百四十三話 ヨシツナとしての戦い方
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「なに!? がふっ!」
別の場所で鳴った笛の音にほんの一瞬だけ気を取られ、その隙を突かれて腹に蹴りを受けてしまう。
黒鉄で固められた肉体から繰り出される蹴りは凄まじく、鉄で出来た丸太が腹にぶつかったような衝撃を受けた。
大きく後方に吹き飛ばされたが、意識して身体を丸めることで多少の衝撃を殺すことには成功した。
「かはっ! はぁ、はぁ。胴丸が砕けてやがる。いつもの軽装だったらヤバかったな......」
呼吸を整えて自分と周囲の状況を確認する。
胴丸は砕けたが身体を動かしてもあまり痛みが無いことから骨や肉体に大きな損傷は無さそうだ。
吐血していないので内臓も恐らく無事だろう。
幸いにも吹き飛ばされた周囲には味方しか居ないので少し思考を整理する。
どうして別の場所でも笛が鳴ったのかが分からないのだ。
・意図に気付いた敵が味方から奪って吹いた?
いや、相手からすれば敵が笛を吹いただけだ。すぐに意図に気付けるとは思えない。
・音を真似して攪乱した?
意図に気付くのと同じく、それが攪乱になるとは想像がつかないだろう。
・味方が見間違えて吹いてしまった?
既に此方でも鳴らしていたのだから、見間違えることなどないようにしっかりと確認したはずだ。
つまり、確信を持って笛を吹かせたということだ。
それは蟀谷が凹んでいた者が他にも存在しているという可能性。
「こちらが看破する方法を知ったうえで仕掛けられた罠か!」
相手の策に気付くとすぐにミチナ様とサモリ殿、父上へと伝令を走らせた。
そして改めて俺を蹴り飛ばしたマサードの下へと向かう。
今はマサードとゲンバが戦っているようだ。
加勢しようとした時、案の定さらに別の所で笛の音が鳴った。
やはり複数居るようだ。
「ゲンバ殿、露払いは必要か?」
「おお、ヨシツナ殿か。忝い! 雑魚と言えども鬱陶しかったので助かりますわい!」
俺は転がっていた太刀を拾うと正眼に構える。
この場で見せて良い剣技だとどれが相応しいだろうか?
やはり基本で会得している者も多いクラマ流かな。
戦い方を定めると、動を司る伍の型:オオスギで激しく斬りかかる。
相手はいきなりの攻撃に驚き、反射的に太刀で防ごうとしてしまった。
これがわざと黒鉄の鎧で受けられていた場合、返す刀で俺が屍を晒していただろう。
太刀で受けようとしたのが運の尽きだ。
太刀同士をぶつけることなく参の型:ユキで斜めに移動しながら相手の右脇を切り裂いた。
「一つ」
「ほう」
「ああぁあ!!」
防具の無い箇所を斬られたことで大量の血が吹き出す。
斬られた兵は太刀を捨て、左手で出血した脇を押さえて転がった。
同時に周囲の敵の俺を見る目が変わる。
油断ならない敵だと認識を改めたようだ。
まあ、今更ではあるのだが。
再び伍の型で斬り掛かる。
今度の相手は先ほどの戦いを見て学んだのか鎧で受ける腹積もりのようだ。
しかし肆の型:タマスギで動きを止めた。
この型は静を司り、全ての型の途中で起点の動きまで持っていく事が出来る。
型が決まっているクラマ流において途中で止めて再び起点に戻せるというのはとても重要なことだ。
相手の目前で構えに戻り、壱の型:ヨシクラで直進と共に喉へと突きを放つ。
「こひゅ」
拾った太刀は腰反りという茎に近い所に反りの中心があるモノだった為、普段の間隔で真っ直ぐ突きを狙うことが出来なかったが、逆に防ごうとした相手の篭手を掻い潜って喉に突き立てることが出来た。
「二つ」
「ひぃっ!」
俺を見ていた敵の目がまた変わり、瞳に怯えが混じり出した。
何という事も無いかのように平然と二人を斬り伏せ、一人は即死、一人は未だにのたうち回っているのだ。
そのうちに失血によるショックで痙攣を起こすだろうが、それまでは痛みに藻掻く姿でお仲間の戦意を削ぐ手伝いをしてもらう。
なんか命を奪う事に対して感覚が麻痺してきた気がする。
たった1カ月前までは直接手を下すという事に躊躇や葛藤があったはずなのに。
でも戦場の真っ只中で過ごして色んな人を見て来たからな。
殺した相手の声が頭の中に響き続ける幻覚・幻聴に苛まれたりする者。
トラウマから発作を起こす女性、PTSDのような症状を発症している兵士等々。
戦闘が続いている間は生き残ることに必死で忘れられていたようだが、砦構築の際など敵が攻め込んでこなかった数日の間に色々と爆発してしまった者は多い。
身近ではうちのエタケにもややその傾向が見える。
彼女の場合は優秀過ぎる記憶力が災いして凄惨な光景や死んだ人間の顔などが忘れられずにいるせいだ。
こんな言い方は酷かもしれないが、ほんの少しやりとりがあった味方が死んだだけで数日窶れてしまうことがある。
何とかしてあげたいが、皇京に帰ってからゆっくりと時間を掛けて対応するしかないだろうな。
「五つ。鏖にされたいのか? これが最後の警告だ。さっさと武器を捨てて投降しろ。逃げても構わんぞ」
「……」
思考をしている間も機械的に三人を処理していた。
一度気持ちが入ってしまえば、身体に染み付いた技術というのはここまで自然に繰り出せるものなのかと自分でも驚いているほどだ。
「沈黙は死ぬ覚悟をしたと受け取ったぞ?」
「ひ、ひぃいいい!! 俺はもう嫌だ! マサード様には悪いが命あっての物種よ! 足抜けさせてもらう!」
俺の最終警告に、一人また一人と武器を捨てて走り出した。
腰が抜けたのか這う這うの体で逃げている者もいる始末だ。
露払いを終えた俺は未だ剣戟が続くゲンバとマサードの戦いを観察する。
ゲンバは周囲の武器を拾っては纏わせた風で速度を増幅させて叩きつけるという戦法を使うようだ。
その威力はかなりのもので、マサードの黒鉄化した身体も彼方此方に小さな凹みや傷が付いている。
そして自分に迫る攻撃は全て身に纏った風で軌道を反らして防いでいた。
「攻守一体の風の鎧か。強——」
「死ねぇ!!」
戦いを観察している俺の背後から襲い掛かる影があった。
腰が抜けたと思っていた男だ。不意打ちを仕掛けるための演技だったのだろう。
だが雷神眼で来ることは分かっていたのでクラマ流の円の動きを扱う陸の型:キフネで左足を軸に半回転し振り向き様に男の首を薙いだ。
「な、ぜ......」
「不意打ちは分かるんだ。こんな風に、なっ!」
「ぐぁっ! ぎゃ」
背後の敵を斬り捨てた俺の死角の数十m離れた位置から弓を構えていた兵に持っていた太刀を投擲した。
かなり反っている太刀だったので当たりはしたものの刺さるには至らなかったため、落ちていた短槍を拾って間髪空けずに投げつけると再び弓を構えようとした兵の胸に突き刺さる。
「無駄に命を捨てるなよ......」
周囲には既にマサード以外の敵が居ない中で俺の呟きだけが虚しく響いた。




