百十五話 真皇后を名乗った女
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天幕内には護衛兼監視役の女性兵と俺を見て血の気が引いているキキョウが居た。
俺は天幕に入るなり跪いて挨拶をする。
「キキョウ様、お目覚めになられたと聞いて参上いたしました」
「ひっ! こ、小鬼! 妾を殺さないでたも!」
えー。小鬼て。
確かに背はまだ小さいけども。
伸びないのを気にしてるんだからな!
「殺すなどとんでもない。私は兵部権大輔ヨリツ・トールの次男で兵部見習いのツナ・トールと申します。お連れする際に少々無礼な態度をとりましたことをお詫び致します」
「こ、殺す気ではないのかえ?」
「はい。キキョウ様はマサード殿の御寵愛を受けておられるとか。是非とも我らにもマサード様の御威光をご教示頂きたく存じます」
騒いでいた際の印象しかないが、少し残念な人っぽいから下手に出て持ち上げれば気持ちよく情報を話してくれそうな気がする。
ミチナ様や他の兵はこういう立ち振る舞いはプライドが許さないだろうけれど、俺はそんなものはこちらの世界では最低限を残している程度なので必要とあれば頭も下げるし足蹴にされることも厭わない。
「無礼者っ! 帝を名で呼ぶなど! 失礼であろう!」
「いえ、申し訳ありませんが我々は立場上、神皇陛下の臣でございます。二君を仰ぐような不忠者やすぐに鞍替えする様な軽薄者はマサード殿もお嫌いでしょう? 我らは名で呼ぶことをご容赦頂きたく」
「むっ。確かに......。呼応すると言いつつ全く動きの無いあのムサシの妖婆は帝も好きになれぬと言うておったわ。元々はあやつがヤシャ等という得体の知れぬ女を連れて来たせいだというに......」
ムサシの妖婆......オキヨ様のことかな。
ふむ。マサードとオキヨ様は仲が良いわけでも連携を取っている訳でも無いということか。
ヤシャはやはり女......。
斬る機会があれば躊躇してはいけないな。
マサード軍の連中は魔神という存在は知らぬようだし怪しいだけで魔族、いや亜人とでも考えているのかもしれない。
連れて来たオキヨ様は恐らく知っているのだろうけれど。
腹が減っているのではと俺の作った肉無し味噌粥を振る舞うと、普段マサード軍で食べている物と味の違いに驚いたのか3杯も平らげていた。
「皇京ではこのような物が毎食食べられるのかえ!?」
「ここ数年は様々な調味料理が生まれているようですね。庶民にはまだまだ普及していませんが、祝い事の際に振る舞われる肉料理などは徐々に認知されているようです」
「に、肉......。妾は肉は苦手じゃ。魔獣を操る術を持つが故に全ての生き物に愛着が湧いてしまうのじゃ」
高慢ちきな方かと最初は思っていたが、意外に心根は優しいのだな。
しかしその術で間接的に大勢の人が死んでいることには目がいっていないのだろうな。
その言葉を聞いた護衛の兵士の手に力が入っている。
「お優しいのですね。ですが其処に我ら人の命は入っておられますか?」
突如、監視役の女性兵士が口を開いた。
東正鎮守府軍は魔鷹に偵察されていたせいでかなり被害を被ったからな。
全ての生き物に人の命が勘定されてないことに気付いて憤っているのだろう。
「勿論じゃ! 妾は帝と共に遍く命を慈しんでおる。それは力ある者の責務じゃ!」
「ならば貴女様の魔鷹が齎した情報で私の息子が死んだことはどうお思いになられますか!?」
監視役の女性兵は怒声とも悲鳴とも取れるような声で問い詰めた。
右手が腰辺りで震えているのは太刀に手を掛けそうになるのをなんとか抑えているのだろう。
「! そ、それは、其方と子には悪いことをしたと思うが、それが無ければ妾たちの兵が死ぬではないか。それに兵とは戦場で死ぬことを誉れとしておるのであろう?」
「!! ————」
まさかのキキョウの口から正論が出た。
監視役の彼女は返す言葉が見つからなかったのか唇をきつく噛んで出て行ってしまう。
息子さんを亡くした憤りを今日まで誰にもぶつけられずに居たのだろうな。
そしてその元凶にも思えるような相手から目の前であんなことを言われたら、文句の1つも言いたくなる気持ちは分かる。
でも出て行ったのは頂けない。
護衛も兼ねてるんだからそれは職務放棄ですよ......。
てか、男と天幕に二人で居るとかキキョウに瑕疵が付いちゃうじゃないか。
俺も天幕から出て行った方が良いか?
いやでも護衛と監視が居ない方が問題か。
「のう。ツナ。妾は間違っておったのか? 妾が魔鷹で空から見えるものを伝えるといつもマサード様は喜んでくださるのじゃ。魔兎で聞こえた話をその通り伝えると褒めてくださるのじゃ。それはいけないことだったのかの……?」
キキョウは俯いたままボソリと独り言のように呟く。
俺は名を呼ばれたことやマサードを名前で呼んでいる事に驚いた。
「いいえ。キキョウ様がやっていたことは間違ってはいません。敵方のキキョウ様を前にして彼女は子を亡くした痛みが溢れ出てしまったのでしょうね」
「どちらにもそれぞれの大義がある。戦になるとどこでだって起きる事です」と付け加えるとキキョウは俯いたまま頷いていた。
「そうか......。子を亡くすとそんなにも心が痛いのか。怖いのう」
怖い? え。もしかして……。
「そうじゃ。妾の胎にはマサード様の子がおる」
「はぁーーーー!?」




