第14話 幸せなひと時(朝霧 柚葉)
様々な学年の学生で賑わう食堂。
中等部の生徒はほとんど見当たらないが、二年生や三年生の生徒は少数ながら利用しているようであった。
(ここが、食堂……)
初等部の生徒は食堂の利用を禁止されていたので、入るの自体これが初めてである。
今年から中等部になった一年生の中にも既に利用し始めている子かもしれないが、いきなり食堂に切り替えるのは少数派だろう。
(どうしよう……、私、お弁当なんだけど、食堂でお弁当って食べていいのかな……?)
パッと見た感じ、同じように弁当を持参している生徒は見当たらない。
「……あの、先輩」
「ん……? 何? 朝霧さん」
怖くなった私は、先輩に確認をすることにした。
もし駄目なら、残念だけど私は席を外させてもらおう。
「私、実はお弁当なんです……。流れで並んでしまいましたが、大丈夫でしょうか?」
「ああ、そんなことか。大丈夫、俺からおばちゃんに言っておくから」
「……ありがとうございます」
良かった……
ホッとして思わず笑顔が零れてしまう。
「塚原~! こんなところでイチャつかないでくれない? すっごくイライラするんですけど」
そんな私達のやり取りを見て、前島という女の人が先輩の足をガシガシと蹴り始めた。
随分と乱暴なことをする人だな……
本当に、この人は先輩とどういう関係なのだろう……?
「べ、別にイチャついてなんかいないだろ! 蹴るのをやめてくれ!」
「そう思ってるの、アンタだけだから。多分この場のみんな、私と同じくらいイラついてるから」
そんなハズは……と前島先輩の後ろを見ると、他の並んでいた生徒が皆一様に首を縦に振っていたので驚いてしまう。
先程のやり取りが他の人達にそんな風に見えていたと思うと、なんだか少し恥ずかしくなってくる。
(でも、少し嬉しい、かな……)
意識した途端、顔が熱くなっていくのを感じる。
今の私は、間違いなく赤面しているのだろうな……
「……何その子、女の私から見ても破壊力抜群なんですけど。塚原爆発してくんない?」
すると何故か、先輩に対して爆発しろというコールが巻き起こる。
爆発しろとは随分と物騒な物言いだけど、これだけ皆が同じ言葉を使うということは、何か他の意味合いがあるのかな……?
…………………………………
………………………
……………
ちょっとした騒動はあったものの、先輩は無事(?)食事を購入できた。
先輩が食堂のおばさんに私が弁当持参であることを説明してくれたので、特に注文をしないことを咎められることもなかった。
さっきは気付かなかったけど、弁当持参者も少なからずいるようで、私が悪目立ちすることもあまりなさそうである。
「俺達はいつもあの辺りで食事をとっているんだ。ちょっとこの辺は混みあっているから、はぐれない様についてきてね」
「はい。わかりました」
そう答えて、私は先輩の制服を軽く掴ませてもらう。
少し大胆かもしれないけど、はぐれないためという理由があるので、少し攻めてみることにした。
「……じゃ、じゃあ、行こうか」
先輩は少し複雑な表情を浮かべたが、特に咎めることもなく私の行動を許容してくれた。
嫌だったかなと一瞬不安になったけど、表情に嫌悪感があるようには見えなかったので大丈夫だと信じたい。
「前島さんもはぐれない様に、アレやってみない?」
「……話しかけないでくれる?」
「酷い!」
後ろで二人が漫才のようなことをしていたが、私はドキドキしていてそれどころではなかった。
◇
「揃ったな。では、いただくとしよう。……いただきます」
目つきの悪い先輩が、その見た目に似合わずお行儀よく手を合わせ、いただきますと言う。
「「「「いただきます」」」」
私達も思わず一緒に言ってしまったが、中等部以降でもこの習慣は続いているのかな?
「……朝霧さんのお弁当、なんだか可愛いね? 自分で作っているの?」
「あ、ありがとうございます。お弁当は母と一緒に作っていて、大体半分くらいは私が作っています」
「そりゃ凄いね! 中等部で弁当の自作なんて中々できないと思うよ」
「で、ですから、母との合作なので、私一人で作ったわけでは……」
「いや、それでも凄いよ。なあ、伊藤?」
「全くだな。俺の妹にも見習わせたいほどだ」
心臓がドキリと跳ね上がる。
完全に不意打ちであった。
まさか、自分のお弁当を褒めてくれるとは思わなかった。
「前島さんは料理とかしないの?」
「話かけないでって言ったのに……。ま、まあ、私は花嫁修業のときでいいかなって。むしろ修君の料理美味しいし、私はやんなくていいかも? と思ったりもするけど……」
修君、というのが誰かは知らないけど、どうやら前島先輩は料理をしないらしい。
そこだけは、少し私がリードしていると考えていいのかな。
って、何で私は対抗意識を出しているのだろう……
駄目駄目、変なことは考えないようにしよう。
「あ、あの、先輩、良ければお一つ如何でしょうか?」
私は気持ちを切り替えるために、先輩にお弁当を勧めてみることにする。
褒めてくれたということは、興味を持ってくれている……のだと思う。
折角なので、我が家の味を知ってもらおう……、って私はまた何を……
「え? いいの?」
「は、はい。折角褒めていただけたので、お味の方も確認していただければと……。こちらから半分は母が作ったものなので、味の保証は私がします」
「ってことは、こっち側は朝霧さんが作ったってことか。本当に凄いね、どれも美味しそうにできている」
「そ、そ、そ、そんなことは!」
「じゃあ折角だし、俺は朝霧さんの作った方を貰うね?」
そう言って先輩は、差し出した私の弁当箱の中から、だし巻き卵を箸で掴み口に運ぶ。
「ん!? こ、これは……、本当に凄いな。失礼な話だけど、この食堂の卵焼きの倍くらい美味いよ」
「っっっ!?」
言葉にならない悲鳴が漏れる。
先輩の口から出た美味いという言葉が、私の頭の中で何度も反芻された。
(今日は、なんて日だろう……)
こんなに嬉しいことが一気に起こるなんて、私、もしかして明日死んじゃうのかな?
「……前島さん、俺、なんだかお腹いっぱいになったんだが」
「……奇遇ね。アタシもよ」
そんな私を見て塚本先輩と前島先輩が何か言っていたけど、今の私にはどういう意味なのか理解できなかった。




