百三十三話 兄姉弟妹 対 魔神鬼ヤシャ
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赤い稲妻の正体はキント兄の拳だった。
父上の紫電とはまた違い、身体に赤い雷を纏っている。
「ツナ! 無事か!?」
「ありがとう。本気で助かったよ」
「目ぇ覚ますのに時間が掛かって悪かったな! 気付けに使った精油を瓶ごと握り潰しちまったぜ」
「ふふっ。皇京に帰ったらまた新しいのを用意するよ」
『次から次へと。ソイツが弟だと? 貴様もヤツの子孫か!!』
常人であれば頭が千切れ飛んでいてもおかしくない威力の拳を受けたというのに、魔神鬼は首を左右にゴキゴキと鳴らしながら立ち上がっていた。
「ご先祖サマのことなんざオレ様は知らねえよ。本人に直接文句言えや」
「おぉ。キント兄が珍しくまともな事を言ってる」
「珍しくたぁどういう意味だよコラ!」
俺の方はまだ身体の熱さで忘れられているが、キント兄がヤシャの放つ殺気に呑まれないようにいつもの軽口で茶化すような空気を作る。
現状がかなりキツいのはお互いに分かっているので視線のやり取りだけで励まし合った。
『駆除する羽虫が一匹から二匹になったところで大して変わらん。ヤツの子孫は纏めて駆逐してやる』
再びヤシャの瞳に怒りの炎が灯ったように感じる。
正直、俺の身体は限界が近いのであと数分も動けるかどうかといったところだ。
キント兄もこの殺気の中で赤い雷を維持するだけでも大変だろう。
残り数手で魔神鬼との戦いが終わる。
ふとヤシャの気配が消えた。
「陰魔法で姿を晦ませた!?」
「おいおいマジかよ」
姿と気配を消しているが魔神鬼とは言えど生物という分類に入る様で生体電流が流れているらしく雷神眼では察知が出来ている。
しかし移動が速い。
キント兄の背後まで迫ったかと思うと俺の隣に来たりと無軌道に移動している。
そして通り過ぎる度にこちらが僅かに斬りつけられていく。
俺が合図を出してもキント兄の動きがそれに間に合わない。
いつの間にか辺りに白煙が立ち込め始めていた。
草の焼ける焦げ臭さが充満する。
これはヤシャの術ではないな。
「そこだぁ!!」
『むぅ!?』
キント兄がヤシャの動きを見切って拳ではなく張り手を一撃お見舞いした。
臭いと視界不良はともかく、この煙のおかげでキント兄が影や風が通り抜けるのを視認出来るようになったのだ。
おそらくこんなことを考えついたのはエタケだろう。
意識を取り戻したものの倒れ伏して動けないのでサダ姉に指示を出して荷車に積んだままの糧秣に火を付けさせたのだと思う。
本当に最高の兄姉妹たちだ。
張り手を受けて動きの止まった魔神鬼に上段から斬りかかる。
左手の刀で受け止められるもその勢いのまま腹部に蹴りを放って跳び退きもう一刀の横薙ぎを回避する。
「今っ!!」
「らぁあああ!!!!」
両腕を使った一瞬の隙を突いてキント兄が胴に組み付き右足をヤシャの右足の外側に当てて払うように投げ、思い切り大地へと叩きつける。
柔道で言えば大外刈り、キント兄は相撲好きだから二丁投げといったところか?
『ぐおっ! かはっ!!』
渾身の力で地面へと叩きつけたことにより衝撃波で周囲の白煙が晴れ、倒れたヤシャを押さえ込んでいるキント兄の姿が現れる。
その向こうに立ち上がる小さな影が見えた。
「兄様これを!」
「っ! よくやった! これで王手だ!」
立ち上がった妹から投げ渡された鉄棍を受け取ると、即座にキント兄に押さえつけられていたヤシャの顔面に向けて仕込み矢を射出した。
陽属性の矢が魔神鬼の周囲に漂う濁った魔力を浄化する。
その矢はヤシャの左目を貫いた。
『ぎゃあぁああああぁああああああ!!!!』
だが、次の瞬間ヤシャは俺たちの想像を超えた動きを見せる。
絶叫と共に押さえつけていたキント兄を払い飛ばして目玉ごと矢を引き抜いたのだ。
矢を引き抜いた左手からは紫の煙が上がっている。
更にヤシャは矢先に刺さった自らの目玉を口に含んで飲み込むと左手から矢を投げ捨てた。
『マサードに力を分け与え過ぎたか。貴様ら覚えていろ。この左目の傷はヤツの子孫を侮った戒めとして残しておく。次は必ず冥府へ、我が故郷へと叩き落としてやるぞ! くはは! くはははははは!!』
「ここで逃がすわけないでしょ! -大雷玉-!」
地に付したままのサダ姉が倒れたまま両手を向けて大魔法を飛ばした。
詠唱もなく威力はかなり落ちているが満身創痍のヤツになら当たれば逃げられなくなるほどのダメージにはなるはずだ。
『効かぬわ -水纏-』
ヤシャの身体が水に包まれた。
サダ姉の雷が直撃したが更なる傷を負った様子はない。
纏った水が雷を肉体に通さなかったようだ。
「なっ!?」
「嘘......」
『滅ぼすべき虫けらは四匹居たか。ではまた会おうぞ羽虫ども! ≪深く暗き底の底 導き開け≫ -陰之門-』
魔神鬼ヤシャがここへ来て初めて詠唱魔法を使う。
するとヤシャの背後に黒い門が現れ、その扉が開くと中へと静かに消えていった。
魔神鬼の姿が消えると同時に門扉は閉ざされ霧散する。
こちらも満身創痍の為、誰一人としてヤシャを追い掛けることが出来なかった。




