百四十一話 簡易砦の仕掛け
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如月の2日。
征伐軍はミドノ寺から10㎞程離れたコウズケとムサシの国境付近、トネ川を背にした平地に土魔法と材木で簡易な砦を築き上げていた。
再び集められたコウズケの民の手伝いもあって馬防柵と塹壕が幾つも並べられ、簡素であるものの攻めにくい作りにはなっている。
砦の構築と塹壕作りに東正鎮守府から追加で運び入れた分も含め魔石は使い切ったが、まだ軽く一千騎以上は残っていたマサード軍の強力な騎馬隊を封じる為には必要な措置だ。
また砦を包囲しようとすれば背にすることになる草原、森林部では俺が率いる部隊が散発的にゲリラ戦を展開しているので無闇に包囲が出来ない状況を生み出している。
当初はマサード軍が各地の国府軍と連携し速攻で攻めに来るかと思っていたが、思いの外まとまるのに時間が掛かったのか予想よりも1週間も遅れてやってきた。
あまりに遅いので俺が遭遇した肉塊の言った通り、征伐軍を無視してトウカイ道の方面から皇京を目指したのではないかと肝を冷やしてコゲツと確認に向かったほどだ。
おかげで陣地構築に十分な時間を割けたのでこちらとしては助かった訳だが。
結局、更に数日遅れて攻めに来たマサード軍は、マサードの私兵にカズサ、シモウサ、サガミ、アワ、ムサシの各国府軍の連合となっている。
この場に居ないシモツケとヒタチに関しては恐らくシモツケに住むデサート殿の率いる抵抗勢力とムツ鎮守府軍の足止めで手一杯なのだろう。
最重要視しているマサードらしき人物の数は全部で四人居た。
キキョウによる説得は本物だと見抜いていることがバレると困るので敵が固まっている所へミチナ様によって声を遠くまで響かせる風魔法で全体に呼びかける方法をとった。
お腹の子のことも伝え、兵を引くようにと哀願したが、対する返答は巨大な岩を飛ばしてくるというものだった。
ご丁寧に影武者の近くから発射し、撃った人物を偽装していたことからまだ本物が見抜かれて居ないと思っているはずだ。
飛ばされてきた岩はミチナ様とテミス家三姉妹によって難なく迎撃されたものの、マサードが本当に自分を殺す気だったことにショックを受けたキキョウは悲痛な叫びをあげて暫く泣いていた。
このことでうちの姉妹の怒りに火がついたようで、それから数日の二人の奮闘ぶりには鬼気迫るものがあった。
姉妹の怒りが治まったのはキント兄が目を覚ましたからだ。
初日の時点で容態は安定しており、もっと早くに目を覚ましてもおかしくなかったのだが、俺のしていた処置のどれかが余計なことをしたのかもしれない。
そのことも含めてヤシャの力量を見誤ったことを謝罪すると、キント兄はそんなものは不要だと笑い飛ばし、逆に蘇生にあの手この手で尽力した事をとても感謝された。
俺としては家族を助ける為に打てる手は全て打ったというだけでそこまで感謝されるようなことではないのだが......。
キント兄が目を覚ましたことで父上とミチナ様から改めて魔神鬼を撃退したことなどのお褒めの言葉と褒賞を頂いて兄姉弟妹四人で誇らしい気持ちを共有した。
準主力の戦線復帰もあり、より一層の防衛力を発揮した結果、砦建築から現在に至るまで僅かな被害でこの難局に立ち向かえている。
「しっかし日に日に敵の数が増えてやがるな。四千は居るんじゃねえか? 騎馬も昨日より増えて千五百騎は居そうだぜ」
「兄上、一昨日も同じことを言っていたのです。ちなみに目視出来る範囲だと四千二百十四人居るのです。そのうち騎馬は千二百六騎。後は歩兵か弓兵ですよ。昨日から増えたのは二百五十三人の歩兵です」
砦の近くに建てた物見櫓から敵陣を見ていたキント兄が呟くと、エタケが正確な数で訂正した。
今は兄姉弟妹の四人で櫓の上から離れた位置に布陣している敵を見張っている。
「ほんと凄いわね。エタケの記憶力って。敵の顔まで覚えちゃうんだから。頭の中はどうなってるのかしら? 妾にはとても真似出来そうにないわ。そもそも視力強化が使えない妾には遠くの敵の顔なんて見えないんだけど」
「味方に居てくれることが頼もしいよ。正確な数が分かるから敵が戦力を割いて別働隊を作っても察知出来ちゃうからね」
サダ姉が半ば呆れるように褒め、俺もそれを肯定してエタケの頭を撫でると嬉しそうにしつつも少々恥ずかしいのか顔を赤くしていた。
エタケの記憶力や観察力は確かに凄まじいものだ。
それ故の苦悩や弊害もあるようだが......。
「それで総攻撃はいつやることになったんだ? さっきの軍議で何か決まったんだろ?」
「キント兄の勘は野生動物並に鋭いね? その通りだよ。明日の早朝こっちから総攻撃を仕掛けることになった。その前段階として今晩夜襲を掛けるよ。嫌がらせ程度だけど」
「いよいよね」
「決戦ですね」
この数日間ずっと堅守を保ってきたのだ。
敵は明日にでもこちらから打って出るとは思っていないことだろう。
だがこちら側としては最初から攻勢に出る機会を伺う為の籠城作戦だったので塹壕と馬防柵にはちょっとした仕掛けがしてある。
敵側はまだまだ各地から兵力を集めることにしたのだろう。
今日も遠距離から矢や投石を行うだけの小競り合い程度の戦闘があっただけで夜を迎えた。
「では参ろうかヨシツナ殿」
「はい。兵部権大輔様」
深夜、月明りと僅かな松明の炎だけが照らす夜闇の中を父上の後を追って砦から出る。
砦前にあったはずの塹壕と馬防柵は姿を消していた。
横壁を崩した塹壕は川の水で満たされ、馬防柵は折り畳まれて両端を縄で固定し筏に作り変えられたのだ。
「松明を消せ! 出航だ!」
「「「はっ!」」」
俺と父上が率いる皇京とミノ国府軍から選抜した一千の兵が夜陰に乗じてトネ川を下り、敵の布陣している1㎞後方を目指す。
この川下りを相手に悟らせないために、川とは真逆の方向からサモリ殿とテミス家の三姉妹が盛大に火を焚いて夜襲を仕掛けているのだ。
川岸の方からは夜襲に慌てふためく敵の声と喧騒が聞こえた。
その甲斐もあって無事に目的地に着岸。
筏を陸に揚げると縄を解いて再び馬防柵へと組み立て直し、簡易陣地を形成した。
日中の温かさが嘘のように鳴りを潜めた卯月のトネ川は凍えるような寒さだ。
しかし奇襲部隊である俺たちは目立つような火を焚くことは出来ないので川辺の石で竈を組み、敵に火を見せないようにして暖を取る。
ここでしばらく休憩した後、夜明けと共に敵の背後に突撃を掛けるのだ。




