百二十話 四凶窮奇
【毎日投稿中】応援頂けると嬉しいです。
★、ブックマーク、いいねでの応援ありがとうございます!執筆の励みになります!
コゲツの異変に気付き慌てて駆け寄ると、その口にはハルアの左手にあったはずの宝玉が咥えられていた。
傍らのハルアの死体は人の姿どころか煤の様に黒く変色し皮と骨だけのミイラのようになっている。
「待てコゲツ! それは危ない物だから離すんだ!」
俺の制止など聞く耳くを持っていないかのようにコゲツは口に咥えた宝玉を嚙み砕いた。
ゴリゴリと水晶が砕ける音が響き、宝玉から溢れたのであろう濁った魔力がコゲツの口から煙の様に漏れ出ている。
「グルァアアアア!!!!」
腹に響くような低く大きな咆哮をあげると濁った魔力がコゲツの身体を覆っていく。
大きく負傷していたはずの身体中の傷が消え、体躯は筋肉が前よりも隆盛し爪や牙は鋭さを増している。
体毛と翼の色が黒に、逆に黒かった柄は金色に変わる。
その瞳は深紅に染まり、その表情は俺に対して敵意を剝き出しにしている。
「コゲツ......?」
「ガァアアアア!!」
コゲツの名を呼ぶがそれが自分の名だと認識出来ていないのか、大きく口を開き牙を剥いて威嚇している。
これが本当の窮奇の姿......。
濁った魔力を取り込んだその体躯はいつもの雄々しさではなく、厄災を体現した様な禍々しさを感じるものだった。
妖魔形態のハルアなど比較にならない程の威圧感に総毛立ち身が竦む。
ただ存在しているだけで死を認識させられる殺気にこのまま意識が刈り取られそうになる。
窮奇が異国の地にて四凶と呼ばれるのも納得だ。
かなり負傷したことで眠っていた窮奇の本能が刺激されてしまったんだろうか。
そのせいで濁った魔力を求めてしまったのだとしたら俺のせいだ......。
目の前に居る魔獣はもう俺のことなど覚えていないかもしれない。
だが、俺にとっては掛け替えのない家族の一員だ。
こんなことで失いたくない。失ってなるものか!
恐怖に負けてしまいそうになる身体に檄を飛ばし、ゆっくりと一歩ずつしっかりと近付いていく。
「ゴァ!? ガァアアア!!!!」
向かってくる存在に戸惑いが生じたのか先ほどの威嚇よりも迫力が薄い。
俺を認識してくれたのではと一縷の望みを持つが、すぐさま全身を突き刺すような殺気を乗せた咆哮を浴びせられた。
全身が震え腰が抜けそうになるが、ここで座り込んではコゲツが俺たちの所へ戻ってくることは無くなってしまう。
何故か漠然とそれだけは感じていた。
故に立ち止まることは出来ない。いや、しない!
近付く程に圧が強くなり、一歩の幅が狭くなる。
恐怖に負けて竦んでしまいそうな身体に喝を入れるため、右の拳で自分の頬を思い切り殴った。
「痛ってぇ......」
我ながら目の覚めるような一撃だ。
口の中が切れて血の味がする。
霜焼けになっていた頬が殴ったことで更に痛むが、その痛みが恐怖を紛らわしてくれる。
狭くなっていた歩幅が徐々に戻り、もう後は2mもない距離まで近付いた。
「ガァ!? グルゥゥ......! ゴァアアア!!」
コゲツは先ほど一瞬だけ見せた戸惑いのようなものが更に大きくなり、何かを掃う様に頭を大きく振ったりしている。
俺にはそれが濁った魔力から逃れるために苦しんでいるように見えた。
それに気付いた時、身体は自然と駆け出してコゲツの頭を抱き締めていた。
元に戻す方法などは分からないし、何も考えていない。
ただ、苦しんでいる家族を抱き締めてやりたいとそう思っただけだ。
「ガァアアア!!」
未だ正気ではないコゲツが俺の左の肩口に噛み付いた。
肉に牙が食い込み、万力の様に圧し潰されそうな咬合に骨が悲鳴をあげる。
「ぐっ! 大丈夫......大丈夫だぞコゲツ......」
俺は痛みに耐えながら声を掛けてコゲツの頭を撫で続ける。
本気で嚙み殺すなら簡単に出来たはずだ。
彼自身も心の中で濁った魔力や窮奇の本能と戦っているのだろう。
しばらくすると次第に噛み付く力が弱まり、俺の肩から牙が離れた。
その瞳はいつもの茶色がかった黒が戻っているが、まだ戦いの最中なのか苦しそうな表情を見せている。
牙が抜けた傷口から血が流れ胸へと伝っていく。
すると不思議なことが起きた。
俺の身体に刻まれている雷の火傷跡のような聖痕が淡く青白い光を放ち始めたのだ。
「なんだ......これ? 身体が熱い......」
この感覚はいつかクラマで経験したことがある。
聖痕が光ると奇跡が起きるとされていると師匠が言っていた。
今俺が望む奇跡は1つだ。
コゲツを元に戻してやってほしい。
俺がそう強く願うと光は一層強くなり、コゲツの纏う濁った魔力が浄化されていくように感じる。
「良かった......」
まだ完全に消えたわけでは無いがもう大丈夫だと感じた俺は安堵し、コゲツの頭を抱き締める力を強めた。
だが、聖痕の光熱が強まる程に身体から力が抜けていく。
確か以前はこの後に意識を————
次第に痛みや寒さを感じなくなり、俺の視界は暗転した。




