第42話 加山さんの相談(朝霧 柚葉)
「起立! 礼!」
そして着席と言って、席に着く。
いつも通りの朝、いつも通りの教室。
このクラスの出席率は良く、滅多に休む生徒がいない。
でも今日は、席が一つ空席の状態だった。
その席は、私の友達である、麻生 環さんの席である。
たまちゃんはここ数日体調が良くないらしく、頻繁に保健室に通っていた。
だから彼女の席が空席であること自体は珍しくないのだけど、朝からというのは初めてのことだった。
欠席、というワケではない。
たまちゃんは学校着いて早々体調を崩し、保健室へ向かうことになったのだ。
そんなに体調が悪いなら、無理せず休んだら良かったのに……と私は思った。
けれども、一緒に通学した静流ちゃんから話を聞くと、たまちゃんは結構元気そうにしていたとのことだった。
体調を崩したのは、校門をくぐったあとらしい……
「…………」
「……霧? おい、朝霧、大丈夫か?」
ぼーっ、と考え事をしていると、国語の先生に声をかけられた。
どうやら、教科書を読むように指名されていたらしい。
正直、全然気づかなかった。
「す、すいません、大丈夫です」
和花ちゃんのフォローで読む箇所を確認しながら、私は教科書の内容を読む。
でも、どうにも集中できず、私は何度も噛んだりつっかえたりしてしまった。
◇
「ねぇ、朝霧さん」
授業が終わり、いつものように静流ちゃんや、和花ちゃんが集まってくる。
でも、真っ先に声をかけて来たのは加山さんだった。
「加山さん……、どうしたの?」
少し顔が強張りそうになるのを、私は意識して抑え込む。
最近は慣れたつもりだったけど、声をかけられたこと自体が意外で、咄嗟に取り繕えなかったのだ。
「ハハ……、ごめんね? いきなり声かけて」
「う、ううん。私こそゴメンなさい。本当に、ちょっとびっくりしただけだから……」
以前の私は、彼女とあまり良い関係ではなかった。
その頃の名残で、時折表情が強張ることがあるのだ。
ただ、私自身は加山さんのことを悪く思っているワケではない。
むしろ、彼女とは友達になりたいと思っているくらいだ。
……中々、勇気を出せないのだけど。
「いやいや、当然の反応だと思うよ。私も朝霧さんにいきなり声かけられたら、正直ビクッてなると思うし」
そう言って苦笑いする加山さんに、静流ちゃんは警戒した視線を向ける。
和花ちゃんは、いつも通り明るい顔つきだけど、目は笑っていなかった。
「あ~……、うん、やっぱ警戒するよね。ゴメン、戻るね……」
「ま、待って加山さん! 本当に大丈夫だから! 私、その、前から加山さんとはお話ししたいと思ってて……」
「……お話しって?」
「……色々、だよ。趣味のこととか、それにたまちゃんのこととかも」
私がそう言うと、加山さんは少し気まずそうな顔をしながら戻ってくる。
静流ちゃん達はそれを見て、何かを察したのか視線を緩めた。
「……私も、色々と話したいことはあったんだけどね。ちょっとビビってたというか、気まずかったというか、ね」
良い関係じゃなかったとはいえ、私は別に加山さんに何か危害を加えられたワケじゃない。
ただ立場上、彼女はアチラ側に属していた、というだけである。
あの頃の私はとても辛かったけど、特定の個人に対しての恨みを持ったことは、ほとんどないのだ。
「……うん。私も、正直勇気というか、気合が足りなかったんだと思う」
「……ぷっ、気合って……。なんだか朝霧さんぽくないね」
「あ、私だって気合くらい入れるよ?」
なんとなくだけど、気まずかった空気が少し緩和された気がする。
やっぱり、ちゃんと話してみて良かった。
「ねぇねぇ、積もる話は色々ありそうだけどさ? かやまんは何か話があったんじゃないの?」
「あ、そうだった……、ってかやまん?」
「あ~、気にしないで。のどかって何かとあだ名に『ん』を付けたがるだけだから……」
「……まあ、いいけど。それで……、話ってのは、麻生さんのことなんだけど」
加山さんは、私の耳元まで顔を近づけ、声を潜めて話し始めた。




