第3話 風紀委員長と前島 郁乃（坂本 修）
「すまんな、手伝わせてしまって」
「いえ、俺から望んでやったことなんで、気にしないで下さい」
ここ視聴覚室は、俺が所属する風紀委員の活動拠点でもある。
三年生が卒業および進学したため、風紀委員の構成人数は一気に減ってしまった。
現在、委員長である俺を除けば三年が一人、二年が一人しかいないという、非常に苦しい状況にある。
ちなみに、今書類の整理を手伝ってくれた彼――塚原 元は今年高等部に上がったばかりの一年生であり、風紀委員には所属していない。
色々と目をかけている後輩であり、是非とも風紀委員になってもらいたいところなのだが……
「……なあ、仕事を手伝ってくれたついでと言ってはなんだが、やはり風紀委員をやってみる気にはならないか？ 塚原」
「……その話は前にもお断りしたハズですよ。言ったでしょう？ 俺はどちらかと言うと、風紀を乱す方だって」
もう何度目かの勧誘になるが、やはりにべもなく断られてしまう。
こいつの妙な正義感は、風紀委員向けだと思うのだがなぁ……
「ふむ……。まあ気が変わったらいつでも言ってくれ。……ところで、今日はなんでこんな所に来たんだ？ 見ての通り、まだ始業二日目だし、俺以外は誰も来ていないぞ？」
どの委員会も、正式に活動が開始されるのは始業から五日目以降だ。
俺のような奇特な人物でなければ、わざわざ拠点に立ち寄ることもないだろう。
……これはやはり、実は風紀委員に入りたいということなのではないだろうか？ …………いや、それはないか。
「今日は先輩に用があったんですよ。先輩なら、ここにいるだろうと思って……」
「塚原が俺に用とは珍しいな。一体どうした？」
「実は……、少し相談がありまして……」
相談？ 俺にか？
正直、俺はあまり一般人向けの相談には向いていないと思うんだが……
「その、ですね……。実は先日、後輩に告白されまして……」
「……ほぅ？ それはまた、めでたいではないか。それで？」
俺は努めて冷静にそう返すが、内心では笑いたい衝動を抑え込むのに必死だった。
だってあの堅物で有名な塚原が、まさかの恋愛相談だぞ？
こんなことは、正直全く想定していなかった。
これはアドバイスし甲斐が……、ん？ 今、塚原は後輩、と言ったか？
塚原は、確認するまでもなく今年高等部に上がったばかりの生徒である。
その後輩ということは、つまり……
「はい……。それで、その生徒なんですが、実はウチの中等部の生徒でして……」
成程、成程……
それは確かに、普通の男子高校生だったら持て余しそうな案件だな。
「ふむ。では相談というのは、その告白にどう応えるべきかということだな？」
「はい。実際に中等部の生徒と付き合っていた先輩なら、相談に乗ってくれるかなと……」
…………ちょっと待て。
今、塚原はなんと言った？
「俺が、中等部の生徒と、付き合っていただと……？」
「……？ はい。有名ですよね。前島 郁乃さん……、でしたっけ？ 俺はクラスが一緒になったことないので、面識ないんですけど」
これは……、どういうことだ！？
俺の頭の中で、警鐘が鳴り響いている。
それは無論、塚原の言うことが真実だからである。
しかし、このことは絶対秘密だと……
「……塚原、その話をどこで？」
「どこでも何も、中等部じゃ有名な話でしたよ？ 高等部の風紀委員と付き合ってる生徒がいるって……。多分女子ならほぼ全員知っていると思いますけど……」
な、なんだってぇぇぇぇ！？
お、おっといかん、脳内限定とはいえ俺のキャラクターが少し崩壊してしまった……
それ程の衝撃を受けたのは確かなのだが、我ながらここまで動揺するのは珍しいことである。
……いや、今思うと思い当たる節はある、か？
アレだ、偶に俺に向けられる、あの生暖かい視線……
アレがまさか、そういうことなのか……？
「修くん！ お待たせぇぇぇぇっ！」
そのとき、甲高い声と共に、視聴覚室のドアが開け放たれる。
そこには、ツインテールを揺ら揺らとさせながら、満面の笑みを浮かべた少女が立っていた。
「ん……？ あっ！？ アンタは、塚原ハジメじゃない！？ ま、まさか、私がいない間に修くんのことを……？ ゆ、許せない！」
少女は今度は何を思ったのか、塚原に喧嘩を売り始める。
俺はとりあえず、その少女――前島 郁乃の頭を、風紀委員会の備品であるハリセンではたいた。
