百三十六話 八騎跳び
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合流を目指し荷車を曳いて行くと1時間程で本隊が見えて来た。
マサードを討ち取り、戦はもう終わると聞いていたのだが何やら様子がおかしい。
征伐軍の兵達が川岸を向いている。
聞こえてくるのは喊声や怒号と悲鳴に剣戟。
この喧騒から戦っていることは間違いない。
まだ終わっていなかったのか。
一体相手は誰だ?
視覚と聴覚を強化して敵兵の姿を確認すると、馬に乗る指揮官らしき人物の大鎧には真珠貝に白鳥の羽根の意匠が入っていた。
あれはアプロ家の家紋。
ということはムサシ守オキヨ・アプロ様のムサシ国府軍がフトイ川を越えて仕掛けてきたということになる。
それに気づいた時、別の方角から鎧の擦れる音や大勢の足音が聞こえて来た。
音のした方角はシモウサ国府の方、先ほどまでマサード軍が向かって来ていた方角だ。
総勢五百ほど、ほとんどが歩兵ばかりだがシモウサの防衛に置いていた兵が出て来たにしてはちと数が多い。
騎乗している指揮官の鎧を確認すると黒鉄の鎧に九曜紋が入っていた。
その相貌を確認すると驚愕する。
全身の肌も黒鉄になっているその人物の顔はマサード・イラその人だった......。
「やはりマサードは生きていたのか!!」
「え!?」
「エタケも見つけました! 確かに右端に居る方のあのお顔はマサード殿なのです!」
エタケも視力を強化して確認したようで俺と同意見だった。
記憶力の凄まじいエタケが言うのだから間違いないだろう。
ん? 右端?
俺が見たのは左端の人物だぞ。
「エタケ? マサードが居るのは左端だよな?」
「いえ? 右端ですよ兄様? ほら、あちらです」
エタケに聞き返したが返答は同じだったので訝しみながらも右端の人物を確認する。
そちらの馬に乗っている武将も九曜紋の入った黒鉄の鎧を着け、身体全体を黒鉄で覆われている。
そしてその相貌はマサードのものだ......。
「どういうことだ? マサードは双子だったのか?」
「いいえ......兄様、征伐軍が今戦っているムサシ国府軍の中にもマサードが居ます......」
「は?」
言い知れぬ恐怖を感じ、捕虜達に問い質すも本当に何も知らない様子だった。
とにかく合流を急がなければ。
負傷者と共に孤立している俺たちは恰好の的だ。
俺は捕虜を褌一丁で解放すると馬上のサダ姉たちを先行させる。
エタケに全力で押すように伝え、身体強化をして全速力で荷車を曳いた。
マサードが複数居る!?
一体なにがどうなってんだ!?
訳も分からずがむしゃらになって荷車を曳いて走る俺たちの背後からマサード軍のものと思われる鎧と馬の蹄の音が響く。
ちらと背後を振り向くと騎馬が数騎後方200m程まで迫っていた。
「エタケ! 引き手を代われ! 先に行くんだ!」
「お断り致します!」
「行け!!」
「いやです!!」
普段素直な妹の聞き分けが悪い。
追い付かれればまず斬られるのは後ろを押すエタケだ。
そんなことを許すわけにはいかない。
俺は多少強引に荷車を止めると勢いで荷台に転がったエタケの頭を撫でた。
「良い子だから聞いて。俺は絶対にエタケの下に戻るから」
「にぃさまぁ......」
優しく宥めるがエタケは涙声で俺を呼ぶ。
「時を稼ぐ。キント兄を頼んだぞ!」
「兄様っ!!」
俺は荷台に積んでいた鉄棍を手に取ると、代わりにミチナ様から借りていた太刀を荷台に乗せる。
一人で殿を務める覚悟を決めて迫り来る騎馬武者に突撃を敢行した。
走りながら敵の様子を探る。
こちらに向かってくる相手の鎧はどれも黒鉄ではないが派手な飾りが付いている。
騎馬の数も八騎と少ない。
既に征伐軍と別隊が戦闘をしていることから、マサード側に付いた功を焦って逸る地方貴族や豪族たちなのだろうと予想がついた。
「ガキだろうと首を頂く! 初手柄だ!」
「邪魔だ! 俺が取る!」
独断専行した八騎の中でも先行した二騎が太刀を抜いて振り上げている。
二騎の左右の間隔は2m程空いており、逃げられぬよう挟み込んで斬るつもりなのだろう。
俺は鉄棍を槍のように構えて大きく息を吸った。
「死ねぇ!」
「貰ったぁ!」
騎馬武者との距離が俺の前方5m辺りまで接近し2筋の白刃が迫る。
「喝ぁーーーーーーーーつ!!!!」
馬の頭の近くで力の限りに叫ぶと、いきなりの大声に驚いた馬たちが前足を上げて立ち止まって嘶いた。
気迫を込めた大声で相手を怯ませるキョウ流 -鶏声-
からの
「キョウ流 -乱啄木-」
跳び上がり右手側の敵兵へと連続突きを放つ。
本来刀で行う技を鉄棍で使っているので狙いはかなりブレているがそれでも腕や首などを突いたことで手綱を離して右方へ落下した。
「がっ!」
着地前に鞍に手を掛けて馬の背に立つと、馬を落ち着かせようとしている隣の騎馬に飛び掛かった。
「キョウ流 -早贄-」
「ひっ!」
飛び掛かる俺に怯んで悲鳴を漏らす武者の喉に鋭い一突きをお見舞いする。
ゴキッと骨を砕く音と共に首が力なく垂れた。
そのまま馬に飛びつき後方を確認する。
前方の二騎がやられたことで近付いていた残る六騎の勢いが緩まった。
配置は手前に三騎、奥に二騎、最後尾に一騎だ。
骸を蹴落とすと馬上で少しの助走をつけ後方の騎馬に向けて思いきり跳躍する。
「なっ! 跳んだ!?」
「いや、マヌケめ! 届かぬぞ!」
大鎧を身に着けた跳躍のため、一番近い者まで2mほど距離が足りない。
俺は空中で右手に持った鉄棍に電流を流すと届かぬと嗤った前列真ん中の兵の首に向けて細い鎖付き分銅を射出した。
「ぐえっ!?」
嗤った敵の首に鎖を巻き付けて引っ張り、無理やり空中で軌道を変えると前列の右側に居た騎馬武者に跳び蹴りをお見舞いする。
「ぐうっ」
蹴られた武者が手綱を掴んだまま落ちたため、馬が前足を上げて立ち上がり背中から後ろに倒れそうになる。
立ち上がった馬の背を蹴って後列右側に居た騎馬に飛び掛かろうとするが、太刀を構えたので雷珠で両目に目潰しをし、馬の鼻にも雷珠を当てる。
「ぎゃっ!」
目潰しを受けて慌てた相手は手綱から左手を放して顔を触り、太刀を持った右手をブンブンと闇雲に振り回した。
鼻に雷珠を受け驚いた馬が暴れたため、背に乗っていた武者はそのまま振り落とされる。
暴れ馬の背に着地すると武者が暴れたことによって馬の背に付いた刀傷に左手で触れ、傷口から筋肉と神経へと電気を流し無理やり動きを止めた。
馬上で立ち上がると鉄棍を投げ槍のように隣の武者に投げつけ、身体を丸めて無手のまま最後尾の武者へと跳ぶ。
鉄棍は後列左側の男の左腕に直撃し、首に鎖の巻き付いた男は鉄棍に引っ張られて落馬した。
「く、くるなぁ!!」
雷神眼で筋肉の動きを読み、太刀を振るう相手の動きを見切って大袖で刃を受ける。
大袖に太刀が食い込んだがそのまま相手を蹴り落とした。
残りは二騎。
振り返ると鉄棍を投げつけられた武者は左手がダラリと下がっていて手綱を掴めていない。
投げつけられた鉄棍で左腕が折れたようだ。
俺は馬の脇腹を叩いて前進させ、背後から飛び掛かった。
「ぐぅ!」
大鎧の兜は吹返が付いているので視界があまり良くない。
折れた腕の痛みのせいか背を取られたことに気付かなかった相手に組み付き、懐の短刀を奪うとそのまま気管と首筋をまとめて掻き切った。
「死ねぇええ!!」
前列の左側に居た武者が反転して大声をあげながら斬りかかってくるも、首を切った男の兜を外して前立で受け止める。
「なにっ!?」
どちらも見た目重視で質はあまり良くなかったのか相手の太刀は折れ曲がり、前立は割れて兜に罅が入った。
罅の入った兜を投げつけると同時に飛び掛かって組み付くと、短刀を脇の下から突き刺してそのまま一緒に馬から転げ落ちた。
「ふーーーっ......」
地面に大の字で仰向けになり大きく息を吐く。
突き刺した相手を下敷きにして落ちたのでこちらに大したダメージは無いが、息つく暇もなく八騎纏めて飛び掛かったので流石に疲れた。
生体電流を操り呼吸と心拍を整える。
じっくりと冷静に考えられる程度には落ち着いた。
おそらく落ちただけで生きている者も居るだろう。
どうしよう。そいつらにはトドメを刺さすべきか否か。
寝転んで考えていると、こちらににじり寄る気配を察知した。
その数は三人。
落馬だけで生き延びた者たちだろう。
戦ってもいいが、出来る事なら情報収集とエタケたちが逃げる時間を稼ぎたい。
立ち上がって名乗ることにした。
「我が名はヨシツナ! 東正鎮守府将軍ミチナ・テミス様より武を認められし強者ぞ! 命を捨てたい者からかかって来い!」
俺が名乗りを上げると三人の動きが止まった。
「ヨシツナ……」
「東正鎮守府将軍のお墨付き......」
「一人で騎馬武者八騎を跳んで相手にした化け物......」
立ち上がった俺が全くの無事であることに顔を青くした三人は怯えたように馬に乗って逃げ出した。
だが、今の戦闘でほとんどの馬は逃げ出したため馬が一頭足りなかった。
「ま、待ってくれ! 俺も乗せてくれよ!」
あれま。見捨てられたな。
ちょうどいいや。捕まえよう。




