百三十一話 人馬一体
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「馬狙いに魔牛の突撃に、ツナの戦法はえげつないわね......」
「軟弱な卑怯者だからね。自分たちが生き残る為ならば敵に容赦をしないのさ。俺みたいに圧倒的な力を持っていない者はそうやって恐れや侮りを持たれたほうが勝機を掴みやすいんだよ」
軟弱な卑怯者と自嘲したことにサダ姉が少し顔を曇らせたが俺がこういう生き方をしたいことは前に伝えているので割り切ってくれたようだ。
「そうね。逆に妾たちは圧倒的な力で黙らせればいいのよね」
「うん。サダ姉たちに期待してるよ」
既に百騎は本隊に向けて通過してしまっただろうが、予想通り分断された後続の騎馬たちはこちらへと狙いを変更したようだ。
こういう時の為に魔牛がもう一頭居れば楽だったのだが、無いものねだりをしても意味が無い。
サダ姉に出来るだけ効率良く相手を無力化するよう指示し、エタケにはキント兄の補佐を頼むと俺は軍馬に騎乗した。
サダ姉たちから離れ、本隊とは真逆の位置に単騎で向かう。
太刀を抜いて頭上に掲げると腹の底から大きな声を出して叫んだ。
「我こそは東正鎮守府将軍ミチナ様より太刀を託されたヨシツナだ! 小僧の首すら取れない軟弱者ども! 貴様ら如き束で向かってきたところで俺の相手にはならん! 命が惜しくば尻尾を巻いて逃げることだ!」
「なにおう! 小賢しい手ばかり使う卑怯者め!」
「ミチナの前にそっ首叩き斬ってくれるわ!!」
先ほどまでの嫌がらせ戦法で相当頭に血が昇っているのか挑発に乗った兵は多い。
まだ五十騎ほど残っていた後続の内の約半数が俺を目指して突撃して来た。
中には冷静な者も居るのか、残りはそのままキント兄たちを狙うようだ。
「お前にはかなりの負担を掛けるけど許せよ。生き残ったら名を与えて良い暮らしさせてやるからな」
そっと乗っている月毛馬の頭を撫でて耳元で囁く。
これからやることはコイツの肉体にかなりの負担を掛けることになる。
一声謝罪すると俺は馬の横腹を蹴って前進の合図を出した。
「単騎掛けとは殊勝ではないか! 我が刀の錆にしてくれる!」
「こっちは借り物の太刀なんであまり汚したく無いんだけどな! シンタウ流 -漣-」
太刀を振り上げて突っ込んでくる敵の動きを雷神眼で太刀筋を見切り、受け流すと同時に右手首を返して相手の脇の下と首筋を次々と押し寄せる波の様に連続で斬りつける。
「かはっ!」
「な! 此奴できるぞ!」
通り過ぎ様に俺に斬られた武者は太刀を落として首筋を抑えるとそのまま落馬した。
それを見ていた後に続いていた敵兵は手綱を引いて驚愕と共に俺を睨む。
「か、囲め! 囲んで一斉に斬りかかれ!」
「お、おお!」
五人が俺を囲む。
子供相手に大人気ないとは思いつつもこちらもこれまで十分に卑怯な手を使っているのだから言いっこなしだ。
それに囲まれた時にこそ使える技がある。
「今だ! やれ!」
「テン流 -巻雲-」
合図もなく馬が頭を下げながらぐるりと一回転し、俺の太刀が前後左右から迫る5つの白刃を全て弾き飛ばす。
皇京八流は馬上剣術ではないので普通にやるとかなり技が限られるが今の俺と月毛馬は普通じゃない。
「クラマ流 陸・陸・陸」
三度馬が向きを変えながら円を描くような動きで移動し、それに合わせて俺も太刀を振るって三人の敵兵の首元を切り裂く。
「ばかな! 馬の出来る動きではない!」
「人馬一体となった魔物か!?」
俺を囲んでいた五人の内のまだ存命の二人が怯えと驚愕を口にする。
「背が空いてお——ぐげらっ!」
隙と見たのか背後から突っ込んで来た武者の顔面に馬の両後ろ足の蹴りが刺さった。
完全に首は折れて、その勢いで手綱が後ろに引かれ馬ごと背中から倒れる。
「な、なんなんだコイツは! 背中に目が付いているのか!?」
「今のは馬が勝手に蹴っていた。この馬が魔獣なのかもしれねぇ!」
「矢だ! 矢を放て!! 魔獣ならば遠慮することはない!」
「テン流 -朧雲-!」
近寄ってこない二十名が弓を用意しようとしたので月毛馬ごと一気にその中へ突っ込んで搔き乱す。
さすがに矢を射られると厄介なので太刀を振るって弓幹や弦を切断していく。
いきなりこの距離を詰められるとは思っていなかったのか、対処に遅れて混乱している。
即座に弓を諦めて素手で魔法を使おうとする者が一人居た。
先ほどから指示を出している者だ。
的確な指示と判断の早さから思うにマサード軍の武将格かもしれない。
とある事情から今は零や雷珠が使えないので”起こり”を知覚した相手の腕の向きなどから射線を予測し、先んじてそこから身を捻ることで躱す。
細いながらも鋭利な土の槍が脇腹を掠める。
「な!? 躱された!?」
「機転の利く相手は嫌いだよ。 キョウ流 -早贄-」
俺が身を捻ったまま馬がその相手に肉薄し、その体勢から首を一突きで貫いた。
かなり無理な動きをしたので少し右肩を痛めたが、この場で頭の回るヤツを仕留められたのは大きい。
指示役を失ってまごつく敵兵を一人また一人と斬り伏せていく。
さらに四人ほど斬ったところで残りの連中が散り散りに逃げ始めた。
キント兄達の方向へ向かった者たちだけは倒さなければならない。
鎖手綱を掴む手に電気を流して自馬を限界を超えた速度で走らせる。
これが俺のやっていた絡繰りだ。
手綱の鎖を通して銜から馬の体内へ電気を流し、筋肉や神経を自分の身体の様に操っていた。
先ほど敵兵が言っていた人馬一体の魔物とは割と的を射た言葉だったのだ。
これは一朝一夕の技術ではない。
皇京でミナ殿に魔獣や獣の身体に詳しくなりたいと頼んでいたおかげで皇京近郊の魔獣の解剖図や死骸などを借り受けられたおかげだ。
そこから電気を流せばどう動くのかなど実験し、最近......と言ってももう2週間は前になるが馬の死体を解体していた際にも色々と試していた。
流石に元の生物の生体電流が無いと身体全体は動かせないようで、死体に乗って走るなどは出来そうになかったが、使う魔法を身体強化系のみに絞ることで人馬一体となる手法を編み出すことが出来た。
零や雷珠が使えなかったのもこのせいだ。
余談だがどうやって馬の体内に電気を流すかが一番の問題だった。
はじめは自分の太腿に針を刺して馬と自分の身体を繋げる一心同体ならぬ一針同体を提案したら全力でミチナ様に止められた。
俺としては最短距離を直通でやり取りが出来るのでかなり良い方法なのではと思ったのだが、馬上の揺れで太腿がズタズタになると諭されて諦めるに至った。
最終的に左掌を切って傷口から鎖を伝って馬の体内へ電気を流すというかなり遠回りな方法になっているので、若干だが脳内のイメージと実際の動きには遅延がある。
今後改良していきたいところだ。
キント兄たちの方へと逃げた敵兵を三人ばかり斬り伏せると、兄姉妹が向かって来ていた敵兵を全て斃し終えている事を確認できた。




