百二十五話 助けを求める
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「寝所って......」
「ええ。伽をせよって意味でしょうね......。受ければキントとエタケを後方に回してやると言ってきたわ。断っても矢戦中に突撃部隊として奇襲させる重要な役目を与えるだけだと......」
はあ? 百歩、いや一万歩譲ってサダ姉を伽に誘うこと自体は年齢的な事や美貌からそんな声を掛けたくなる気持ちが生じるのは仕方ないだろうと目を瞑ろう。
無論声を掛けることまでしか目を瞑るつもりはないが。
だが家族を脅しに使うとはどういう了見だ?
しかも矢戦中の突撃なんて相手が最初に騎馬でやってきた戦法じゃないか。
奇襲として通じる訳が無いし、仮に虚を突けたとしてもバンドー武者が扱う騎馬隊の方が質が上だ。
返り討ちにあって全滅するだけだろう。
そんな奇襲部隊という名ばかりの犬死に集団を作れるほどこちらの戦力に余裕など無い。
作戦でも何でもなくサダ姉を手籠めにしたいがための独り善がりだ。
涙声で語ったサダ姉は俺に抱き付きながらも再び震えていた。
安心させるためにもう一度強く抱き締めて頭を撫でてやる。
「そんなの行っちゃダメだよ」
「でも......」
「行くな!! サダ姉もエタケもキント兄も絶対に俺が守るから!」
強く言い聞かせるとともに、先ほどとは違い力いっぱいサダ姉を抱き締めた。
純情な姉のことだ。家族を人質に取られてどうすればいいのかまともな思考が出来なかったのであろう。
俺が目覚めるまではやや不安定な精神状態だったと聞いていたし、今この場に居るのも自ら兄妹に相談したというよりは様子がおかしいことを二人に問いただされたのだと思う。
「......助けてツナ」
「任せろ」
消え入りそうなか細い声で哀願する姉の頬を優しく撫でつつ、言葉に力を籠めて答える。
その頬は湿り気を帯びており、ちらと見えた瞳には泣き腫らした痕跡があった。
頬に触れたことで泣いていたことがバレたと悟ったサダ姉がサッと俺から離れて後ろを向く。
泣き顔は何度も見たことがあるので今更隠す必要も無いと思うのだが、声を掛けようとするとエタケに止められた。
「兄様は乙女心を分かっていないのです。でもそんな兄様だからこそ姉上の事を止められたのかもしれません。エタケや兄上が止めてもずっと悩み続けておられましたから」
「え。俺ってキント兄よりも鈍感なの?」
エタケは小さく溜息を吐いた後にニコっと微笑んだ。
どうやらそうらしい。
軽くショックだが今はそんなことをしている場合じゃないな。
「姉上のことはエタケ達が見ておくので兄様はどうぞ存分にご活躍なさって来てください」
「分かった。サダ姉のこと任せるね。俺は良い妹と兄を持てて幸せ者だよ」
エタケの頭を軽く撫でて天幕から退出した。
「ツナでも止めれなかった時は俺が殴ってでも止めてた......」
「その場合は殴るのはチカネ殿の方をだよね?」
「はっ! たりめーだろ!」
外で見張りをしてくれていたキント兄と軽口を言ってお互いの右拳を合わせて笑う。
「行ってきます」
「おう。任せた」
挨拶を済ませると俺はミチナ様の天幕まで一気に駆け出した。
天幕に到着し中に入ると畳に寝そべりながら将棋の駒を動かしているミチナ様が居た。
一人指しというよりは配置が将棋のソレではないから明日の戦術の確認か。
「おう。戻ったか。エタケ嬢はかなり慌ててやがったが何かあったのか?」
こちらに視線を飛ばさずに盤面を見ながら話すミチナ様に俺はチカネ殿がサダ姉に半ば強制に近い形で伽を命じたことを告げた。
「昔、兄と慕っていた頃はここまで愚かではなかったはずだが、今はもう救いようが無さそうだな......」
溜息交じりの口調だが、これは静かに怒っているようだ。
正直、いつもの調子で怒鳴り散らすよりも迫力があって怖い。
「サダ姉に魅力があるのは分かりますが、一大決戦の前に軍内で余計な問題を起こそうとしているのは異常です」
「ツナの姉馬鹿とチカネの愚劣さはさておき、家同士の繋がりを考えればその伽を受けるのはトール家に利益が有るのは分かるな?」
怒りを霧散させたミチナ様が一変して真面目な口調で問い掛けてきた。
普通の家であれば従四位上の左大弁と縁戚になるのは地力を考えれば有効かもしれない。
しかもこの戦に勝利した功績をもってすれば従三位より上、殿上人の中でも更に上位である上達部になることも夢ではないだろう。
だが、ウチには俺という存在が居る。
「いいえ。左大弁如きで満足できないのはミチナ様も同じでしょう? 俺の事をよく知る人物をその程度の者の女房に据えるのは愚策では?」
「ぷっ! くははははは! 左大弁如きときたか! そうだな! お前の言う通りだ! 最近はアタシも一家三后を狙っていると娘どもには言い聞かせてるからな。確かに左大弁如きでは大事な娘をくれてやる気にはならん!」
ミチナ様が俺の言葉に大笑いをして同意を示す。
これでこちらに付いてくれるかと思いきや、次の言葉は想像していなかった。
「それで? 今回お前達の味方をしてやる対価に何をくれる?」




