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青春時代の歳の差なんて~中高生の歳の差恋愛物語~  作者: 九傷


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第83話 前島さんのことについて② (坂本 修)



 俺と郁乃(いくの)の関係は、元々恋人ごっこから始まっている。



 中学三年生の頃、俺は飼育委員会の委員長を務めていた。

 その作業の一環でニワトリの飼育小屋を掃除していたところ、当時中学一年生だった前島 郁乃と出会ったのである。

 そのときの郁乃の状態は中々に酷い有様で――、具体的に言うと、餌の保管されている倉庫の前で砂埃まみれになって佇んでいた。



「おい君、どうしたんだその有様は?」


「…………」



 最初、俺が声をかけても郁乃の反応はなかった。

 仕方ないので、自分用に用意していたタオルで砂埃を拭ってやると、ようやくポツリと一言漏らす。



「余計なことしないでよ」


「余計なこととは随分な言いようだな。そんな状態では帰れなかっただろう?」


「……自分でやれたし」



 郁乃は終始そんな感じだったが、俺の行動を止めるつもりはないようなので、そのまま最後まで汚れを拭き取る。

 その後俺は飼育委員会の活動を終え帰ろうとしたのだが、郁乃はまだ倉庫の前でつっ立ったままだった。

 仕方ないので俺は郁乃の手を引き、一緒に帰ることにする。

 家の方角を聞くと、偶然にも俺の家と同じ方向だったため丁度良かった。

 そして彼女の家の前まで着き、俺が別れを告げて行こうとすると、



「……ありがとう……、ございました」



 と一言漏らした。

 俺はそれに首だけで頷き、次の日の計画を立て始めた。



 そして翌日の午前中、俺は予め聞いておいた郁乃のクラスに向かう。

 俺が郁乃に近づくと、彼女は何故? といった表情で俺を見上げた。



「前島さん、今日の放課後、空けておいてくれないか?」


「……はい?」


「一緒に帰ろう。放課後、迎えに来る」



 俺はそれだけ言い残して教室を去る。

 その際、特に俺達のことを凝視していた女子数名をチェックしておいた。


 そんなことを繰り返していると、段々と俺達の噂が広まることになった。


 ――前島 郁乃には、上級生の彼氏がいる。


 毎日必ず迎えに来る男がいれば、そんな噂がたつのも当然と言えるだろう。

 ただ、俺達の関係について聞かれれてもはぐらかすようにしていたため、確証のある噂にはなっていないという状態だ。

 一体二人はどんな関係なのか?

 色んな憶測が飛び交った結果、触らぬ神に祟りなしとでも思ったのか、ほとんどの生徒が郁乃から距離を取るようになった。


 結果としてはほぼ狙い通りではあったが、良い人間まで遠ざけてしまったのは失敗したと少し反省している。

 ……まあどの道、この関係は俺が高等部に上がるまでと決めているので、噂もいずれ風化するであろう。


 この行動は大した干渉もできない俺にとって苦肉の策でしかなかったのだが、郁乃のことをいじめていたであろうグループにも釘を刺せたので、あとは放置しても問題ないハズだ。



「……ということで、そろそろこの関係もお終いにしようと思っている」


「なんで!?」



 郁乃は随分と俺に懐いていた。

 最初の頃はかなり警戒されていたのだが、元々仲の良い友人もいなかったようなので、いざ心を許すとべったりなのであった。

 ここまでチョロいと今後が心配であったが、このコミュ障っぷりを見ると同時に心配無いような気もする。



「もう嫌がらせはなくなったんだろう? だったら俺の出番は終わりだ」


「そ、そんなの関係ないじゃん!? 修君と私、付き合ってるんでしょ!?」


「いや、付き合ってない。フリをしていただけだ」


「そんな!?」



 最初に俺が高等部に上がるまでと説明しておいたハズなのだが、郁乃の中ではそういった内容は全て吹っ飛んでいたらしい。


 ……結局、その後郁乃に粘られた俺は、なし崩し的に本当に交際を始めることになる。

 俺の方も郁乃に対して情が湧いてたし、こうまで懐かれると正直悪い気はしなかったからだ。

 容姿に関しても、まだ幼さは多分に残るものの非常に整っており、恋人の贔屓目抜きにしても可愛い部類であると断言できる。

 俺としては、正式に恋人関係になることに否定的な感情はなかった。



 ……しかし、正式に付き合う動機としては、俺の感情は(伊佐さ)か弱かったと言わざるを得ないだろう。

 好意はしっかりとあったし、恋人としての自覚ももちろんあったが……、俺には本当に異性を好きになるというパワーがなかったのだ。


 そんな状態のままズルズルと関係を続けているうちに、本当にこのままでも良いのだろうか? と思うようになった。

 考えれば考えるほど、俺がこの学校を去るタイミングは、郁乃と別れるタイミングとしてはベストなんじゃないかと思うようになったのである。





 ◇





「……じゃあ、前島さんと別れるか、迷っているってことですか?」


「そういうことだ」


「そんなの絶対ダメです!」



 塚原の問いになるべく無感情に答えると、朝霧さんは逆に感情的になって反論をしてくる。

 彼女は純粋で礼儀正しく大人びているが、感情の制御についてはまだまだ歳相応のようだ。



「しかし、俺は来年上京してこの学校を去るつもりだ。大学も含めればまだ数年以上この地にいるアイツに遠距離恋愛を強いるのも酷というものだろう?」


「そんなの関係ありません! お互いの気持ちが一番重要なんじゃないですか!」



 確かに、俺や郁乃の気持ちは重要だろう。

 しかし、時間というモノは残酷だ。

 どんなに愛しい、憎いといった感情も、時間が経てば驚くほどに薄れるものなのである。

 思春期真っただ中の俺達がその感情を持ち続けるというのは、中々に厳しいものだ。


 俺は特別容姿が優れているワケではないからまだ良いとしても、郁乃は間違いなく美人の部類に入る。

 この先、言い寄る男も一人二人ではないだろう。

 その中には、郁乃の好みの男だっているかもしれない。

 そんな可能性を俺という存在が潰してしまうのは、正直少し気が引ける。


 これは郁乃だけの問題ではない。

 俺だって遠くにいる彼女に男が近づかないか常に心配をし続けなくてはならない。

 今はその感情に耐えられる自信があるが、その状況になってみないと絶対的な確信にはつながらない。


 少し(おご)りかもしれないが、郁乃だってそんな状況には不安を感じるハズ。

 つまり、このままズルズルと関係を続けても、お互い不幸になる可能性が高いのだ。


 俺がその気持ちを伝えると、朝霧さんは文句を返さず黙って拳を握りしめた。

 少し感情的な少女ではあるが、俺が言ったことに正当性があると判断したのか、頭の中で次に繰り出す言葉を整理しているようだ。

 本当に良く出来た子だ。とても今年中等部になったばかりの女子とは思えない。



「……坂本先輩が前島先輩のことを思って、そんなことを考えているという気持ちはわかりました。ですが、やっぱり私は納得できません」


「そうだろうな。俺だって、まだ迷っているという段階なんだ。結論は出せていない」



 そう、俺はまだ郁乃と別れると決めたワケではない。

 真剣に悩んでいる。

 最初は恋愛感情を持っていなかったとしても、今の俺は絶対に郁乃のことが好きだと言える自信がある。

 その熱は郁乃よりも劣っているかもしれないが、好きという気持ちに嘘はなかった。

 ただ、今後俺以上に郁乃を好いている人間が現れた場合、俺程度の想いで郁乃を縛り付けるのが心苦しいという気持ちもある。



「……だったら、なおのこと、前島先輩との時間を大切にすべきだと思います」


「……しかし、仮に別れると決めた場合、あとに残る傷は深くなるんだぞ?」


「それは決まっていない段階で考えることではありません!」



 再び感情が昂ったのか、朝霧さんの声が大きくなる。



「だが、決まってからでは遅いだろう。リスク対策というのは、起こる前にやるからこそ意味がある」



 リスクマネジメントとはそういうものである。

 起こりうる影響を事前に回避、または最小化するよう努めることこそがベストなのだ。

 朝霧さんの気持ちもわかるが、ここを譲るつもりはない。



「違います! それ以前の問題です!」


「それ以前?」


「別れたときのことを考えるよりまず先に、考えるべきことがあるでしょう!」



 別れたときのことを考えるより、先に考えるべきこと………………


 っ!?



「迷っているっていうことは、未練があるからですよね? だったら坂本先輩はまず、前島先輩と別れないようにすることを考えるべきです!」



 ……ぐぅの音も出ないほどの正論であった。

 朝霧さんの言われて、俺は初めて気づいた。

 そうだ、俺は本来まず考えなければならないことを飛ばして、何故後のことばかり考えていたのか……



「……そう、だな。その通りだ」



 俺は眼鏡を取って、眉間を揉み解す。

 同時に深く深呼吸することで、やや不足気味になっていた酸素を体に行き渡らせた。



「ありがとう、朝霧さん。君に言われるまで、そんな単純なことにすら気づいていなかった。……俺は馬鹿だな」



 別れた後のことばかり考えていたせいか、今は不思議と気持ちが軽くなった気がする。

 全く、まさかこんな年下の少女に(さと)されるとは思いもしなかった。



「……わかった。朝霧さんの言う通り、もう少し郁乃との時間を取るようにしよう。そして、お互い別れるのが最善などと思わなくなるくらい良い関係を築けるよう努力する」


「はい!」



 そう元気よく返事をして、朝霧さんは満面の笑みを浮かべた。




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[一言] 朝霧さんグッジョブ( ˘ω˘ )
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