百十九話 氷の強度
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「どウシた? モう仕舞いカ?」
「お前の父ハルモ・ジワラを殺したのは俺だ」
「ナっ、何を言っテいル!? キさマのような小僧がダト!?」
妖魔になったハルアが激しく動揺を示した。
まさか目の前の自分よりも遥かに弱い小僧が父親を殺した張本人だなどとは信じられないのだろう。
動きが完全に止まり、次の俺の言葉を待っている。
「暗闇で背後から組み付いて喉笛を切り裂いた。これを知ってるってことが証拠になるだろ?」
「きさマ! キサまガぁああアア!!!!」
殺害方法という暗殺者本人と周りの兵しか知らないような情報を話すと、先ほどの余裕から一転して激昂し始める。
ハルアは巨大な両腕で蚊を叩き潰す様に動いた。
コイツが余裕を持って攻撃を受け続けている間、この身体構造であればどのような動きをするのかをずっと考察していたので予想の範疇の攻撃であり、雷神眼で動きの出だしを読んでもいたので即座に懐へと滑り込む。
腰に着けている鹿革製の子袋の中にある小さな袋から中身の粉末を握ってハルアの身体に撒くようにぶつけた。
左足の横を通り抜け背後に回るとその背にも投げつける。
そして身体ごと振り向いたハルアの顔にも同じように投げつける。
「ギサまァ! 武者ヲ愚弄すルナぁ!!」
粉末を浴びせられたハルアは更に激昂し、怒りで行動が単調になっている。
数度躱すと捕まえて殺すことに拘らなくなったのか、頭上に大魔法の”起こり”を感じた。
「-虚空-」
術名を唱えると同時に脳内で一筆書きの五芒星が幾重にも重なった光景を想像すると大魔法のために集められていた魔力が霧散した。
「ナっ!?」
「言ってなかったけど今みたいに魔法を消したからキキョウは生きてるよ。お前の暗殺は失敗してるから」
「......バカなアぁあアあ!!!!? アぎゃペ、イギがでわゴロぐゲギゃラ!!!!」
俺のついた嘘による挑発を理解するまでに一瞬の間があった後、ハルアは壊れたように怒り狂った。
完全に怒りに飲まれた様子で、もう人語を話す知性は見えず言葉にならない叫びをあげ続けている。
デタラメに行使しようとする魔法を全て零と虚空によって順次打ち消す。
複数を同時展開するほどの思考は出来ないようで助かった。
だが背後から発生されるものはわざと打ち消さずに避けるだけに留める。
そのうち背後からの攻撃ばかりになった。
どうやら本能的なものなのか、それくらいの学習はまだ出来るようだ。
段々と鈍くなる何度目かの大振りの殴打を躱し、懐に潜り込むと俺の真後ろに”起こり”を感じた。
ついにきた!
俺が背後から迫る氷の槍を躱すと、氷の槍は同じ氷を纏っているはずのハルアの胸に突き刺さった。
「ギュげあッ!」
ハルアは自らの氷の槍が突き刺さったことに驚いた表情で呻き声をあげて吐血する。
魔法で生み出した氷同士の強度に差があったのは俺が仕掛けた細工のせいだ。
と言っても、さっき俺が撒いていた物はただの塩だ。
氷に塩を掛けると周囲の熱を奪って氷の温度が一気に下がり、その結果溶けやすくなる。
塩によって溶けて脆くなった氷の鎧を新しく作られた氷の槍が貫いたというだけの話である。
動きが段々と鈍っていたのも氷の温度が下がる際に周囲の熱を奪うからだ。
おそらくハルアは内功型ではないので纏った氷によって身体から急激に熱が奪われたことで運動機能が低下したのだろう。
胸を貫かれた妖魔の身体が、穴の開いた風船のように段々と萎んでいく。
次第に人の身体へと戻っていくその途中でいきなり氷の槍が消えた。
「貴様だけは道連れにしてやる!!」
「っ!?」
突如意識を取り戻したハルアが右手に取り込まれていた折れた刀で襲い掛かって来た。
辛うじて避け、雷神眼で動きを捉えようとしたとき周囲に同時に5つもの”起こり”を感じた。
俺が一度に複数を消せないと踏んだのか、同時展開が出来るほど思考が戻っている。
”起こり”の場所は把握できているが、どれを避けてもどれかが当たるような配置になっており、1つ消せたとしても全てを躱す事は不可能そうだ。
「父の仇!! 死ねぃ! -氷槍-!」
こうなればいくつかまともに食らっても致命傷だけは避ける動きを————
俺が瀕死になるのを覚悟した時、目の前の殆ど人の肉体に戻っていたハルアの首に飛びつく影があった。
「ガァアアアアア!!!!」
「がっ!!」
コゲツだ。
コゲツがハルアの首に飛び掛かり、そのままゴキリという音と共に骨を噛み砕いた。
”起こり”まで見えていたハルアの魔法は発動しなかった。
俺が一度に消せる数を把握する時間が無かったせいだ。
1発であれば恐ろしく速い発動が出来る彼でも、確実に殺すため5発も同時展開したことで構築から発動までに時間が掛かったのだろう。
思考が落ち着いたことでハルアの用心深さが戻った事と、ずっとヤツの首を狙う機会を伺っていたコゲツのおかげで命拾いをする事が出来た。
礼を言おうとコゲツに近付くと、何やら様子がおかしいことに気づく。




