百四十二話 朝靄の奇襲作戦
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夜が明けた。
朝日が昇ると想定外の事態に気付く。
朝靄と川からの気嵐が周囲に立ち込めており視界が悪いのだ。
父上と五十名の兵を簡易陣地に残して出撃する。
下手をすれば進む方向を見失ってしまう危険性があったので筏を解いた際の縄を繋いで掴ませて逸れないように俺が先頭に立って先導した。
T字に繋いだ縄の先端を俺が引っ張ることで意図せず鋒矢陣が取れている。
突撃には持って来いの陣形だ。
こうなってしまえばこの真っ白な視界もこちらの奇襲を察知される恐れを極限まで減らして接敵出来ると考えた方が都合が良い。
気配感知だけに絞れば雷神眼を全開にすることによって100m先の生体電流を感知出来る。
靄の中を進軍し続け、複数の生物の反応を感知したところで足を止めて屈んだ。
隣に居る皇京から来た初老の武将と先頭を交代する。
彼は討ち取られたチカネ・ジワラ殿の右腕だった男で名をゲンバ・オジンという。魔神鬼が撃退されたことで恨みの対象がマサードへと移ったようである。
一矢報いる為にどうしても奇襲部隊の先鋒を務めたいという事だったので交代したのだ。
俺としてはこんな危険な役目は出来れば誰かに譲りたかったので丁度良い。
短槍を持って元々ゲンバが担当するはずだった隊列の中段辺りに移った。
やがて陽光で地表が暖められたことで風が吹き、靄が晴れ始める。
ついに目視で敵の姿を捉えることが出来た。
ゲンバが身振りで合図を出すと全員が縄を手放して立ち上がって武器を構える。
それを確認した風の内功型である彼の口の周囲に”起こり”が生じた。
「チカネ様の仇を討つ! かかれぇえええええぃ!!!!」
「「「うおおおおおお!!!!」」」
風の魔法で響かせた朝の静けさを吹き飛ばすような大きな掛け声に周囲の味方も大音声で応える。
空気が震えるような喊声と共に足音や鎧の音が響き渡った。
怒涛の勢いで突撃を仕掛ける奇襲部隊は、突然背後から現れた敵に慌てふためくマサード軍を殲滅するかの如く蹴散らしていく。
「逃げるな! 武器を取って戦え!!」
「た、たすけっ! ぐふぁ!」
「クソッ! こんなの聞いてねぇ! ぐあっ!!」
予想していなかった方向からの強襲に大混乱のマサード軍。
立て直しを図ろうとする将兵の叫びも虚しく、彼方此方であがる喊声と悲鳴にかき消された。
「雑魚の首は捨て置け! 大将はどこだ! マサードを探せ!!」
「はっ!」
一方的な虐殺の声は明るくなるにつれ次第に敵も武器を取って戦い始める者が増えると剣戟へと変わり、乱戦の様相を呈して来た。
昨日の時点で四千人は居たのだ。単純計算で奇襲部隊の4倍の差がある。
鋒矢陣での突撃のため一気に敵陣の中央まで食い込むことが出来たが、相手が態勢を整えると逆にそれが仇となり、じわじわと包囲され始めた。
「くっ! ここまでか! 出来る事なら儂らだけでマサードの首を取りたかった! 止む終えん! 一度退く! 者ども下がれぇい!!」
ゲンバが悔し気に声を荒げて叫ぶと、只管に目の前の敵へと武器を振るっていた奇襲部隊の面々が敵に背を見せて一目散に逃げ始めた。
「追え! 逃がすな!」
「仲間の仇!!」
「殺せ! ぶっ殺せ!!」
先ほどまで無惨にも味方を屠り続けた相手が背を見せて逃げ出したことで復讐心に火が付いた敵勢は烈火の如く追撃を開始した。
怒りの炎に燃え、我先にと走り出したことで敵の陣容はぐちゃぐちゃになり、数と陣形の優位性を失う。
「今が好機ぞ! 朝敵共に帝の御威光を見せ付けるのだ!!」
「「「応!!」」」
奇襲部隊を追い掛けたことで縦に伸びた敵勢にサモリ殿の掛け声と共に昨夜奇襲を仕掛けた東正鎮守府の兵たち約五百人が側面攻撃を敢行した。
彼らは夜襲の後、砦には松明を多めに持たせた百名を帰らせただけで、大部分は近くの森林に身を潜めていたのだ。
「撤退停止! 反転せよ! 間抜けどもを磨り潰せぇ!!」
「「「おぉおおおお!!!!」」」
最初から作戦が周知されていたので奇襲部隊の大部分は即座に身を翻して追撃してくる敵に対応し始めた。
奇襲に次ぐ奇襲に怒りの炎も消沈したのか、武器を捨てて逃げ出す者や座り込んで泣き喚く者、逆に自棄を起こして無謀にも突撃し命を散らす者などマサード軍の大半は壊滅的な状況に陥っている。
「逃げる者や武器を捨てた者は見逃して良い! マサードを探せ!」
「あそこだ! 黒鉄の鎧を身に着けた一団が居るぞ!」
「兵どもの鎧に魔力を流す暇を与えるな! 魔力を流す前ならただの鎧と変わらん!」
「かかれ! かかれぇ!」
先頭の一団にマサードらしき人物を発見した。
既に魔力の補給を終えているかもしれないが、兵の士気を下げない為にも前向きな情報を与える。
接近して初めて気付いたが、コイツは全身が黒鉄に覆われているので生体電流が見えない。
つまりは雷神眼で動きの先読みが出来ないのだ。
黒鉄の鎧を付けた兵士の間をすり抜けてマサードの蟀谷を確認する。
凹みがあった。コイツが本物だ!
「コイツが本物だ! 合図を出せ!」
「はっ!」
俺の傍に居た兵が笛を吹くと、ピ――ー!っと甲高い音が戦場に響いた。
これは本物を見つけた際に鳴らすと決めていたものだ。
聞こえた場合はその位置を確認し、遠巻きに包囲することが命じられている。
「道を空けろ! 兵部権大輔様の技に巻き込まれるぞ!!」
簡易拠点で父上と別れたのはこのためだった。
既に拠点からは移動して後方に控えてもらっている。
父上の奥義には長い溜めが必要なので、残した兵は充電完了まで護衛を務めているのだ。
使い慣れない短槍だがマサードの攻撃をなんとか防ぎ、受け流し、回避し続けている。
このままでは力負けしてしまいそうだが、そろそろ父上が来るだろうと勝機を見出した瞬間。
別の場所からも笛の音が響いた。




