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セイデンキ‐異世界平安草子‐  作者: 蘭桐生
第一伝:幼少期~バンドー叛乱編~

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百三十八話 白樫

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「ツナ! 無事!? エタケから聞いたわ! 敵は!?」

「大丈夫。先行してきた騎兵は撃退したよ。悠長にはしていられないけれど、残りはほとんど歩兵でゆっくりこっちに向かって来てる。連中はアワやカズサ国府軍みたいだから移動の疲労もあるんだと思う」


 声を荒げて心配してくれているサダ姉に微笑んで無事を告げると、ほっとしたように胸を抑えて息を吐いていた。


 サダ姉と騎手を交代して月毛馬に乗る。

 後ろにサダ姉を乗せるとギュッと抱き着いて安堵していた。

 殿に残った事でまた心配を掛けてしまったのだろう。

 罪悪感はあるが、あの時はああするしかなかった。 


 しかしこの馬も今日は大活躍してくれているな。

 さっさと名前を付けてやらないと。

 頑強で心根も強いのに誰でも乗せてくれる気位の広さを持った月毛と呼ばれる淡黄色の馬。


 尻尾や鬣の毛の色は白で薄のようにも見えるがこの世界の薄の穂の色は蘇芳色なので意味が通じないだろう。


 あ。淡黄色って木材の色にも近いな。

 天幕の骨組みに使われてる白樫の心材みたいな色。

 白樫と言えば頑丈な建築材として重宝されてるんだよ。

 貴族の屋敷や寺社なんかには欅を使うところが多いらしいけど。

 外皮は白く内側は淡黄色で頑強。

 うん。ピッタリだ。

 コイツの名前はシラカシにしよう。


「さっきから何を一人でウンウンと唸っているの?」

「ああ、この馬の名前を考えていたんだ。シラカシにしようかなと思うんだけど、どう?」


 サダ姉は少し変わった名前だと訝しんでいたが、名前の由来を伝えるとこの馬に似合いの名前だと肯定してくれた。


「お前の名前は今日からシラカシだ。よろしくな」


 疾走するシラカシの頭を撫でながら伝えるとブルルと鼻を鳴らして答えてくれた。

 脚を止めたりしないことを考えると気に入ってくれたと考えて良いんだろうか?


「気に入ったんじゃない?」

「そうかな?」

「きっとそうよ。ね? シラカシ?」


 サダ姉が俺の肩越しにシラカシに声を掛けると再びブルルと鼻を鳴らして答えた。

 気に入ってくれたと考えておこう。


 馬上での命名式を終える頃には征伐軍の本隊が見えて来た。

 その手前には荷車を曳いているエタケが居る。


「エタケ!」

「っ! 兄様っ!?」


 エタケに追い付くと下馬して駆け寄った。

 向こうもこちらに気付くと荷車を止めて走ってくる。

 その勢いのまま俺の胸に飛び込んで来たので慌てて抱き止めた。


「兄様! 兄様!! ご無事ですか!? お怪我はされておられませんか?」

「ありがとう。怪我というような怪我はしてないよ」


 相手が少数だったとはいえ、殿を一人で務めたのだから心配だったのだろう。

 抱き着きから離れると俺の周りをぐるぐると回って怪我をしていないかあちこちを確認していた。

 ちょっと子犬みたいだな。


「エタケもよくここまで荷車を曳いてくれたね。凄いぞ。ありがとう」

「えへへ。兄様への援護に戻るために急いだのです。結局、合流する前に姉上がお一人で向かってしまわれましたが......」


 エタケの頭を撫でながら礼を伝えると、照れつつもちょっと不貞腐れたように言った。


「仕方ないじゃない。本隊から人は出せないって言われたんだもの。それに眠ってるキントを誰かに任せる訳にもいかないでしょ」

「むぅ。それはそうですが......」


 珍しく妹が姉に言い負かされていた。

 立ち止まったまま時を無駄にしてはいけないのでエタケをサダ姉とシラカシに同乗させ、俺が荷車を曳くことにし、移動しながら現状を尋ねる。


「それで今本隊と戦っているのはムサシ国府軍なの?」

「ええ。でもそれだけじゃないの。サガミの国府軍も居るみたい。しかも討ち取ったはずのマサードまで出て来たから本隊の動揺はかなりのものよ」


 ムサシ、サガミとバンドーの西側にある二国が組んでの攻撃か。

 さっきのアイツの言葉を信じるならアワやカズサの国府軍と言っていたし、東西から挟み撃ちに合っている状態だな。


「ミチナ様たちには魔神撃退の件と合わせてツナとエタケが見たマサードが複数居るって情報も伝えたけど余計に混乱していたわね」

「なるほどね。アプロの家紋付き鎧を着ている男の正体はわかった?」

「ううん。ディートの姓を名乗ったようだからオキヨ様の直臣ではあると思うけど、その男自体は誰も知らなかったわ」


 ディートの姓、ディート家という家は存在しないのだがオキヨ様が心酔させた男たちにはその姓を名乗らせているという話がある。

 血族でもないのに家紋付き鎧を与えるとか無茶苦茶だ。

 オキヨ様以外のアプロ本家の人間が聞いたら激怒するのではないだろうか。


 名門であることを笠に着ているという話だったが、その象徴である家紋も自分が使う分には好きにして構わないということなのだろう。

 随分と自己中心的な権力者だな。

 いや、権力者なんて古今東西そんなものか?


 オキヨ様の専横ぶりに辟易としつつ、やっとのことで本隊に合流すると敵軍は川辺から徐々に陸地へと侵攻しつつあった。

 最初に目撃した時よりもかなり押されている様子だ。

 前方では兵達が敵とぶつかり合っているが味方の顔には疲労の色が濃い。

 あちらこちらで負傷者が倒れており、征伐軍の旗色が良くないことが見て取れた。


「戻ったか! 早速で悪いが手を貸してくれ!」


 合流するや否やミチナ様が声を掛けに来た。

 そのまま天幕の布を利用して四方を隠しただけの簡易的に作られた陣地へと案内される。



「まずはよく戻ってきてくれたな。お前たちの足止めのおかげで軍の立て直しが出来た。そしてあの魔神鬼を撃退してくれたんだってな? すげえよお前ら。心から感謝する」

「勿体ないお言葉です。トール家の兄姉妹たちの協力があったからこそ打ち払う事が出来ました」


 他の兵達が居る前でミチナ様からのお褒めの言葉を頂き、姉弟妹三人で頭を下げる。

 一番隠しておきたかった相手はもうこの世には居ないが、征伐軍には皇京からの兵も居るのでまだヨシツナとして振る舞っておく。

 認識阻害の効果は消えているが包帯を巻いているおかげか周囲の兵には気付かれてはいないようだ。

 エタケが「キント兄上もとても頑張っておりました」と付け加えた。


「うむ。キント殿が目を覚ましたら改めて礼を言おう」


 ミチナ様が大きく頷いて答える。

 それから俺たちはなるべく簡潔に自分たちが体験、見聞したことを伝えた。

 

 ただし、肉塊が消える前に残した「我が子よ」という言葉だけは怖くて伝えることが出来ず、俺の胸の内に仕舞っている。



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