百話 ウスイ峠の毒大蛇
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準備を整えてウスイ峠口で待っているとすぐ後に父上とサダ姉がやって来た。
「よし。出発する。様子を探らせた兵の話ではある地点まで行くと不意に辺りが暗闇に包まれるそうだ。恐らく結界が張ってあるのやもしれぬ。空から存在を確認できなかった理由もそれなら辻褄が合う」
「では敵に陰陽道に通じる者が居ることを考えると敵の数は毒大蛇、魔獣使い、陰陽術使いで最低三体ですね。魔獣使いが陰陽術にも精通している可能性も考えられますが、一人で全てを賄うには魔力が持たぬでしょう」
「結界は外から壊せないのかしら? わざわざ相手の術中に嵌ってやる必要も無いと思うのだけど?」
状況を把握しながら敵の戦力を分析していく。
サダ姉の言う通りに出来れば一番だろうが、斥候の攻撃ではビクともせず、結界の周囲でも何も発見できなかったことを考えると、結界内部の中心地点に何か結界を維持する札等の魔術具が設置してあるのだと思われる。
そのことを説明するとサダ姉は「良い方法だと思ったのに」と愚痴を零した。
苦笑しつつ不貞腐れたサダ姉の方を見ると首元に見慣れない木札が結ばれているのが気になった。
「サダ姉。その首から下げている木札は何ですか?」
「ああこれ? 三昧耶形っていうコウボウ様が遺した神仏の持ち物を描いた標識みたいよ。戦場に向かう御守りとしてルアキラ殿が妾たち三人にそれぞれ授けてくれたの。妾のは水瓶でキントが鉞斧、エタケのは弓が描かれているわ」
西洋で言うところのアトリビュートみたいなものか。
というかルアキラ殿はどうして俺には渡してくれなかったのだろう?
「あ~、ツナはほら、転生したときに何の神様から加護を受けているか分からないから下手に神仏を象った物を持たせない方がいいだろうって言ってたわ。神仏にも相性があるみたいだからしょうがないわよ。苦手同士を一緒に持ってしまって天罰が起きたりしたら嫌でしょ?」
「なるほど......。それもそうですね」
俺の態度から考えていることを察したサダ姉が俺に御守りが無かった理由を話してくれた。
たしかに神仏にも相性や敵対関係みたいなのはあるからな。
爺ちゃんは周囲には天空大神だと言ってはいるが、実際の所、俺の身体に刻まれている雷の火傷跡のような聖痕を付けたのがはっきりと誰なのかは分かっていない以上は仕方ないか。
俺がやや気落ちしつつも納得して頷くとサダ姉がポンと肩を叩いて慰めてくれた。
「御守りなんてなくともツナが危なくなったら妾が助けてあげるわよ」
「ありがと。頼りにしてます」
「二人とも。そろそろ兵が結界を発見したという場所に着く。集中せよ」
「「はい!」」
目の前の道を雷神眼に神経を集中して視ているが、特に目立った変化はない。
結界によって阻害されているのだろう。
俺は足元の小石を拾い目の前に向かって投げるとある地点で小石が消えた。
同じように雷珠を飛ばすと同じ地点で次は壁に当たったかのように霧散した。
「そこが結界との境のようだな。残念ながら魔法は通り抜けられんようだ。中に入るしか方法は無いか」
「中に入ったら暫くの間だけ私を守ってくださいませんか? 探知の魔法を使っ——」
「ダメだ」
「ダメよ」
俺が探知魔法の雷捜を使う提案をしようとすると言い終わる前に却下されてしまった。
この魔法は以前爺ちゃんに5年間の使用を禁じられてからまだ後半年ほど期間がある。
やはり戦時であっても特例的に認めてはくれないか。
俺も試してみたいとは思ったがダメ元で聞いた部分がある。
なにせ3年眠っていたブランクもあるので久々に使うのがぶっつけ本番だと何かが起きた時に困るからな。却下されたことに異存はなかった。
「妾が入った瞬間に正面いっぱいに広げた雷波を放つわ!」
「悪くない案だがそんなに広範囲に放ってしまうと戦闘になった際にサダの命素が足りなくなると困る」
「そ、そこは気合でなんとかしてみせるわ!」
サダ姉は根性論を持ち出したが父上が首を縦に振る事は無かった。
気合というのは案外バカに出来ないものらしく、生命力とされる体力や気力が大きく関わる命素に限って言えば、気合で限界を越えた力を出すことも出来るらしい。
だが今回は相手が毒を使えるということで万が一に備えて峠口に戻るまでの余力は残しておきたいのだ。
結局、俺が先頭で雷神眼で生き物の気配を探り、サダ姉が雷の玉を浮かべて灯りを確保しつつ、父上がどこから敵が現れても対応出来るように後方で目を光らせるという隊列を組み、結界の魔術具の破壊を目的に中央を目指すということになった。
結界内に入ると本当に周囲の景色が闇夜のようになる。
サダ姉の雷玉で照らしても見える範囲は10m程だろうか。
少し進んでさすがに暗いと思ったサダ姉がもう2つ雷玉を追加しようとした時、雷神眼に此方に迫る巨大な反応があった。
「南西からデカイのが来る! 警戒して! 接敵まで10・9......3・2・1!」
「来たわね!」
「む! たしかにコイツはデカいな!」
サダ姉の雷玉に照らされたその毒大蛇は毒々しい紫の鱗をした胴回りだけで60㎝もの太さがあり、鎌首をもたげるその頭には暗闇でも光る真っ赤な眼が煌めいていた。
たしか魔獣図鑑に載っていた毒息とかいう名前の魔獣だ。
「シャーーー!!」
「通常よりデカいがコイツの名は毒息だ! 皇京の近くにも生息しているので対処法は知っている! 毒の息以外には巻き付きと噛み付きに注意せよ!」
「「はいっ!!」」
毒息は威嚇するように口を大きく開いたが、父上も既知の魔獣だったらしく俺たちに注意すべき行動を教えてくれた。
「貴方が一番厄介そうだ。暫く私と遊んでいてください。 -夜攫-」
「な!?」
俺の雷神眼に唐突な生体電流の反応があった。
父上の真後ろに突然狩衣姿の男が現れ、父上の背に触れて術を唱えると二人まとめて再び消え去った。
「え?」
そうだ。毒息は大きな毒蛇の魔獣なだけで陰魔法なんて使わない。
つまりこの闇を作り出した存在が別に居たのだ。
そしてそいつはこの闇の中を自由自在に行き来が出来るとみるべきだろう。
容姿に引き摺られてしまうのは良くないが目に見える範囲で武器を持っていなかったことから術師であると考える。
先ほどの台詞通りだとしたらここから離れた場所で父上の相手をしているのだろう。
だが何よりも俺が驚いたのはヤツの転移に”起こり”が視えなかったことだ。




