百二十七話 両軍相対す
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「よし、進軍させよ」
「はっ! 進軍開始!」
チカネ殿がサモリ殿に指示を出して朝敵征伐軍が中間拠点から進軍を開始した。
サモリ殿が指揮を執っているのはミチナ様が昨夜のことがあっては自分では総大将と息を合わせるのは無理だろうと辞退したためだ。
チカネ殿も懲りたのか正気に戻ったのかはさておき、ヒテンには乗っているが今日はサダ姉と相乗りするということはしないようだ。
代わりに皇京から連れて来ていたという副官の女性を後ろに乗せている。
コイツ......懲りてないな?
怪我らしい怪我は見えないが昨夜ミチナ様に十分な灸を据えてもらったと思っていたのだけど、この分だと陰魔法の影響を受けていたという訳でもなさそうだ。
生粋の好色家ということか。
「馬鹿は死ななきゃ治らねぇのか。まあ、今は死なれたら困るがな! ははは!」
「ブレない姿勢だけは凄いと思いますけどね......」
俺と軽口を交わしたミチナ様がヒユウに跨るとその後ろにサダ姉が同乗した。
「サダ姉様、ミチナ様ご武運を」
「そっちも気を付けてね!」
「おう! サダにも期待してるぜ!」
挨拶を済ませると二人を乗せた葦毛の天馬が空へと駆けて行った。
俺は出立前にミチナ様から拝借したテミス家伝来の太刀を佩いて東正鎮守府軍の淡黄色が綺麗な月毛の軍馬に騎乗する。
今日の装備は普段の軽装ではなく東正鎮守府軍の統一規格となっている大鎧などを身に着けている。
雷神眼があるとはいえ戦場で片目しか見えないというのは心許なかったので、頭に巻いていた認識阻害の包帯は口元へと巻き直して再び術を掛けて貰った。
これで流れ矢などの危険性も下がった筈だ。
今の俺はミチナ様個人の子飼いの兵として戦場に立っている為、東正鎮守府軍ともトール家とも少し離れた前方の位置に布陣している。
これは俺の活躍が目立つようミチナ様がサモリ殿に命じたからだ。
更に識別しやすいよう東正鎮守府軍の統一規格の大鎧ではあるが胴の前面に張り付けてある弦走韋は金箔が塗られている。
事情を知らぬ者からすれば一兵卒なのに武将級に見えなくもない。
危険度が跳ね上がっていることに目を瞑れば、期待され過ぎているような気がして面映ゆくもないでもないが、こうまでお膳立てされたならば是が非でも結果を出さねばと身体に力が入る。
キント兄とエタケは東正鎮守府軍と共に中列辺りに配置されているから目的地に着いても近くで共に轡を並べて戦うということにはならないだろう。
二人がいると俺より目立つ活躍をするだろうし。
ふと周囲を見遣ると、周りの兵達は戦場の空気に緊張しつつも俺のことが気になってしょうがなさそうだ。
念のために釘を刺しておこう。
「俺はヨシツナ! テミス家の現当主であるミチナ様に剣術の腕前を認められ直々に太刀をお借りしているがただの一兵卒だ! お前達は俺のことなど気にせずに自分の手柄だけを考えておけ! ここで手柄を挙げれば出世は間違いないぞ!」
釘刺しついでに発破を掛けると、脳内が俺への関心から手柄を挙げて出世する自分たちの姿に切り替わったのかギラついた目で前方を見据えるようになった。
完全武装し騎乗しているとはいえ子供のような小柄な者が居ては気になって仕方なかっただろうしな。
......まあ実際に子供ではあるが。
この辺の兵は勝ち馬に乗じる為に各地から馳せ参じた寄せ集めの一団なので、あわよくば俺を殺して身包みを......なんて邪な事を考えていた者も居たかもしれない。
実力を武の御三家であるテミス家の現当主のお墨付きと言っておけば余程のアホでもない限りは手を出してこないはずだ。
まあ、そんなアホが出てくれば即座に斬り捨てて実力を知らしめる良い機会になりそうだが、アホとはいえ今は貴重な戦力なので減らさないに越した事は無い。
発破を掛けたのは正解だったな。
3時間ほど行軍を続けると前方に騎馬の一団が見えてきた。
黒鉄の鎧を纏ったマサード軍だ。
今までと違って歩兵や弓兵も多数混ざっているが騎兵を合わせてもその総数は二千といったところだろうか。
ちらほらと錆びたままの鎧の者も混ざっていることから、この期間で全員分の鎧の改修とはいかなかったのだろう。
つまりここにある黒鉄の鎧を潰してしまえば暫くはマサード軍も普通の兵と大差なく出来るはずだ。
朝敵征伐軍側が予定通りの陣形で布陣し、両軍が相対した。
「醜悪なる朝敵共よ! よく聞け! 我こそは神皇陛下より朝敵征伐将軍を賜ったチカネ・ジワラであるぞ! 逆賊である貴様らには帝に代わってこのワシが直々に————ぐぼぁっ!!」
「!!?」
舌戦の最中に何が起きたのかと中空の青毛天馬のヒテンに跨っているチカネ殿の方を見ると吐血しており、その大鎧の胴からは血に染まった腕が伸びていた。
後ろの女が素手で鎧を貫いた!?
その事実に気付いた時、背筋に今まで感じたことのないほどの怖気が走った。
師匠のものと同等かそれ以上の殺気があの女から溢れだしているのだ。
純粋な殺意は窮奇の力を取り戻した時のコゲツに近い。
ヒテンに乗った女までは距離があるというのに、殺気にあてられて周囲の兵や馬が敵味方に関わらず恐慌に陥っている。
涙や尿を垂れ流して泣き喚く者、意識を手放して気絶した者、逃げるために何処かへ走り出す者など様々だ。
『脆弱。やはり策など面倒だ。我一人で敵を鏖殺すれば早いというのに。どうしてこうも回りくどい事をしなければならぬのか......。主よ早くお目覚めください』
ヒテンから離れているというのに頭の中に声が響いた。
この感じは白竜姿のセンシャ様や大蜈蚣の霊獣であるヒャク様が話す時と同じだ。
あの女、人間では無いのか。
「き、貴様! 何者だ!? チカネ様を離せ!」
チカネ殿の側近の一人が刀を抜いてヒテンに乗る女に叫んだ。
この悍ましい殺気をあてられている中で動けるとは、強靭な精神力を持っているのだろう。
チカネ殿の連れてきた人員とは極力関わらないようにしていたので面識はないが名の通った実力者なのかもしれない。
『貴様ら羽虫に名乗ってやる道理は無いが、その胆力に免じて聞かせてやろう。我が名はヤシャ。偉大なる神により力を与えられた魔神鬼ぞ』
刃を向ける側近を一瞥して女は答えた。




