百二十九話 足止め
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「おお、トール家の子らよ! 無事だったか! それにヨシツナも無事でなによりだ」
「サモリ殿もご無事でなによりです。チカネ殿はやはりお亡くなりになられたようですか......」
サモリ殿は一応まだ俺が正体を隠したままで居るため偽名で呼んでくれている。
周囲に正気な者が少ないとはいえ、サダ姉を放り投げる際に思いっきりツナと叫んだミチナ様と違って律儀な方だ。
「ああ。落下とその後の圧壊によって左大弁の亡骸は無残なものだった。将軍の死亡によりミチナが一時的な征伐将軍だが、今はあの魔神鬼を押さえるので手一杯のようだ。代わりに私が指揮を執り現在は体勢を立て直しているところだが、マサード軍にも動きがあったようでな、奴等これから攻めて来るようだ」
「馬鹿な!! こんな時にまで人同士で争うと? 共闘して魔神鬼ヤシャを討つべきでは!?」
さきほどの殺気で自軍も被害を受けたであろうにマサードはまだ征伐軍と戦う気でいるようだ。
征伐軍側としては今攻められるとかなりの窮地に立たされる。
魔神鬼を相手にしつつマサード軍とも戦わなければならないとなると勝ち筋はおそらく皆無だ。
今すぐ撤退したいがそうすると恐慌状態から脱することの出来ていない兵など統率を失っている者たちを大量に見殺しにすることになる。
ここまでくると洗脳だったとしても完全に魔神鬼とマサードは手を組んでいると考えるべきか。
魔神鬼の側に立つという事はヒノ国だけでなく人間の敵だ。
あちらがその気ならばこちらも容赦はしないぞ。
「サモリ殿、特別部隊が返還した毒息の魔石をお譲りください。さすればトール家の方々と共に暫しの間マサード軍を足止めして刻を稼いでみせましょう」
「なんと真か!? あれは元々はトール家の戦利品だ。トール家の三名がよいのであれば譲渡しよう」
サモリ殿が兄姉妹の方を見ると三人は頷いて了承した。
先にトール家の皆と共にと言ったおかげで、俺だけが危険に飛び込むわけではないのならばと認めてくれたのだろう。
サモリ殿から毒息の魔石を受け取ると俺たちは最前線を目指した。
「キント兄は錆びた鎧の相手を狙って手当たり次第にその辺に落ちている武器や脱ぎ捨てられた防具を投げつけて! エタケは荷を曳かせていた魔牛をここまで連れて来てくれる? 荷車の方は連れてくるのに邪魔なら斬り捨てて良い」
「やることは前と一緒だな!」
「お任せください兄様!」
俺が頼むとキント兄は周囲に落ちている物資を一か所に集め、エタケは轍を追って魔牛を探しに向かった。
「サダ姉は今は待機。敵が接近したら合図するから完全に詠唱した大雷玉を俺に向けて放って!」
「わかったわ! って、えええ!? ツ、ツナに放つの!?」
「どうしても必要なんだ。信じて」
「......ツナを信じる。だから妾の魔法で怪我なんてしないでね?」
俺の無茶ぶりにサダ姉が力強く答えてくれた。
この信頼は裏切れない。
シナノに着いてから何度か小さな魔石では練習した技だが、毒息の魔石ほどの大きなものでやるのは今回が初めてだ。
大丈夫。
兄姉妹たちが居ればきっと上手くいく。
自分にそう言い聞かせて毒息の魔石の上に左手を添え、狙い澄ますように右手の人差指と中指を合わせて彼方に居るマサード軍へ向けて伸ばす。
独自に作った不安定な魔法だ。
安定させるために詠唱文を用意してある。
「≪繁茂の萌芽 伸びよ伸びよ 伸びては絡め 絡んで伸びよ 敵を拒み美しき花を守り抜け≫ -茨棘雷-」
詠唱を終えると敵へと向けた2本の指の間から雷珠のような小さな電気の塊が浮かび、勢いよく射出された。
それは塊ではなく紐の様に全てが繋がっている。
髪の毛のようにか細いながらも螺旋を描きつつどこまでもどこまでも伸びていく。
目標は雷神眼で補足済みだ。
目視するのも難しいような細さの雷の茨が目標に辿り着くと一巻きしては一筆書きのように次々に周囲の者に絡み付いていく。
極微量の魔力の為、絡みつかれた本人たちはまだ気付いてすらいないだろう。
俺の強化した視力で目視できる限界までの敵全てにその茨は絡んでいる。
エタケが荷車付きの魔牛を連れて戻ってきた。
積み荷は軍馬用の飼葉などの糧秣のようだ。
キント兄が拾得物で大きな山を積み上げたことでこちらの準備はほとんど整った。
敵方にも俺たちの姿が視認されたようで騎兵が突撃の構えを取る。
先頭に立ち指揮を執っている男はマサードではないが、その男の突撃の合図と共に騎馬の一団が横一線となってこちらへと走り込んでくる。
「サダ姉、詠唱を!」
「ええ! ≪いと高き天より落つる雷よ 我が声に応え豊かな稲魂を授け給え!≫」
サダ姉が頭上に両手を広げて詠唱すると、空中に大きな雷の玉が現れる。
突撃をしてくる敵兵の表情にも焦りが見えたが、このままこちらに向かってくるようだ。
「今だ! 俺に放って!」
「ほんとに怪我しないでよね! -大雷玉-!」
サダ姉の両手が降り下ろされ、俺に雷の玉が直撃する。
その瞬間、残った魔石の魔力を使って体表に雷を纏うことで俺へのダメージを無効化、そして雷は俺の指先から伸びた雷の茨を伝いその先へと流れていく。
走るべき道筋を得た大きな雷の玉は形を流線形
に変え、ほぼ光速で横薙ぎに敵陣を貫いた。
「なん、ぐはああ!!!!」
「うがあああ!!」
「ぎゃああ!!」
雷の茨が絡んだ敵兵はその上を通った膨大な雷撃によって感電し崩れ落ちる。
突撃中に前列が一斉に崩れたことで速度を殺しきれない後列の騎馬がぶつかり次々と転倒、落馬していく。
こうしてマサード軍の騎馬隊の足は止まった。
そしてサダ姉の放った雷は狙い通り茨の先端へと辿り着く。
茨の先に居た人物を閃光が穿ち、中空で激しい放電が起きる。
『くっ。我が背を狙うとは小癪な真似を』
地に墜ちて背後を睨みながら怒りを滲ませる魔神鬼。
その片翼は焦げて煙が上がっている。
俺の目視していた範囲には中空に留まっていたヤシャも含んでいたのだ。




