百三十二話 魔神鬼との対峙
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「あら。おかえり。遅かったじゃない」
「いや、こっちは一人だったし......」
「妾たちには馬がなかったのよ? それで戦果は?」
「指示役一人と後は雑兵が十二くらい......。後は弓を無力化しましたが逃げられました」
「へ、へぇ~。こっちは見ての通り全滅させたわよ? と言っても投降したのとか合わせて捕虜が八人くらい居るけど」
「お三方ともお見事でございます」
それでも騎馬武者を十七人くらいは仕留めてるのか。
って、いや俺の戦果も十分だと思うのだが?
サダ姉なんか当たりが強くないか?
「姉上はエタケたち三人の中で一番敵を討った数が少ないので少し虫の居所が良くないのです」
「俺が効率良く相手を無力化する方法を教えたせいか......。馬から落とすだけじゃ殺傷率は低いだろうからなぁ」
「そして内心では兄様が単騎で十三人も討ち果たしたことにかなり驚いているようですが優位に立っていたいという思いから素直に褒められないのかと」
「あ、やっぱりさっきのは驚いてたんだ......」
サダ姉が不機嫌な理由をエタケがこっそり耳打ちで教えてくれた。
個人的には三人にはあまり血に塗れて欲しくはないところではあるのだが、戦の真っ只中じゃそうも言ってられないしな。
功を稼ぐようにと急かした負い目もあってどう声を掛けたものかと困った。
『貴様らか。先ほどの雷撃の大元は』
「ヤシャ!? みんな! 構えて!」
「いつの間に!?」
唐突に俺たちの目の前に魔神鬼が姿を現した。
一瞬のうちに初見よりも近い距離であの時よりも強力な殺気が立ち込める。
しかも貴様らと言ったってことは俺が一人で使った技ではないとバレたということだろうか?
いや、そんなことよりもこの殺気では三人が危ない!
注意を逸らす為に突撃を掛けようとしたが、流石にこの距離での殺気には勇敢なこの馬もへたり込んでしまう。
俺は下馬すると皇京八流剣術のネン流の技、無心を使い自分の心が圧し潰されそうになるのを防ぐと太刀を抜いた。
『ほう。刀を抜くか。小童。貴様だな? 我の翼に傷を付けたのは』
「ああ。その通りだ。もしや魔神鬼ともあろう強力な存在が矮小な人間如きの小手先の技を卑怯とは言わないだろう?」
『この力の差を前にしてまだ減らず口を叩けるか。面白い。面白いぞ貴様。名を名乗れ。我に名乗ることを許す』
一瞬、捕虜たちの手前、偽名であるヨシツナと名乗ろうかと逡巡したが、どうやら捕虜たちは全員が気を失っているようだ。
それにコイツに嘘は通じないと直感が告げている。
「皇京イアンの武の御三家が一つトール家のツナ・トールだ」
『トール家......。貴様が母上やあの方の怨敵の!!』
トール家の名を聞いてヤシャの殺気が更に膨れ上がった。
先ほどまでは辛うじて平静を保てていた身体が震えだす。
無心を使っているというのに一瞬でも気を抜けば確実に落とされる。
先ほどまでは地に伏しながらもなんとか意識を保っていた兄姉妹たちも今は意識を失っているようだ。
「あの方......とは、誰、だ?」
『知らぬか。それならば教え......ぐっ!! 我が主、我が神よ! 怨敵に御名を名乗ることを許さぬと仰るのですか!?』
その者の名を語ろうとしたヤシャが突然頭を抑えて苦しみだした。
神の名を口にするのは禁忌なのか。
「ヤ......シャ?」
『うるさい! もういい。貴様はここで死ね!』
ヤシャの右手に青い直刀が現れた。
その刀は水を刃の形に具現化したように見える。
このままでは死ぬ。
身体よ動け。動け。動け!
ヤシャの刀が振り下ろされようとしたその時、俺の身体に刻まれた聖痕が青白い光を放った。
服や鎧を突き抜けて光が溢れる。
『ぬう!? この光は! 母上の命を奪ったあの時の!!』
身体が燃えるように熱い。
だがそのおかげで身が竦む程の恐怖は忘れられた。
腕が、脚が、身体が動く。
「うおぉおおおおお!!!!」
ヤシャが光に怯んでいる隙を突き、魔神鬼の身体を逆袈裟に斬り上げる。
傷口からは青い血が噴き出した。
『がぁああああ!! 貴様ァ!! 一度ならず二度までも我に手傷を!!』
返す刀でもう一太刀を浴びせようとしたが、それはヤシャの刀に阻まれる。
刀同士がぶつかると、水のような刃だというのにまるで金属を打ち合わせたような音が響いた。
鍔迫り合いになると小柄な女の身とは思えない膂力で簡単にこちらが押し込まれる。
白竜の指輪で成人男性以上の力が出せているはずの俺でも歯を食いしばり胸を反らして片膝を突きながらなんとか潰されないように耐えるのが精一杯だ。
だが、力むたびにヤシャの胴からは青い血が溢れ続けている。
完全な不意打ちの為かなりの深手を負わせたというのにこれだけの力を出せるというのか。
万全な状態の魔神鬼とやりあっても勝てる気がしない。
コイツはここで仕留めなければ。
このまま耐え続ければやがて失血で巻き返せるだろうか......。
思考の片隅に淡い期待を抱いた時、ヤシャの刀が二刀に増えた。
両手で握っていた筈の刀がそっくりそのまま分裂していたと形容すべきか。
『ふう。我としたことが頭に血が昇り過ぎていたようだ。ではさらばだ。死ね』
ヤシャの別れの言葉と共に鍔迫り合いをしている刀が右手のものだけになり、空いた左手の刀が俺の胸を貫こうとする。
万事休すかと思った矢先——
「どらぁあああああああああ!!!!」
『ごっ!?』
ヤシャの刀の切先が俺の鎧を貫き胸の肌に触れた瞬間、突如として飛び込んで来た赤い稲妻が魔神鬼の右頬へと吸い込まれるように直撃し、ヤシャは真横へと吹き飛ばされた。
「オレ様の弟を殺させてたまるかよ! クソったれがぁ!!」




