百四十話 影武者
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「ミチナ様。無事に戻られてなによりです」
「ああ。総大将を討ち取られ、主上からお貸し頂いた天馬も一頭失う大敗北だがな。こちらでも戦闘があったようだが損害は?」
「ええ。ほとんどが歩兵でしたが一千ほど。こちらに攻めて来た奴等も武将が身に着けていた鎧からムサシ国府軍かと思われます。テミス家の三姉妹の活躍もあってこれといった損害はありません」
ミドノ寺に戻ってすぐ、父上とミチナ様が軍議を開いた。
この場には俺とミチナ様、サモリ殿、父上、そして身重のキキョウが集められている。
敵勢はこちらにも攻めて来ていたようだが寺に辿り着く前に父上たちによって返り討ちに遭い撤退したようだ。
「キキョウ、アタシたちはマサードを討ち取った。だが、どうにもおかしなことになってな。悪いが首を見分してもらえるか?」
「なっ! 馬鹿な! ま、マサード様が討たれたのかえ!? ......どのみち捕らえられた妾には拒否することは出来んのじゃ。会わせてたも」
キキョウはマサードが討たれたと聞いて吃驚した後、諦めたように哀し気に頷く。
俺たちの前に首桶が運ばれ中の首級が取り出された。
「「え?」」
晒された首級を見た俺とキキョウが声を上げて驚く。
父上も声こそ上げはしないものの訝し気に首級を見ていた。
「こ、こやつはマサード様では無い! 侍従の一人じゃ! 妾を謀ったのかえ!?」
「いや、そんなつもりは毛頭ない。我らが討ち取るまでは確かにマサードの顔をしておった。死んで御首級を頂戴しようと近寄った際に黒鉄の顔の下からこの男が現れたのだ」
錯乱しそうになったキキョウを片手で制し、サモリ殿が状況を説明した。
つまりあの全身が黒鉄に覆われている複数のマサードは影武者たちということか?
しかしこの驚き様を見るにキキョウは影武者の存在、もしくは中身を知らされていなかったようだ。
「影武者だな。こうなると本物を見分けられねえと勝ち目はない。サモリとほぼ互角の強さだったからな。纏めて相手にするには戦力が足りねえぜ」
サモリ殿が基準になるほどの強さか。
となるとキント兄たちがヒタチ国で遭遇したマサードも影武者だったのかもしれない。
恐ろしく強かったと聞いているから全ての影武者が同等の力を持っている可能性もある。
たしかに今の戦力で全員を相手取るのは無理そうだ。
「キキョウ様。最後にマサード殿の素顔を見られたのはいつですか?」
「え? え~と......。たしか師走の14日じゃ! あの日は多くの兵を失って妾のおったウスイ川の拠点まで引き返して来られたのじゃ。マサード様のお身体に異常はなさそうじゃったが前に受けた頭の矢傷が痛むと言うておられたの」
本人は重要な事を話していると気付いていないのだろうが、本物を見分ける手掛かりは簡単に聞き出せそうな気がした。
だがこれ以上騙したような質問で聞き出すのは心苦しいものがある。
「キキョウ。悪いがマサードを討つ為に力を貸してくれ。今のままでは妾と言えどお前さんもさすがに朝敵の身内ということで連座を免れねえ。それも流刑じゃなく斬首だ。ここで力を貸してくれればテミス家の現当主として最大限の便宜を図ることを約束する」
「い、嫌じゃ! マサード様を裏切るなど妾にはできぬ!」
俺が言葉に詰まったのを見かねたのかミチナ様が正直にキキョウへ協力を頼んだが、それを悲鳴のように叫んで断った。
手の者から命を狙われたとはいえ、やはりまだマサードの事を心から愛しているのだろう。
「今お前さんが死ねば腹の子も巻き添えになっちまうぞ! それでもいいのか? 兵や民の為にもこんな戦いはさっさと終わらせてえんだ! 頼む! この通りだ!」
ミチナ様は殆ど土下座に近い恰好で頭を下げた。
捕虜に口を割らせるだけなら力ずくでも出来ただろうに、そうしなかったのは妊婦のキキョウに負担を掛けさせないためなのかもしれない。
「うっ......。うぅ......。わかった。わかったのじゃ......」
キキョウは一度は断固として拒否したものの、今のままではお腹の子にまで累が及ぶことを告げられると泣く泣く首肯した。
今も護衛兼監視についている女性兵のスエ殿がキキョウが協力していた戦闘で息子を亡くしたと知っていることもあり、兵や民の為という言葉も彼女の心を動かすきっかけになったのかもしれない。
最初からこれが狙いで彼女の護衛にスエ殿を付けたのだとすれば、ミチナ様はかなりの強かさだ。
俺が報告した際には気付かなかったと言っていたが、本当はキキョウが妊娠していたことも最初から知っていた可能性すらある。
さっきの土下座といい、人心の掌握が上手い。
やはりこの人は敵に回せない。
「ただし、妾を一度あの方の、マサード様の下に連れて行って欲しいのじゃ! 兵を引くように説得する機会をくりゃれ!」
「危険だ! そん——」
「わかった。しかし戦場では其方の身の安全は保障しかねるが良いか?」
これまで兵や臣下などを何人も失っているのに未だ戦いを続けているマサードがキキョウの説得などで今更止まるような男には思えない。
そんなの自殺しにいくようなものではないか。
反射的に俺は反対意見を言おうとしたが、それを遮ってミチナ様は許可を出した。
真意は測りかねるが今はキキョウがこちらに協力するということが重要か。
外に控える侍従に白湯を持ってこさせ喉を潤す。
キキョウが一度落ち着いたところで本物のマサードを見分ける為の情報を口にした。
「本物のマサード様は右の蟀谷辺りが大きく凹んでおられる。シナノへと侵攻した最初の戦で強烈な矢を受けたと仰っておられた。顔を黒鉄化させていてもそこで見分けられるはずじゃ」
「なんだ。当てた時は小動もしやがらなかったから吹返にでも阻まれたのかと思っていたが、存外効いていたようじゃねえか」
本物のマサードの特徴をキキョウが伝えると、その傷を付けた張本人であるミチナ様がニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。
「こちらが知っていると気付かれたら兜に対策を講じられそうですな」
「魔神鬼を通してノブナガ軍と繋がっているとすれば半首や総面といったやつらの装備を模倣するやもしれませぬ」
サモリ殿と父上が懸念したことで、兵達には見分け方を周知しないという方針になった。
魔族の装備は種族や地方によって様々らしいがノブナガ軍の大将格は大鎧よりも当世具足が多い。
俺が遭遇したヒデヨシも当世具足を身に纏っていた憶えがあるが、アイツも兜ではなく半首と呼ばれる前額部から両頬にかけて覆う鉄製の面具を付けていた。
確かにアレや顔全体を覆う総面を付けられては外から蟀谷を確認するのが一気に困難になる。
父上たちの懸念は尤もだ。
その後はキキョウをどうやって本物のマサードの下へと連れて行くかなどを話し合い、軍議はお開きとなった。




