百四十四話 影武者の謎
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「それにしても硬いのう! 骨が折れるわい」
ゲンバとマサードの戦いは、ゲンバのボヤキと金属のぶつかり合う音だけが木霊している。
そもそもマサードは頭部も黒鉄に覆われているので声を発さないのだ。
その様子を見てある疑問が浮かんだ。
ヤツはどうやって目視や呼吸をしているのだろうか?
じっと観察してみたが顔に穴のようなものは見えない。
どう見ても中の人間が長時間生きていけるような構造をしていないのだ。
となると中の人間は既に死んでいる可能性がある。
死体を傀儡にしている? いや、生きた人間を犠牲にして生み出した可能性もあるのか……。
師匠の使う剛礪武という岩の式神のように行動指針を与えられてある程度自由に動くようなものなのかもしれない。
可能性だけで言うと毒息と同化していた魔物使いの様に中に居ながらして生きているということもあるかもしれないが。
果たして普通の人間にそんな魔法が使えるのかと疑問が浮かんだが、ヤシャの言っていたマサードに力を与え過ぎたという言葉を思い出し、漸く合点がいった。
元々マサードが持っている両型の土魔法。
そこに魔神鬼から与えられたであろう膨大な魔力に黒鉄化や影武者生成。
もしかすると他者に力を分け与える能力もあるかもしれない。
魔神鬼が与え過ぎたと言うくらいだ。最早人の理から懸け離れた力なのだろう。
「膂力はともかく技量は大したこと......むっ!?」
掌で転がすように一方的に傷を与えていく展開にゲンバが再びボヤこうとした時、唐突にマサードの動きが変わった。
それまではやや単調とも呼べる動きだったものが、急に人間味を帯びた動きになったのだ。
警戒したゲンバが後退り距離を取ると、マサードは一度太刀を鞘に納める。
そして鞘に貼ってあった何らかの呪文が書いてある札を剥がすと腰を落として構え直し、勢いよくゲンバへと飛び掛かり凄まじい速度で抜刀した。
「むううぅ!?」
先ほどまでと打って変わった動きにゲンバの対応が遅れ、剣閃を防ごうとした太刀ごと胴丸がいとも容易く切り裂かれる。
「ぐっ!」
「抜刀術!?」
ゲンバの持っていた刀は半ばから綺麗に切断されており、胴丸には一文字に亀裂が入っていた。
鎧越しに肉を斬られたのか裂け目は僅かに血で濡れていた。
「ゲンバ殿っ!」
「手出し無用! なぁに、薄皮一枚斬られただけのこと。それよりも此奴、儂の風衣など存在しないかの如く易々と刀と鎧を切り裂きおった」
負傷したゲンバに声を掛けると片手で制された。
よく見れば先ほどと違いマサードの太刀は刀身が黒くなっているようだ。
札を剥がした事で太刀を黒鉄化したのか?
太刀も黒鉄化出来るのならば何故これまでは使ってこなかっただろう?
手出し無用と言われたので他のマサードとの戦いに備えて観察に徹することにする。
僅かな変化だが再び納刀したマサードの姿をよく見ると、身に着けている黒鉄の鎧の一部から輝きが失われているように見えた。
二度三度と抜刀技を繰り出すも、既に間合いは掴んでいるのかゲンバがそれを躱し続ける。
正確には間合いよりも大きく躱しているはずなのに彼の鎧には刀傷が増えているのだが、初撃のように肉体にまでは達してはいない。
その度にマサードの身に着けた黒鉄の鎧から輝きが失われていき、四度目の抜刀に合わせてゲンバが回避中に拾った槍で返撃を繰り出すと、それまで鉄壁を誇っていた黒鉄の鎧が砕けた。
露わになった黒鉄製の肉体も輝きを失っているように見える。
「これで仕舞じゃ!」
鎧が砕けて露わになった胸元を目掛け、ゲンバがトドメとばかりに強大な風の力を籠めた渾身の突きを放った。
「おお!」
「やった!」
二人の戦いを見守っている周囲の味方から歓声が上がる。
いつの間にか観衆が集まっていた。
娯楽の少ないこの世界では強者同士の戦いというのは心を惹き付けられるものがあるのだろう。
周囲には既にマサード以外の敵が残っていないとはいえ少々危険だな。
まあ俺も他人の事は言えな——っ!?
急な悪寒が背筋に走る。
直感に従って咄嗟に地に伏せると、その刹那、頭上を何かが通り抜けた。
「何だ? 今のは......」
怪訝に思い立ち上がって周囲を見回すと、観衆のうちマサードの前方の半径15mほどの距離まで近付いていた者たちの動きが止まっている。
対峙していたゲンバもその一人だ。
「ごふっ、奥の手、か......不覚」
吐血しつつそう言い遺すゲンバの胸から上と肘から下がボトリと崩れ落ちる。
同様に動きの止まっていた者たちも次々に体勢を崩すと身体を上下に両断されて息絶えていた。
あのまま立っていたら自分もこうなっていたのかと思うと全身に冷たい汗が流れる。
警戒しつつマサードを見ると槍が胸に突き刺さった状態で刀を抜き放った姿のまま静止しているようだ。
太刀は鍔までしか残っておらず、刀身は消え去っていた。
黒鉄化した肉体は完全に光沢を失って罅割れ、所々朽ち落ちている。
頭部の黒鉄も剥がれ落ちて中の者の顔が半ばまで露わになっており、それはやはりマサードのものとは違う相貌を覗かせていた。
中の人間の肉体からは生体電流を感じないので既に死んでいるものと思われる。
ゲンバが見切れていなかったのは、覆っている黒鉄を使って一瞬だけ刀身を伸ばしていたのだろう。
そして最後の一撃は破損や負傷が危険域まで達したことで奥の手を使って自壊したと考えるべきか。
しかし鞘の札を剥がした時も、今の攻撃が繰り出された時も”起こり”は感じられなかった。
まさか純粋な剣技だとでもいうのか?
もしくは予め発動していた魔法を札で封じていた?
サモリ殿が討ち取ったヤツはそんなものを使っていなかったはずだ。
錆びていたから使えなかったのか?
なんにせよ他の影武者を相手取っている皆が危ない。
俺は運よく生き残っていた兵たちに各武将への伝令を頼むと、最も近くで鳴っている笛の下へと駆け出した。




