第33話 妹と悩みの種(塚原 元)
「ふぁ……」
制服に着替えている最中、こらえきれずに欠伸が漏れる。
寝覚めは良い方なのだが、ここ最近はどうにも眠りが浅く、睡眠時間が足りない感じがしている。
このままだと、授業中にも寝てしまいかねないため、それなりに深刻な状況だ。
内申を気にするワケではないが、普段塚本の居眠りを注意している手前、示しがつかなくなるのは宜しくない。
(しかし、今の状況をどうにかしなきゃ、根本的解決にならないしなぁ……)
今の状況、というのはもちろん前島さんと朝霧さんの件である。
まあ正直なところ、前島さんの件はどうとでもなれと思っているのだが、問題は朝霧さん方だ。
朝霧さんからは、はっきりと俺のことを好きだと聞かされている。
その上で俺は何も返事をしていないのだが、一体どうすべきなのか……
塚本は、「嫌いじゃないなら付き合っちゃえばいい」などと軽く言ってくれるが、俺の性格上それは難しい……
(好きか嫌いかで言ったら、間違いなく好きな方、だと思うんだがなぁ……)
しかし、その程度の認識で果たして付き合っても良いものなのだろうか?
俺はよくお堅いと言われるしその自覚もあるのだが、世の中がそんな風に軽々しく回っているとはどうしても思えない。
……いや、思いたくないだけなのかもしれないが。
「お兄ちゃん?」
「うお!?」
ワイシャツのボタンを止めながらウンウンと悩んでいると、妹がドアの隙間から顔を出しながら声をかけてきた。
油断していたとはいえ、変な声を出してしまい少し恥ずかしい。
いや、そもそも下はパンツ一丁なので、この姿を見られたこと自体恥ずかしいのだが。
「双葉、ドアを開けるときはノックをしろよ……」
「一応したよ? 何、もしかして恥ずかしがってるの?」
「…………」
そうなのだが、そんな反応をされると俺も返答に困ってしまう。
「別に、お兄ちゃんの裸なんてしょっちゅう見てるんだから、今更恥ずかしがられてもねぇ……?」
「しょっちゅうってなんだ、しょっちゅうって……。俺はそんなに頻繁に見せた覚えないんだが……」
「え? いつも見てるよ? パンツどころか、その中身まで」
「はぁ!?」
ちょ、コイツは今なんと言った!?
何故俺のパンツの中身を……?
しかも、いつもだと……?
「おい! 一体どういうことだ!?」
「ん、だって時々お風呂覗いてるし」
「なん……、だと……?」
双葉が、俺の風呂を覗いている!?
どこから!? どうやって!?
「なーんて、嘘だよ♪」
………………はっ!
余りの衝撃に脳が揺さぶられ、少しの間フリーズしてしまった。
な、なんだ、冗談か……
そうだよな……、そりゃそうだ……
「ふ、双葉、今のはかなりタチの悪い冗談だぞ……」
俺はなんとか冷静に見えるよう取り繕い、速やかにズボンを穿いてしまう。
ワイシャツのボタンは後回しである。
「フフッ……、だってお兄ちゃんの反応、おかしいんだもん♪」
屈託なく笑う妹の顔を見ると、どうにも毒気が抜かれてしまう。
我ながら甘いとは思うのだが、融通の利かな性格と同様、残念ながら矯正できない段階まできてしまっていた。
昔は本当に素直で良い子だったのに、どうしてこんな風に育ってしまったのか……
「……ところで、一体なんの用だ?」
「あ、そうだった。あのね、なんか門の前に、お兄ちゃんと同じ学校の人が来てるよ」
「俺と同じ?」
「うん。女の人」
そう言われ、俺は窓から外を覗いてみる。
すると、門の外で行ったり来たりしている派手な頭が確認できた。
まず間違いなく、前島さんである。
(なんで前島さんがウチまで来てるんだよ……)
嫌な予感がしてスマホを確認してみると、案の定SNSに大量のメッセージが来ていた。
その内の一つ、未読が1となっている坂本 修先輩のトークを開く。
修『避けられているとのことだったので、郁乃には塚原の自宅の場所を教えておいた。これでもう逃げられないぞ(^_-)-☆』
頭が痛くなった。
どうやら、前島さんの件は、本当に避けて通れない案件になってしまったらしい。
前島さんの件はどうとでもなれと思っていたが、それは長い目で見ることができるからだ。
よりはっきり言ってしまえば、先送り先送りにしてしまえるからである。
しかし、これでは少なくとも、毎朝一緒に登校することがほぼほぼ確定してしまうだろう……
(やってくれたな……、先輩……)
元々は依頼を引き受けておきながら逃げている俺が悪いのだが、先輩は先輩で交換条件である俺の相談をまだ聞いてくれていなかった。
せめて、そっちだけでも解決すれば、俺の心の荷が多少は下りるというのに……
「……行ってきます。双葉も遅刻しないようにな」
俺は支度を整え、まさに諦めムードといった雰囲気を出しながら部屋を出る。
「……ねえ、お兄ちゃん? あの人は、お兄ちゃんの彼女?」
「いや、違うよ。友達……、になるかもしれない子だ」
「……? 何それ」
「……俺にもわからん」
本当にわからない。
まだ友達ではないと思うが、もう友達でも良いんじゃないかという気がしてきている。
友達って、こんなものだっただろうか……
「ふーん……。彼女じゃないんだね。そっかそっか」
何故か満足そうに笑いながら、双葉が玄関までわざわざエスコートしてくれる。
「ねえ、お兄ちゃん? さっき私、嘘って言ったけど……、本当に嘘だと思う?」
そして、玄関のドアを開きながら、そんなことを言ってきた。
「……双葉、頼むから、これ以上俺に悩みを増やさないでくれ」
俺は双葉の質問には答えず、それだけ言って外に出る。
しかし残念ながら、妹の案件は既に俺の中でしっかり悩みの一つに加えられていたのであった……




