九十七話 サダ姉の失恋
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「どうして急にそんな話を?」
「妾とミチナ様が話していた時にツナは知りたそうにしていたじゃない」
自分ごととは言え態度や表情で色々とバレてしまうのがそろそろ怖くなってきたな......。
しかし、どう考えても安易に踏み込んでよい話ではないのは分かる。
ヒノ国の貴族家の中でも一番大きなジワラ家。
その一族と婚儀を結ぶ為の縁談を受けたのだから単純な恋愛話で終わるものではないだろう。
いつだったかエタケが「姉上のアレは気の迷い」だとか言っていたっけな。
それに今朝のテミス家当主であるミチナ様からの謝罪。
何よりもお相手は既に亡くなっている。
間違いなく厄介なことが起きていたのだろう。
サダ姉は俺と4つ違いだから前世で言えばまだ中学1年生くらいだ。
年端も行かぬ少女の心にどんな傷が遺されてしまったというのか。
1年数か月前なら尚更だ。
「たしかにあの時は知りたいとは思ったけど、話し辛い事だろうし無理しなくていいよ。知っても知らなくても俺のサダ姉に対する態度は変わらないからね」
「そっか......。じゃあ、聞いて?」
「う、うん」
俺の返答に対してサダ姉が少々強引に話を始めた。
「縁談を申し込まれたのは今から大体2年前ね。その頃の妾は自分で言うのも情けないけれど精神的に弱っていたの。だって半年も掛けて作った血清とかいう解毒薬を飲んだのにツナは1年間も目を覚まさないんだもの! もう駄目なのかなって心のどこかで考えてしまっていたわ......」
「うん......」
大事な家族が眠ったまま何年も目を覚まさないというのは待たされる側からすればとてつもない苦痛だろう。
もし俺が待たされる側の立場だったら、同じように絶望するか、世界中を巡ってでも治療法を探し出すかの二択だな。
何も出来ずに唯々待ち続けるだけというのはあまりにも辛い......。
無論、それは前世の知識がある前提だ。
大切な人達に危険を冒してまで見つかるかどうか分からない治療法探しに出て欲しいとは思わない。
「そんな時にトール家の後継をどうするかで少し揉めることがあったの。キントはどうしても好いた方と添い遂げたいから、向こうが嫁ぎに来ないと言ったときは自分が出て行くって言い放ったの」
「なんとまぁ、キント兄らしいですね」
一途な純愛だと褒めるのは簡単だが、貴族である身分や家を捨ててでもというのは後先を考えていないだけとも言える。
「そうなった場合、トール家を継ぐのはツナになるのだけど、何時目を覚ますのか分からないもの。このまま10年だって眠っているんじゃないかって心配するのは当然でしょ?」
「そうだね」
「エタケは自分が継いでも誰とも婚儀を受ける気はないからその場合はキントのところで生まれた男子を養子に取るなんて言い出すのよ。だから妾が婿を取る方向で縁談を受けることにしたの」
「な、なるほど......」
ちょっとエタケさん? どうしちゃったのさ!?
あれかなエタケも精神的に不安定になってて、誰かを失うような経験をするなら誰とも結ばれないほうが良い! みたいな思考になってたとかか?
「そこでジワラ家から誼を結びたいと紹介されてきたのがウキョウ亮ヤスス・ジワラ様だったの。初めてお会いした時はとても驚いたわ。だってヤスマ殿と瓜二つなんですもの!」
「へぇ! それは珍しいですね」
「うん。それで理由を尋ねてみたら、ミチナ様が昔にジワラ家と誼を結ぶために生まれた双子の片割れを養子に出されたそうなの。だから武門の血が流れているんだって自信を持っていらしたわ」
なるほど。そこでミチナ様が関わってくるのか。
あの方が産んだのは一卵性の双子兄弟に三つ子姉妹か。凄い確率だ。
ミチナ様かサモリ殿どちらかの体質か遺伝なのかもしれないな。
「それでね。ならば試合をしてみましょう? って提案したの! 戦ってみたら驚いたわ。同じ雷の放出型なのに妾よりもちょっとだけ強かったのよ! ちょっとだけだけど!」
「それはすごいですね!」
「ええ。それから少しだけこの人良いなって思ってね。お顔もヤスマ殿と同じだからカッコいいし。お話も気が合ったし! ツナの話もいっぱい聞いてくれたわ! もちろん話しても問題の無い事しか言ってないわよ!? でもそれは少しおかしい事だったのよね......」
雷の放出型でサダ姉を越える使い手となるときっと将来はサキ母様や爺ちゃんに並ぶ程の実力者だ。聞く限りでは非の打ち所がない人物だったように思えたが?
「ある日、ウチに招いた時に何故かツナの部屋の場所を知りたがったのよ。今はクラマに籠って修行しているから対屋には居ないって教えたはずなのに。その日は特に何事も無く一緒に琴を奏でたり庭を散歩して過ごしたの」
「俺の部屋......ですか?」
姉の婚約者が何故か俺の部屋を知りたがったという言葉を聞いて不穏なものを感じた。
「数日後の夜中にウチの屋敷に賊が入ったの。狙われたのがツナの部屋だったから、隣の部屋で物音に気付いたキントが大声を出したおかげですぐに逃げたみたいで幸い誰も怪我をしなかったのだけれど、ツナの部屋は何かを探すように荒らされていたわ」
「俺の部屋の見られて困る物はルアキラ殿が既に全てツチミカド邸に移動していましたね」
「うん。だからお爺様も気にしなくていいと仰って、賊を探すのは必要最小限に留めたわ」
俺の部屋に賊が侵入していたのか......。
俺の『アイデアノート』やらが勝手にルアキラ殿と爺ちゃんに持ち出されたと最初に聞いた時は「プライバシー侵害だ!」と叫びたかったが、こういう事を見越していたのかもしれないな。
誰も居ない子供部屋に入られて特に何も盗られていないなら、盗賊騒ぎを大きくしなかったのも妥当な判断だろう。
下手に騒げば俺に何かあるのかと逆に疑われるだろうしな。
「でも賊は前回は見つけられなかっただけだと思ったのか2週間後にまたやって来たの。それで今回は用心のためにお爺様がコゲツを放っていたから、コゲツが頑張ってくれて賊は傷を負ったみたいなの」
そういってサダ姉はコゲツの頭をブラシで優しく撫でた。
しかし二度も俺の部屋を狙ってくるとは偶然ではないな。
「その日は偶々皇京にヤスマ殿がミチナ様の名代として参内していたのだけど、夜道を歩いていると襲われそうになったのですって。それがウチを狙った賊で、コゲツにつけられた傷を隠すために偶然通りかかったヤスマ殿の服を奪いたかったみたいなの」
「偶然狙った相手がヤスマ殿とは運の悪い盗人ですね」
「そうね......。本当に。運が悪かったわね。激しく戦闘になったみたいですぐに見回り達が集まって賊はケガを負っていたこともあってすぐに捕縛されたわ。それで顔を改めたヤスマ殿が驚いたそうなの。だって自分と同じ顔の男だったんですもの......」
「!!?」
それって......。やっぱり、そういうことだったのか......。
「想像通りよ。相手はヤスス様だったわ。お爺様が厳しく尋問したら今回だけじゃなく袴垂という名で今まで何度も強盗殺人を行っていた極悪人だと白状したわ」
「なっ……」
とんでもない前科持ちじゃないか。
ジワラ家もよくそんなの野放しにしてたな。
しかもトール家との誼を結ぶのに使うなんて!
いや......この国の殆どを牛耳る一族がそんなの見逃す訳ないか。
ということは分かっていた上で......。
「気付いた? 妾との縁談も皇京で流行る物を生み出しているのがツナかもしれないという情報を詳しく調べるようジワラ家に命じられたからですって。全て演技だったのよ。楽しかった会話も演奏も散歩も全部全部......。笑っちゃうわよね。妾はそんな相手を良い人なんて想っていたのよ......馬鹿みたい」
「サダ姉……」
俺のせいじゃないか。好き勝手に前世の知識を振りかざしたせいで周囲に迷惑を掛けて、眠ってる間だろうがそのゴタゴタに巻き込むなんて俺がサダ姉を傷つけたも同然だ......。
「ジワラ家はヤスス様が極悪人だなんて知らなかったの一点張り。彼は完全に見捨てられて牢で自らのお腹を切り裂いて自害、なさったんですって......。結局、ジワラ家は破談となった理由をヤスス様の病死ということにして妾に瑕疵が付かないよう配慮はしたみたい」
「………...サダ姉」
俺は寂しい目をして月を見上げるサダ姉をギュッと強く抱き締めることしか出来なかった。
きっと今でもまだヤススの事を憎み切れずに居るのだろう。
サダ姉は俺の肩口で今までと違い声をあげず、ただ静かに泣いていた。
「ごめんね。俺のせいで辛い思いをいっぱいさせて」
「ううん......。ツナは悪くないわ」
サダ姉に謝罪すると彼女は俺は悪くないと言ったがそれはきっと優しい嘘だ。
彼女の心は自分が巻き込まれた悪意や理不尽に深く傷ついている。
向けるべき先が分からなくなった感情によって今も自らを苛んでいるのだ。
「いや、俺が疑いを掛けられたせいでサダ姉に迷惑を掛けたのは事実だよ。どうかその蓋をした感情を俺にぶつけて? 俺には受け止める責任があるから遠慮しないで......」
優しく促すと堰を切ったようにサダ姉が泣き始めた。
「うぅ......うわぁあああああああん!! 最初は家の為だったわ! けれど一緒に居ると楽しくて本当に好きになっていたの! 捕まった時も強盗なんて嘘だって言って欲しかった! なのに! なのに! うぅうううううう!!!!」
サダ姉は大粒の涙を流しながら思いの丈をぶつけてくれた。
本来もっと早くに聞いておいて元凶である俺が受け止めるべきだったことだ。
俺は肩口に乗っている彼女の頭へ自分の頭を寄せて右手で優しく撫で続けた。
家柄や血筋が重視される事の方が多い貴族同士の婚姻で幸か不幸か恋愛感情を抱くことが出来た。
この経験はきっと彼女を強くするだろう。
「少し......。気が、晴れたわ......。ありがと」
「こちらこそ。話してくれてありがとう」
「いい......わよ。妾が、話したくなっただけ、だから。それ、じゃあね......おやすみ」
暫し経って、一頻り泣きながら胸の内を吐き出したおかげで少しだけ落ち着いた様子のサダ姉は泣き腫らした顔を見られたくないのか顔を伏せたまま礼を口にしてくれた。
未だ少し呼吸が乱れているその声はいつもの凛としたものでは無いが、彼女がまた一つ強くなったと感じさせる。
就寝の挨拶を伝えると彼女は足早に厩から去って行った。
サダ姉が去った後、俺は静かに聞いてくれていたコゲツの頭を撫でて厩から出ると、雷神眼で存在を把握していた建物の裏にいる人物に声を掛ける。
「盗み聞きとは少々無礼ではありませんか? ヤスマ殿?」




