百二十二話 戦災孤児のヨシツナ
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「まさか魔神がまだマサードの傍に居るかもしれないなんてな......。敵の拠点を攻めたのはちょっとばかし危なかったってことか。ははは!」
なんと俺が眠っているうちにウスイ川とツクモ川の合流地点近くに作られた拠点を攻め落としたらしい。
その時はマサードが拠点を放棄して敗走する姿は見られたものの、魔神は目撃されていないという。
ちなみに現在地はコウズケとムサシの国境に近いミドノ寺という寺に拠点を設けているとのことだ。
なんでもコウボウ様の弟子のデンギョウ様がこの寺の主と懇意だったらしく、自ら相輪塔と呼ばれる結界装置の宝塔を設置した寺だという。
年始に父上が挨拶と戦況報告の為に帰京した際に、俺が再び眠ってしまったことをルアキラ殿に話すと此処を拠点にするようにと紹介状を書いてくれたらしい。
マサード軍はコウズケ全域から撤退しシモウサ国まで退いたが、コウズケ国府が焼け落ちている為、現在は跡地に簡易な役所を建てて逃げ延びた貴族や役人、豪族などを呼び戻しているところだという。
「笑いごとではありませんぞ。我らが攻めた際に魔神が居なかったのは幸運と言う他ない」
「まあ結果的に上手くいったんだから良いだろ? ツナの策が効果を発揮してくれたおかげでマサードも退くしかなかったんだからよ」
「まさか敵の黒鉄の鎧が錆びるだけであんなに脆くなるなんて。しかもこの短期間でああも簡単に錆び付くとは思いませんでした! 流石兄様の策なのです!」
エタケが鼻息を荒げて興奮気味に俺の策が齎した成果を語ってくれる。
どうやら俺の策は眠っている間もテミス家の三姉妹が継続してくれていたようで、1週間経った頃には目に見えて効果が出始めたようだった。
そう。俺がずっと仕掛けていた策というのは、塩水で黒鉄を錆び付かせるという単純な手だった。
黒鉄を錆び付かせやすいように表面に土塊などで傷を付け、温水にこの辺りの特産でもある山塩を混ぜたものを継続して浴びせ続けることで酸化還元反応を促進させたのだ。
マサードの強化付与は黒鉄のみにしか効果が無いことは鎧に他の金属が一切使われていないことや鹵獲した鎧の紐緒部分が斬れたことから確証は持てないまでも推測は出来ていた。
つまり錆びて黒鉄ではなくなった部分は強化されなかったのだ。
その甲斐もあり半数以上の鎧が使い物にならなくなったことと、皇京及びミノ国からの増援合わせて二千人が到着したことで拠点を放棄して撤退したようだ。
またコウズケを奪還したことでバンドー各地ではマサードの勢力に対して燻っていた豪族たちが立ち上がり朝敵マサードの征伐を謳い始めたのだという。
シモツケ国内ではあの妖魔大蜈蚣を共に退治したデサート・タワラ殿が元役人達を率いて戦っており、ヒタチに対しては北方のイ族に対抗するための足掛かりとして作られたムツ鎮守府からミチナ様の母でムツ鎮守府軍監のネイエ・テミス様がかなりの圧を掛けているそうだ。
その他バンドー地方の国々でも規模の差はあれどマサードに対する反抗が起きているらしい。
東正鎮守府軍も皇京からの援軍もとい、マサード征伐軍に続いてシモウサ国まで攻め込む方針だということだ。
「援軍が到着したのは有り難いがどうにもオレ様はあのチカネとかいう男は気に食わねえな!」
「妾もあの方は嫌いだわ! 妾たちを邪な目で見てくるんだもの!」
「キント! サダ! 気持ちは分からなくもないが滅多な事を口にするものではない!」
キント兄が口にしたチカネとは左大弁のチカネ・ジワラ殿という方のことだ。
毛深く顔色の悪い中年オヤジで、到着するなり指揮権を全て自分のものにして天馬のヒテンとヒユウを二頭とも取り上げたらしい。
従五位下の鎮守府将軍であるミチナ様よりも従四位上の左大弁であるチカネ殿の方が上位なので仕方ない事ではあるのだが、途中参加した者がいきなり指揮官として振る舞うというのはやり辛いことこの上ないだろう。
まだ直接会っていないがサダ姉たちにいやらしい視線を飛ばしていると聞いて俺も少々ムカついた。
「戦の知識も経験もからっきしだが、運の良いことに到着しただけで相手が敗走するきっかけになったが為に自分こそが軍神だと驕ってやがるんだよ」
ミチナ様が苦虫を嚙み潰したような顔で毒を吐く。
「まったく。口だけの公家共と差を付ける為に戦場に出て来たんだろうがアタシらにとっちゃ迷惑な話だぜ」
「なるほど。確かに前線に出て来た胆力は凄いですね。運も実力のうちとは言いますが完全に勘違いしてしまったというわけですか......」
「しかし魔神の危険性はあれどもこの機を逃す手はないことも事実。今は左大弁殿の指揮通り追撃するしかあるまいな」
俺の事は毒を受けたことにして、看病と祈祷の為にこのミドノ寺の敷地にあるお堂に預けられたことになっているそうだ。
目覚めた後も余計な者に目をつけられぬよう、暫くは物忌みに入るという予定だと聞いた。
「まあアタシがツナの有用性を知っちまったからには一緒に戦場に来てもらうがな! バレねぇように頑張れよ! ははは!」
「んな、無茶苦茶な!」
指揮権が他人に渡っていてもミチナ様は平常運転のようだ。
兄姉は一緒に居られることを喜び、父上と妹は頭を抱えている。
こうして俺はこの戦が終わるまではミチナ様の従者見習いとして傍らで侍る事になった。
名乗る偽名は以前と同じくヨシツナだ。
此度の戦で戦災孤児となった俺を不憫に思ったミチナ様が拾ったという設定らしい。
白髪頭を墨で染め、顔に大きな怪我をしているという事で頭の半分には認識阻害の幻術を施した包帯を巻いてある。
少しでも印象を変える為だそうだ。
俺としても物忌みでずっと寺から出られないよりは変装をしてでも大切な人々の傍に居たいのでここまで手を尽くしてくれたミチナ様には感謝しかない。
出来る限り役に立つよう頑張るつもりだ。




