百十三話 弔いの火
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本陣に戻ると篝火の前で暖を取る。
僅か5分も無い寒中水泳だったが指先は感覚が無いほど冷え切っていたのだ。
一緒にずぶ濡れになった魔獣使いはミチナ様監視の下で女性兵に天幕で着替えさせられている。
俺はサモリ殿に夜襲の成果を報告していた。
「よくぞ戻った。して首尾は?」
「はい。夜霧の中でも冷静に陣頭指揮を執っていた男を狙ったので恐らく敵将を仕留められたかと。敵兵が呼んでいた名前からハルモ様という名でした」
「ハルモ......。恐らくハルモ・ジワラ殿だな。マサード軍の副将とも言われている人物だ。よくやった! これは大手柄だぞ!」
マサード軍の副将。そこまでの大物だったとは。
撤退をせずにあそこで一夜を過ごすなんて判断は何故したのだろうか。
魔獣使いの言葉に副将以上の重さがある?
たしかに魔獣使いが隠れていたあの天幕の中は戦場というには豪勢だったが、身分の高い人物の可能性が?
「いえ、魔獣使いの暗殺に失敗して申し訳ありません。怯えた女性であったために斬ることが出来ませんでした」
「まあ今回は仕方あるまい。連れ帰ったことで情報を吐かせることも出来るだろう。だが、その判断で味方が死ぬこともあるということは肝に銘じておくことだ」
サモリ殿の忠告に大きく頷いた。
今日俺が煙攻めを仕掛けて死んだ二百名の中にも女性兵は居る。
だが、実際に目の前にして刀を振り下ろせなかったのは改善すべき甘さだな。
そうは思っても命を刈り取ることはまだ怖い。
あれだけ覚悟を決めたはずなのに、敵将を討った時も目を閉じた状態で雷神眼でしか相手を見ていなかったので死にゆく相手の表情を目に焼き付けたりはしていない。
じっと炎を見つめていると寒さだけではなく恐怖で手が震えていた。
そんな俺の手にふと温もりが宿る。
「おかえり。敵軍の将を討ったんですって? 流石ツナね!」
「サダ姉……」
震える右手がサダ姉の両手に包まれていた。
「兄様ですから当然なのです!」
「エタケ......」
左手はエタケの小さな両手が包んでくれていた。
「オレ様の援護のおかげだな!」
「キント兄......」
頭の上にキント兄の大きな右掌が乗せられていた。
家族の温もりが心に積もりそうになっていた恐怖を解かしていく。
心の中にじんわりと柔らかな光が灯った気がした。
そうだ。俺はこの人たちを守るんだ。
ギュッと両手に力を入れて握ってくれている手を握り返す。
「ありがとう。みんな......」
笑顔を浮かべたはずなのに視界がぼやけた。
頬に温かいものが伝っていく。
それを見た兄姉妹たちの手に少し痛い程の力が込められる。
それは優しく温かな痛みだった。
■ ■ ■
昨夜はいつの間にか眠っていたようで、朝になると天幕の中で兄姉妹たちが一緒に寝ていて驚いた。
嬉しいけども同腹の兄姉弟妹とはいえ同衾するのは姉妹の瑕疵にならないか心配だ。
とりあえず三人を起こして姉妹を自分たちの天幕に帰らせた。
顔を洗って日課の素振りを行い朝餉を頂く。
今日の煮込み料理には昨日の戦闘中に煙に巻かれて死んだ敵の馬肉が使われている。
食べるのは若干抵抗があったが食べるとやはりただの馬肉なので美味しくいただいた。
夜中に戻っていた父上と会ったので戦況を聞いてみると敵は夜霧が晴れた段階で撤退を決めて夜中のうちに湖畔から撤退したそうだ。
死体なども引き揚げていったらしいので俺が殺した敵将の首級はあげられなかったということだが俺は別に構わない。
今日は休みだということで鉄鍬を借りて開けた場所に穴を掘り始める。
昨日出た四百体近い死体の焼却用かつ埋葬用の墓穴だ。
さすがにすぐには腐らないからと峠道に野晒しや斜面に打ち捨てておく気にはなれない。
普通は近くの農民などにお金を渡して後処理を頼むらしい。
衣服を再利用したり死体の髪を抜いて鬘を作ったりするらしいが鎧や衣服はまだしも鬘はちょっとな......。
呪いや祟りをかなり恐れるのにその辺には無頓着なのが謎な所だ。
そんな訳でミチナ様に頼んで埋葬許可を貰った。
弔いは先日建立を決めた寺で後日にやってくれるそうなので穴を掘って荼毘に付したら埋めてお仕舞いだ。
一人でそんなことをしていると、見かねたのかレヒラ嬢を始めとした土属性魔法の使い手たちが協力を申し出てくれる。
ウスイ湖の湖畔に陣地を構築する命令が出ていたはずだが、穴を掘るくらいならと魔法で手伝ってくれたおかげで数十分のうちに深さ50㎝、縦10m、横40mの穴が完成した。
こんな規模、絶対に陣地構築に影響が出るだろ......。
いつの間にかミチナ様が周辺の農民を連れて来ており、遺体を穴に運び入れるのを手伝わせていた。
鎧や刀は渡せないが衣服は構わないと許可したらしい。
死体から身包みを剥がすのは気が引けるが、この辺りの寒さを考えると布は幾らあっても足りないだろうというのは服を借りたので身に染みて知っている。
勿体ないもの。資源の有効活用は大事だからな。
血や泥で汚れた物はネヨリ嬢が水魔法で洗ってくれている。
ちなみにあの時の服は既に洗ってあったのでさっき持ち主に返せた。
僅かばかりの心付けを渡すと借りたのはこちらなのにお礼を言われてしまった。
そんなやりとりもありつつ、夕暮れ前には村人の助けもあり全裸もしくは半裸の死体たちが穴に運び込まれて並べられた。
死体の隙間と上に薪を組み、リノブ嬢とミチナ様によって暫く衰えることのない火力で荼毘に付されていく。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
「輪廻転生後は味方に生まれて来い」
ミチナ様はお経をあげて、父上は炎に囁きかける。
俺は燃え盛る炎の前で両手を合わせて静かに彼らの冥福を祈った。
おそらく死と同時に転生した俺には死後の世界があるのかは分からないが、彼ら彼女らも転生していたら転生していた先で元気にやっていて欲しいとも思う。
ふと周りを見るとその場の皆も祈っていた。
先日の敗戦で亡くなった味方の墓もまだ不十分なので、内心では敵の墓穴を用意してやることに複雑な思いを持っている者も多いだろうに。
助力を申し出てくれた人達には感謝しかない。
火が消える頃には夜更けになっており、埋めるのは明日にして天幕に戻って眠ることにした。
なお今回集めた刀や黒鉄の鎧は過剰な分を鋳溶かして後日農具などに利用されるようだ。
やはり着物や鬘もそうだけど資源の再利用は積極的に行われているんだよなぁ。
火葬を広めるには衛生面ではなく火葬した骨粉が畑の肥料になるとか付加価値があるという噂を流せばワンチャン……?
やめよう。万が一にでも狂牛病みたいなことが起きても嫌だし。
皇京で公衆トイレや無患子石鹸を流行らせたみたいに、地道に衛生意識を改革していくしかないかな。
天幕の中でボーっとしながらそんなことを考えていると何時の間にか微睡の中に沈んでいた。




