百二話 不穏な出撃準備
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「おお。毒息を倒したか。流石は私の子らだ。よくやったな」
「お父様!!」
合流の為に動き出そうとしていた俺たちの所へ紫電を纏った父上が駆けつけてくれた。
大鎧には土埃や枝葉がそこら中に付着して汚れている。
そして腰には父上を連れて転移した男の首がぶら下がっていた。
「父上! その首級は先ほどの?」
「ああ。ネアキラ・タージと名乗っていた。殺気も感じず急に別の場所に転移させられてな。お前達の下へ飛んで行かれても厄介だと思ったので足止めしていたのだ。毒息の反応が消えたことに驚いたのか突然動きが止まったのでその隙を突いて首を頂戴した」
「お見事で御座います」
逃がすと厄介だと思っていた相手は父上が討ち取ってくれていた。
こんな強者と家族である事が本当に心強い。
父上にも魔獣使いは腹の中だろうと伝えると、捌いて取り出す気にはならんなと、落ちていた毒息の頭の方を肩に担いで持って行くことにした。
ちなみに俺たちを包んでいた闇は術者が死ぬと消えたらしく、結界の魔術具の方は父上が此方に戻ってくる途中に見つけたので破壊してくれたようだ。
峠口まで戻ると待機させていた人員から歓声があがり、それにつられる様に兵や村人が集まって来て、あっと言う間に人集りが出来た。
陣地からミチナ様がやって来ると群集はサッと左右に分かれて俺たちの前まで道が出来る。
「ミチナ様。ご命令通りウスイ峠の大蛇を討ち取って参りました。また結界を張っていたネアキラ・タージなる者もこの通り」
父上が担いでいた毒息の頭と腰に下げていたネアキラの首級をミチナ様の前に並べた。
「流石トール家の強者達だ! ネアキラ・タージと言えばマサードに仕える側近の一人よ! 見事大役を果たしてくれたな! 何か望む褒美を取らせるぞ!」
「はっ! 有り難く! この大蛇は我が子サダが討ち取りました。毒息という魔獣ですがこれほどの大きさから察するにこの辺りの山林の主だった可能性がございます。悪党に操られていた為やむを得ず討ち取ることになりましたが、どうか丁重に弔って頂ければと」
「確かにこれほどの大物ならば主やもしれんな! ならば万が一祟りなどが起きぬようこのウスイ山に寺を建立し大蛇の頭骨を什宝として丁重に奉ろうぞ!」
その二人の言葉を聞いていた群集たちからは大きな喝采があがる。
寺が建立されれば貴族の庇護下に入り、それに伴って周辺の土地も賑わうためだ。
それにしても割れんばかりの歓声だな。
この辺りはこれまでそんなに貧しかったのか?
周囲の熱気冷めやらぬ中、俺たちは身を休めるために天幕へと下がる。
後で父上からどうして恩賞で毒息の御霊を鎮めることにしたのかと聞いたところ、ミチナ様とのやり取りは純粋な山林の主への敬意や祟りが怖いからという訳ではないことが分かった。
ウスイ山の辺りは東正鎮守府からは山を挟むためやや距離があるが、細い峠道一本を抑えればコウズケとの行き来を防ぐ事が出来るので国境としてとても重要な地だ。
この場所に寺を建立することで周囲に鎮守府やミチナ様の威光を示し、周辺の住民には帰属意識を持たせるつもりなのだという。
今まではそういうものが無かったために前回はマサードが侵攻してきても周辺住民は東正鎮守府への避難や助力などをしなかったようだ。
大蛇の頭骨などという一目見て分かる威光があれば効果覿面ということらしい。
わざわざ主が悪党に操られていたと告げたのもマサード軍の悪辣な所を指摘して嫌悪感を植え付けるためだろう。
更に主を討ったのは悪のせいで仕方が無かったとしたことで祟りなどを民衆が恐れることが無いようにし、討ち取ったのがサダ姉であると明言することでサダ姉の武功に箔を付け、テミス家の治める寺がそれを認めているという事実が出来上がる。
それによりトール家とテミス家の結束が固いことも周知出来るのだと教えてもらった。
そんな沢山の思惑があったと聞かされたとき、あのやり取りだけで即座にそこまで考えることが出来る統治者という立場は自分には向いていないと思い知らされた。
爺ちゃんは力だけで成り上がったと口ではずっと言っているが、父上がこれ程までに貴族然としていることからも、あれは転生のせいで既に思考が成熟している俺に余計な気苦労を掛けさせないための嘘だったんだろうと分かった。
本当に世話になりっぱなしで頭が上がらない。
来年の春には5年もののウイスキーが出来上がっているはずなのでそれで少しは恩返しになるといいな。
そんなことを考えつつ用意された湯で身体と服の汚れを落とすと仮眠を取った。
数時間ほど経っただろうか周囲がやや慌ただしくなり大鎧のガチャガチャとした音や、馬の足音が聞こえる。
呼び出しが掛かっていない為、俺には無関係な行軍ではあると分かっているのだが、気になって天幕の外へ出てみると、そこには出陣準備を整えたサモリ殿やテミス家の姿があった。
「ミチナ様! これはどういうことですか!?」
「ああツナか。見ての通りだサモリが兵四百を連れて今からコウズケにあるマサードの陣に向かい、明日の朝一番で襲撃を掛けるんだ」
「そんな無謀な!」
いくらなんでも無謀が過ぎる。
この短時間で一体何があったというのだろうか?
「それはオレ様たちの報告のせいだな」
「申し訳ありません。兄様」
「キント兄!? エタケ!?」
俺が声を荒げると申し訳なさそうな顔をしたキント兄とエタケが現れた。
二人はコウズケや周辺の国々にマサード討滅の詔を写した書状をバラ撒いていたはずだが?
「今朝の話だけどよ、オレ様たちはヒタチ国の豪族の所へ書状を撒いて国から出るところだったんだ。そしたら焼け落ちた国府の跡地に人が集まってるってんで様子を見に行ったんだよ」
「するとそこにマサードが居ました。ヒタチ国の領民を集めて、捕まえていた役人たちを見せしめとして名と罪状を叫びながら斬首していたのです......」
「マサード本人が!?」
キント兄は気まずそうに、エタケは少し青ざめつつも何があったのかを話す。
その報告を聞いて俺は驚いた。
マサードがコウズケに築き始めた拠点から出て行ったという情報は上がっていないはずだ。
バンドー諸国の結束を固めるために夜陰に紛れて出て行ったのだとしたら、居ないうちに作りかけの拠点を破壊するのは効果的だろう。
でもそれでも確実に居ないという訳では————
「オレ様が全力で顔面を殴ったのに平気な顔で殴り返してきやがったんだ!」
「なっ!!?」




