないが、鞘に付いた札を守るような姿勢をとっている。
「父上の魔力で出来た水を辿れ! -水魚之矢-!」
二人が牽制している間に弓に矢を番えていたネヨリ嬢が魔法を込めた矢を放つ。
その矢は乱戦する敵味方の間を泳ぐように潜り抜けて、サモリ殿の魔力で作られた水が付着した呪札に突き刺さると貫かれた札からは閃光が溢れ出す。
先に相手をした影武者が最後に放った一閃のように何かマズイ気配がした。
「爆発するぞ! マサードから離れて身を伏せろ!!」
何故爆発すると思ったのかは分からないが、俺は咄嗟にそう叫んでその場に身を伏せた。
1秒後に大きな爆発音が戦場に轟き、周囲には黒鉄の飛礫が降り注いだ。
立ち上がってマサードが居た地点を見てみると、辺りに白い煙が立ち昇っている。
三姉妹が風の魔法で煙を吹き飛ばすとマサードが居た地点を中心に5m程の地面が抉れており、周囲では爆発によりマサードから飛び散った黒鉄の破片に撃ち抜かれた複数の兵が転がっていた。
敵味方の区別なく周囲に居た者たちは破片の被害を受けている。
黒鉄鎧も胸か背中の何方かにのみ穴が空いており、鎧によって貫通しきらずに体内に破片が残されている者が多い。
「マジで爆発しやがった......。魔法じゃない。ただの魔力の暴走だ......」
魔力の暴走はサダ姉が無意識に起こしたものを止めたことはあったが、あの時はまだ辛うじて魔力の流れが魔法の形を成そうとしていたので”起こり”を切り刻んで霧散させた為に止める事が出来た。
しかし今のアレはそんなものではなく、魔力の流れが最初からグチャグチャだ。
”起こり”なんて存在しないし、アレを零や虚空で搔き乱したところで意味が無い。
札を剥がしても、札を破壊しても危険なのか。
どうしろと......。
「クソったれめ......。とんでもない最後っ屁をかましてくれたものだな」
砂埃に塗れたサモリ殿が悪態を吐きながら俺の前に現れた。
いつもミチナ様の言動を諫める立場に居る彼が汚い言葉を吐いているのは珍しい。
「サモリ殿! ご無事でし——」
サモリ殿が無事だったことに安堵したが、彼の左腕を見た俺は言葉を失った。
「咄嗟に黒鉄鎧を着た死体を盾にしたのだが、この体躯を隠しきれなくてな。纏った水を貫いて破片が幾つか刺さってしまった。ヨシツナ殿の警告のおかげで命を拾うことは出来た。礼を言う」
サモリ殿の左腕は所々赤黒く染まっている。
刺さった破片によって神経や筋を断裂したのか肩口から力無くだらりと垂れていた。
「申し訳ありません。札を壊すとあんなことになると分かっていれば、他の手段を取れてサモリ殿の腕も、他の兵も助けられたかもしれなかったのですが......」
「なに、気にするな。あのままでは勝ち筋が見えなかったのだ。片腕と僅かな犠牲で斃せたなら安いものよ。それに片腕でもミチナの尻に敷かれる事に変わりはないしな。ははははは!」
「そうそう」
「父上は父上」
「母上のお尻の下から動けない」
左腕が動かなくなってしまったというのにサモリ殿は笑って励ましてくれる。
いつの間にか集まっていた三姉妹も冗談に乗って来た。
しかし、やはりその表情には少し辛そうな色が見える。
父親の片腕が動かなくなってしまったのだから仕方ない。
特に呪札を撃ち抜いたネヨリ嬢の顔色が悪い。
だが、当の本人がそんなことをおくびにも出さないでいる手前、やせ我慢をして気丈に振る舞っているのだろう。
その後、サモリ殿の左腕に応急処置をしながら今後の戦局について幾つか話す。
間違った指示で味方に被害を出してしまったことを申し訳ないと思いつつも、残りの影武者の注意喚起をしに次の笛の音が響く場所へと向かった。




