百二十三話 左大弁チカネ・ジワラという男
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「ムサシを抑えておく為にもここに五百は残すべきだろうが!」
「ムサシの軍勢など恐るるに足らず! マサードがシモウサに逃げ帰った今こそ全軍を以てして叩き潰すべきなのだ! 中途半端に戦力を分けるのは愚策だと兵法書にも書いてあったぞ!」
俺が目覚めて2日経ち睦月の8日になった。
軍議にてミチナ様と左大弁チカネ・ジワラ殿が激しく意見をぶつけ合っている。
今は戦力を補充した東正鎮守府軍千百余とミノ国府軍千、チカネ殿が率いている皇京軍五百の全軍合わせた二千六百をどう動かすかで揉めている。
「左大弁の仰ることも分かりますが、今ここで全軍を動かすとムサシ国府軍にコウズケを奪われ退路が絶たれるだけでなく我らが挟撃される恐れがあります。私は東正鎮守府将軍の案に賛同致します」
「ええい! 腰抜けどもめ! 貴様らがそんな弱腰だったからワシが来るまで大した戦果を挙げられんかったんではないのか? 守る戦力が足りぬならコウズケの民どもを徴兵すればよいではないか!」
チカネ殿の言い分も完全に愚策というわけではなく、なまじ中途半端な兵法の知識を持っているだけに厄介なのだ。
今の徴兵に関しても、自分の国を守る為だと言えば民に協力させることは出来るだろう。
だが、コウズケの民達はまだ皇京への帰属意識は薄いので、世渡り上手なオキヨ様が率いるムサシ国府軍を相手にした際に懐柔される危険性がある。
そうなった場合、相手の戦力が増すばかりでこちらにとっては危険しか無いのだ。
「アタシの大事な東正鎮守府軍から五百は残させてもらう。その分はそっちで本隊にコウズケの民を徴兵すればいいだろ! 人数が増えりゃ生まれる功績もデカくなるだろうぜ!」
「フン! 可愛げは娘達に吸いつくされたか。昔馴染みであることに免じてそれで妥協してやる。有り難く思え! 兵部権大輔、コウズケの民草から五百を徴兵せよ! 武具が足りなければ農具でも構わん!」
「はっ! 承知しました」
コウズケの国府軍の為に用意されていたはずの武器は全て無くなっていたそうだ。
マサード軍に持ち去られたものとみられているが、恐らくはマサードが黒鉄を生み出す際に消費、もしくは鉄を黒鉄に作り変えているのだろうと推測している。
そのせいでこちらは徴兵で増員しても武器が足りないという事態に陥っていた。
ウスイ峠で得た分は既に全て分配されてしまっているらしい。
「ふう。なんとか兵を残せないっていう最悪は避けられたか。昔から頭のかてぇ野郎だ」
「ミチナ様はチカネ殿とはお知り合いなのですか?」
「ああ、家同士の結び付きの為に幼い頃は兄妹のように扱われてたからな。アタシに兄弟が生まれてりゃ今頃はアレとくっついてたかもしれねぇ」
意外なところで繋がっているんだな。
もしや根っからの文官なのに戦場に出て来たのは昔馴染みを助けようとして?
と、チカネ殿に目を向けると遠くを見て鼻の下を伸ばし舌なめずりをしている。
訝しんで彼の視線の先を辿ると、そこにはテミス家の三姉妹がそれぞれ配下の者に指示を出しているところだった。
「じゅるり......。実にイイ。マサードを討ち取れば彼女らはワシのものに......」
どうやら嫁ぎ先を失った三姉妹がお目当てらしい。
昔のミチナ様の面影でも残っているのかもしれないな。
一瞬でも見直そうかと思った自分が馬鹿らしくなった。
「ツナ、早く来い。馬鹿がうつるぞ」
チカネ殿の視線の先に気付いていた呆れ顔のミチナ様に呼ばれ、慌ててその後を追い掛ける。
「捕らぬ狸の皮算用ってやつですね」
「面倒なことに捕れれば十分に可能性はあるがな。アイツには既に五人も女房が居るってのにまだ満足できないのか。色ボケ野郎め」
ミチナ様は不機嫌そうに悪態をついた。
チカネ殿が五人も妻を娶っている事にも驚いたが、それを知っているミチナ様にも驚きだ。
「政も戦も情報収集は鉄則だろ?」
「仰る通りです」
「うちの娘たちを心配してくれてありがとよ。まあ、いざとなれば回避策もある。あまり切りたい手札では無いがな」
そう言って苦い笑みを浮かべるミチナ様を見て思ったが、弱みを握っていたり、物品を献上したり、圧力を掛けたり、時には力で潰したりと、権力闘争は極めて厄介そうだ。
出来る事なら関わらない所で生きたいものだが、俺も元服すれば嫌でも巻き込まれることになる事は貴族家に産まれた運命と受け入れるほかない。
キント兄のように家族や貴族としての生活など全てを捨ててでも我を通すという覚悟は俺には無いのだ。
「心配せずともツナなら上手くやれるぜ。まあ、その簡単に読め過ぎる表情だけはどうにかした方が良いだろうがな。ははは!」
むぅ。俺の顔ってそんなに思っていることが表情に出るのか。
しかも今は顔半分に包帯を巻いているというのに。
情報漏洩や戦いのときに考えを読まれて致命的になりかねないのが怖いな。
「安心しろ。戦っている時のツナからは今のところ何故かまったく読めねえ」
「そうなんですね......って、戦い中にも何度か読もうとしてたってことですよね!?」
「当たり前だろ! 敵に塩水ぶっかけたり、試しに頼んでみただけの暗殺を実際に遂行しちまう奴が次に何をやるのか興味が尽きねえんだからよ!」
「ひどい! 俺が初めて人の命を奪った切っ掛けがただの思い付きだったなんて!」
「あー。それは悪かったな......。まだ平和な前世云々を知らされる前だったからよ。こんな子供がどこまでやれるのか知りたかっただけなんだよ......。すまん」
衝撃的な理由を暴露されて割とショックを受けたが素直に謝罪をされたことで許した。
俺がミチナ様の立場であっても手駒がどれだけ動けるのかを試すだろうし、どのみち戦場に立つ以上は遅かれ早かれ誰かを殺す事になっていたはずなので不思議と不快感や怒りなどは湧いてこなかった。
俺も随分とこちらの世界の倫理観に染められてしまっているなと自嘲する。
なんだか微妙な雰囲気になってしまったので空気を変える為に話題を少し逸らすことにした。
「しかし東正鎮守府軍の五百だけでムサシ国府軍を止められますか?」
「ムサシの国府軍は総数三千ってところだろう。それでもカイ国側の防衛やらに回す兵数を差っ引いても千~二千は動かせるはずだ」
「二千は厳しそうですが千であれば五百で守り切れそうですね......」
「だがあの妖怪婆のことだからどんな外法の術を使って来るかは分からねぇ。数の大小はあまりアテにならんのが現状だ」
色々と規格外なミチナ様を以てしても妖怪婆と言わしめるオキヨ様って一体......。
ちなみに妖怪とは魔獣とは別で全く正体が解明されていない化け物を指す言葉だ。
前世世界で妖怪と呼ばれていた塗壁や鎌鼬なんかは普通に魔獣として認知されているしな。
「それじゃチカネ殿の言ったように全軍をマサード側に投入してもよかったのでは?」
「いいや、ここに精鋭が五百も居るというだけで心理的な圧迫を与えられるんだ。ムサシからすれば攻めるにしろ援軍を送るにしろ無視出来ねぇ存在になるからな」
なるほど。大した数でなくとも精鋭が睨みを利かせるだけで効果があるというわけか。
となると率いる武将も名の知れた強者である必要が————
「ヨリツとコゲツ、それにうちの娘達を残していく。”雷光”と名高いヨリツに空を駆ける騎獣、生まれる者が全て強力な放出型になることで有名なテミス家の三姉妹が居りゃ、千や二千は敵じゃないだろう」
たしかに。コゲツに乗って空から三姉妹が代わる代わる敵軍に遠距離から魔法を叩き込むだけでも甚大な被害は与えられそうだ。
父上が指揮を執ることも戦力として頼もしいことこの上ない。
寧ろ睨みを利かせるだけの防衛戦力としては過剰なほどだ。
少し勿体なくも感じる。
「さっきも言ったが相手はあの妖怪婆だからな。用心に越したことはねえんだよ」
これでもまだ万全ではないと言いたげなミチナ様の言葉に一抹の不安を感じながらも俺はシモウサへの出征準備を整え始めた。




