百九話 反撃の狼煙
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「昨日は大変申し訳なかった!」
「いえ、敵の術中に嵌ってしまっていたのはお互い様です。こちらこそ申し訳ありませんでした。それに敗戦の責は既にミチナ様がお取りになるとおっしゃられたのでこれ以上の謝罪は不要にございます」
朝起きるとサモリ殿が頭を下げて謝罪に来た。
俺の報告を聞き入れず剰え太刀を抜こうとしたことに対しての謝罪だが、俺としても例え理不尽な命令だったとしても無視してあの場で怒りから殺気を放った後ろめたさもあったので報告後のやりとりは全て無かったことにしてくれたほうがいい。
「わかった。だがこれは言わせてくれ。お前が黒鉄の鎧を私に身に着けるようにと言ってくれたことに感謝している。おかげで死なずに済んだ」
「そうでしたか。お役に立てて何よりでございます」
サモリ殿と和解して一緒に朝餉を摂った。
飯の後に聞いたのを後悔したが、やはり昨日の戦況は惨憺たるものだったらしい。
怒りに任せて命素が尽きるまで魔法を放って気絶する者、恐慌に陥ってその場で泣き崩れる者、怯えて逃げ出す者、無謀にも突撃を敢行する者など、戦闘が開始してからはもはや軍隊の体裁をなしていない状態だったという。
その結果三百名以上の死傷者を出した。
言い方は悪いがコゲツを渡さなくて正解だったな。
人の感情を増幅するだけという魔法でここまで大々的な戦果を挙げたネアキラ・タージの首級は本陣を移す前にありったけの浄化の魔法を掛けられた後に荼毘に付された。
この国では火葬は身分の高い者に許された葬儀の方法らしく、皇京イアンでも庶民の死体などはトリベノという場所に集められて風葬や鳥葬、つまり野晒しで自然に任せているそうだ。
これは衛生的にも非常に宜しくないので昔からルアキラ殿や爺ちゃんに解消を掛け合って貰っているが、何故か反対派が居るらしく一向に改善される気配がない。
いつか何とかしてもらいたいものだ。
気分を変える為に日課の鍛錬をこなしていると本陣に伝令が走って来た。
本陣に居た人々に緊張が走る。
「申し上げます! マサード軍が峠の手前まで進軍して来ています! その数はおよそ千騎!!」
「もう来やがったか! ヨリツ! 防衛陣地の構築はどうなってる!?」
「7割方といったところですね。今日いっぱいで完成予定だったのですが。申し訳ありません」
千騎か。この峠の横幅的に横並びになるのは広い所でも馬十頭が限界だろう。
大鎧を身に着けて、弓も引くというのなら五~六頭か。
こちらで今すぐ戦えるのが二百に満たなくともなんとかなりそうだな。
頭の中で『六袋』の豹袋に記されていた事を思い出す。
豹袋は山岳や谷間、森林などでの戦闘について記された章だ。
相手は峠道を重騎馬で攻め登るか......愚策だな。
しかし時間はあまり残されていない。
俺はミチナ様の下へと向かい、特別部隊の指揮権を正式に拝命するとテミス家の三姉妹と二十名の部下と共にウスイ山の高所へと向かった。
流石に今回は航空戦力を回して貰えないと思っていたのだが、コゲツはこちらに参加させて構わないという許可を貰ったので考えていた策を用意するのが非常に楽になった。
峠道が見下ろせる斜面の急な所へ登ると遠くにマサード軍が来ているのが見える。
眼下には俺が伝えて父上が作らせた拒馬、所謂馬防柵がいくつも並べられている。
騎乗したまま進むのはまず不可能だろうが、下馬して黒鉄の鎧の硬度に任せて突撃されると簡単に突破出来るだろう。
俺は風魔法の使い手に周囲の木を伐採して丸太を用意させる指示を出すとネヨリ嬢とコゲツに同乗してウスイ湖に向かった。
ウスイ湖に辿り着くと、マサード軍の先行部隊の二百程が湖の畔で一時休止して馬に水を与えたりしているところだった。
ここで彼らを水浸しにしても乾くまで多少進行を遅らせるだけしか効果が無いのなら少し都合が悪いか。
どうせなら乾かせぬように後が閊えた状態にして濡れたまま山道を登らせたいところだ。
気づかれないように対岸の林の中に身を隠して動向を観察する。
「ツナが悪辣な表情をしてる......」
「ちょっ! 覗き込まないで下さいよっ!」
「独り占め出来る機会なんて無いから堪能する。いっぱい揶揄う」
何を言ってるんだ? 命懸けの作戦中だぞ!?
と、諫めようかと思ったが、落ち着いてる分には良いか。
三姉妹も昨日は祖父を亡くしたんだもんな。冷静でいられるのがすごい。
俺だったら暫くは正気を欠いていただろう。
揶揄われるのは勘弁願いたいところだが、俺の策に命を賭けてくれているのだからそれくらいは受け入れてあげるのもまた隊長に求められる振る舞いかもしれない?
おかげで俺の緊張を解してくれたし。
対岸に居た先行部隊は簡易な野営地を構築すると後続部隊の先触れが到着したところで先へと進み出した。
「この場所からあの先頭辺りにずぶ濡れになるくらいの雨を降らせることは出来ますか?」
「あまり離れると精度を欠くし魔力がたくさん必要になる。でも命令ならやる」
「ならやってください。命令です。俺はコゲツと敵が少ないうちに野営地の物資を滅茶苦茶にして来ますね」
「衝撃。ツナは鬼畜だった」
誰が鬼畜か! と思いつつ、詠唱を始めたネヨリ嬢を森の中に残してコゲツと共に野営地を襲撃した。
「うわぁ! 敵襲! 敵襲!」
「例の虎と小僧だ!」
「くそ! 兵糧を守れ!」
先行部隊が立ち去った野営地には未だ先触れと少数の護衛しか残っていなかった。
食料をダメにするような攻撃は出来る事ならやりたくないが、不利なこちらが勝つためにはやむを得ない。
コゲツが飛び回って天幕をズタズタにし、俺はその布を掴んで持っていたツバキ油を滲みこませると雷珠で着火して敵の糧秣に引火させた。
冬の空気が乾燥している今だからよく燃えてくれる。
俺の目の前では先行部隊によって運び込まれて積み上がっていた馬と人のご飯が一緒になって燃えていた。
敵兵が消火しようと湖に向かうのをコゲツが噛み付いて湖内に放り込む。
それを救助しようとする者を追加で噛み付いて放り込み、俺は火の付いた天幕の残骸を振り回して他の敵が近付けなくする。
火を恐れずに突っ込んで来た者には雷珠で目潰ししてから火のついた棒きれや布を投げつけて仲間同士で消火させるなどして人数差を埋めたので囲まれることなどはなかった。
振り回したり暴れる過程で他の天幕にも燃え移り、野営地に運び込まれた物は軒並み火に包まれていた。
頃合いを見計らってコゲツに飛び乗って対岸へと去る。
あの先触れの中には大した命素量の持ち主は居なかったのだろう。
土の塊や風の刃などが飛んできたが容易に躱す事が出来た。
俺が対岸の森に戻った頃には先行部隊の一部や後続部隊が駆けつけて消火作業に当たっていた。
まだまだ一部だろうが、これで敵の侵攻計画に狂いが出て焦り始める切っ掛けにでもなれば上々だ。
昨日散々思い知らされたが冷静さを失った軍というものはとても脆い。
やられた以上に意趣返ししてやるつもりなので敵さんは覚悟しておいてほしい。
「鬼畜なツナがまた悪辣な笑みを浮かべている......。普段との差異にちょっとゾクゾク」
背後でネヨリ嬢のそんな呟きが聞こえた気がした。




