百三十四話 兄を救え!
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周囲に振り撒かれていた殺気が消え、ほっと一息つくと身体から冷や汗が吹き出した。
今になって動悸が激しくなっている。
無理を通した後遺症なのか肉体の痛みも凄まじい。
だが、ある違和感に気づいた。
聖痕の光が消えていないのだ。
先ほどより弱まっているものの光ったままなのである。
たしか七歩蛇に噛まれた際も俺の聖痕が淡く光り続けていたと聞いた。
そこで俺はヤシャの鎧の意匠を思い出す。
蠍。やつの鎧は蠍をあしらっていた。
あれがただの意匠ではなくヤツを象徴しているものだとしたら......。
「あんなバケモンのくせに毒持ちかよっ! キント兄!!」
蠍の毒だとすれば俺は以前の七歩蛇の件で神経毒への耐性免疫をある程度持っているがキント兄にはそれがない。
俺ですらこの症状なのだから、早くキント兄の処置をしなければマズイと直感が告げていた。
払い飛ばされた位置から動いていないキント兄に慌てて駆け寄ると、意識は無く爪や唇が紫になっていた。
たしか血中酸素が不足している症状、チアノーゼとかいうやつだ。
前世の避難訓練や保健の授業で習った応急処置を思い出す。
サダ姉を呼んで気道を確保したまま固定させ、心臓マッサージをする。
「エタケ! さっきの矢はあった!?」
「ここに!」
「よし! ありがとう! それをキント兄の傷口に当てていって!」
陽属性の矢自体に浄化効果があるかは分からないが斬られた傷口に未だに淡い光を放っている矢を当てさせる。
この毒が陰属性の攻撃ならば多少は中和されると信じたい。
先に俺の刀傷に試したところ、僅かに痛みが引いた気がするのでプラシーボ効果ではないことを祈るのみだ。
身体強化をしたエタケに心臓マッサージの方法を教えて代わってもらう。
俺は効果があるとは思えないが左手の傷口で陽属性が付与された矢の鏃を握り、掌から血を流してキント兄の傷口に当てていく。
俺の中の神経毒に対する抗体を送り込む為だ。
正規の輸血手段など無いうえに血液同士を合わせるのは感染症などの観点から色々と危険なのだが、万が一にでも助けられる可能性があるなら考えられることは全て試しておきたい。
「クソっ! 呼吸が止まった! 許せよ! 兄貴!」
「えっ!?」
「に、兄様っ!?」
キント兄の鼻を閉じ唇を合わせて空気を送り込む。
人工呼吸だ。
キスの経験など前世でも今世でも初めてなのだが、人命救助でそんなことは言ってられない。
この国でも接吻文化は表立って聞いたことがないのでキント兄も初めてだろうが許せよ。
人命救助はノーカンだ。
呆気に取られて手が止まっていたエタケに心臓マッサージを再開するよう急かし、俺は人工呼吸を続けながらも左手の傷口を通してキント兄の身体に電気を流して直接的に肺や心臓に働きかける。
サダ姉には意識を取り戻した月毛馬に乗って本隊から無理やりにでも巫女を連れてくるようにと頼んだ。
こんなところでキント兄を死なせてたまるものか。
俺が騎馬隊を足止めするなんていう提案をしなければ、こんなことにはならなかったのではないだろうか?
もっと注意深くヤシャを観察して毒を持っていると察知出来ていればこんなことにはならなかったのではないだろうか?
後悔が頭や心を駆け巡りそうになるが、今はそんなことは気にせずに蘇生させることだけに意識を集中した。
「帰ったらシウさんと結ばれんだろ! 戻ってこいよ! 馬鹿兄貴!」
「兄上! 起きてください!」
戦場の只中で俺たちは心肺蘇生を続ける。
傷口から電気を流し込み心臓を無理やり動かしたりもしているが俺の微弱な力では電圧が足りないのかキント兄自身の拍動が戻らない。
あと出来る事といえばAEDのような電気ショックか。
「エタケ! 次の按摩の後に両掌に一瞬だけ雷を込めてキント兄の心の臓に流して!」
「そんなことをすれば兄上が死んでしまいますよ!?」
「今は逆にそれが必要なんだ! いいからやれ!!」
「は、はひっ!」
反論したエタケに思わず声を荒げてしまい普段冷静な妹の声が裏返ってしまうほど驚かせてしまった。
ごめん。でも今は余裕がない。
「1・2・3・4・5、今!」
「はい! -雷掌-」
俺の合図と共にエタケが魔法を使うとキント兄の身体がビクンと跳ねる。
やはり電気ショックには電圧が必要か。
非力な自分が恨めしい。
「もう一度!」
「はい!」
人工呼吸とエタケの心臓マッサージによる心肺蘇生と電気ショックを更に2度繰り返す。
「ごほっ! げほっ! がはっ! はぁ、はぁ、はぁ......」
キント兄が咳込む。
心臓が自ら鼓動を再開し息を吹き返したのだ。
「やった......」
「兄上! 兄上ぇ!」
エタケが大粒の涙を流してキント兄の胸に抱き着いた。
まだ解毒は出来ておらず、苦痛に悶える表情を見る限り予断を許さない状況ではある。
せめて痛みを和らげるために俺は雷神眼を全開にしてキント兄の身体を観察し、傷口から微弱な電流を送ると痛みを引き起こしているであろう神経を阻害した。
「すぅ、すぅ、すぅ......」
荒くなっていた呼吸が落ち着きを取り戻した。
表情からは苦悶が消え、爪や唇の血色も元に戻っている。
これで一段落はしただろうか。
安堵と共に緊張の糸が切れる。
痛みと疲れで意識が落ちそうになった時、一騎の騎馬がこちらに駆けて来た。
巫女を同乗させたサダ姉だ。
月毛から下馬すると顔色の戻ったキント兄を見て一安心したように胸を撫で下ろしていた。
「キントは息を吹き返したのね!?」
「うん。なんとかなった。今は呼吸も落ち着いてるよ。後は治癒魔法で、回復させて、あげ、て......」
「ツナ!?」
「兄様!?」
体力の限界を向かえていた俺は電池が切れたように失神してしまった。




