落ちた番の夢見る事は
この世には”あやかし”と言う物がいる。
都市伝説のように言われていているが、いるものはいる。
あやかし。
人間じゃ無い。
妖怪というか。
妖怪だ。
特殊な能力を持っている。
裏で世界を牛耳っている。
何で、それを知っているかと言うかと言うと、私、清水明日香は”あやかし”様のお世話になったからだ。
本当は関係ないはずだった。
上で裏で何かされていても、庶民には実際関係がないことが多いのだ。
これが、食べられなくらい重税に喘ぐ悪政を布かれたとか、色々起きていれば別かもしれないけど。
特権階級と庶民は全く相容れないものなのだ。
それが何故、お世話になる羽目になったかと言うと家が破産したのだ。
明日香が小さい時に祖父が興した工場が倒産した。
債権者がわさわさと沸いて出て、めぼしい物全て持っていってしまった。
工場って言うのは、色んな所と繋がりがある。
仕入れ先、納入先。
自分の所が転ければ他にも影響がある訳だ。
しかもそれがご近所だったりする。
友人だった人が友人で無くなり、親切だったおじちゃんが「金返せ。」と、言ってくる。
なんなら、「お前が稼げ」「金が無いなら代わりに○○させろ。」みたいな事を酔っ払って言ってくる人だっていた。
○○っていうのは、各々で埋めて頂きたい。
絡まれることから逃げられた時もあったし、逃げられなかったこともあった。
現実はいつだって、厳しい。
運が良い人。
悪い人。
運が良い時、悪い時。
それぞれあって、明日香はどちらかと言うと運が悪い人だった。
明日香は10に満たない年で、自分の身がお金になると言うこと学んだ。
ただ、悪いことばかりでも無かった。
稼いだお金は家族を助けてくれた。
幼い明日香が、そんな目に遭ったのだ。
母は推して知るべし。
もっと酷い目に遭ったのだろう。
ほどなくして母は失踪してしまった。
そして、父は連れ去られた。
何処にかはわからない。
でも、何となく良い場所では無いのは幼い明日香でもわかった。
ひとりぽっちになった明日香も同じ運命だと思った。
でも、さすがに同情した人がいたのだろうか。
役所の人間がやってきて、明日香は保護施設に入ることになった。
そこは、明日香みたいな訳ありの子が預けられる所だった。
公的な保護施設では手に余る。
そう判断された子ばかりが集まる場所。
経営しているのは、篤志家と言われる人。
その人が”あやかし”と言われる人だと言うのは後に知った。
何故、知ったか。
その”あやかし”様が篤志家を名告った下衆だったからだ。
櫻居様と呼ばれた、その人は問題のある子達を集めて性的なサービスをさせていた。
その代わり、教育も施してくれた。
いつか、櫻居様の手足となって経営する夜のお店に行き他の”あやかし”様への接待を担うことになるのだと言われた。
明日香は悟った。
お金が無い庶民と言うのは、こんな風に玩具のように扱われても文句は言えないのだと。
だけど、こんな所で逆らってもどうしようも無い。
逆らったら父のようになる。
逃げてもあても無い生活に苦しむだろう。
明日香にはどうしようもなかった。
ただ、自分の人生を粛々と受け入れた。
中学に入り、高校生活を送り大学まで行かせて貰えた。
ピアノにバイオリン。
バレエや日舞。
お茶やお花。
公的な施設ではさせて貰えないだろうお習い事までさせて貰えた。
ただ明日香が望んだ訳ではないのだが。
端から見たら明日香は恵まれたお嬢様だっただろう。
明日香は無感動に粛々とそれらをこなしていただけだったが。
そして、大学を卒業した日。
明日香は櫻居様の営業する店に就職した。
初顔見せと言うことで、皆がやってくる。
あやかし様はあやかし様でお付き合いがあるらしい。
色々な妖様がやってきた。
妖様は番という唯一無二のお相手がいるらしいが、会えないことも多々あるらしい。
だから、こういうお店で適当に遊ぶのだと言う。
例え遊びで関係をもっても、騒ぐ身よりも居ない。
後腐れが無くて良いのだろう。
明日香は冷めた目でお店に来る人達を見ていた。
今日の主役は明日香と言うことになっている。
新しいキャストの明日香。
新しい玩具のお披露目なのだ。
色んな人が明日香をジロジロ見定めてニヤニヤ笑っている。
雲の上の人でも下卑た顔をするのだな。
と、明日香は思った。
小さかった時、明日香を食い物にした人達と同じだ。
こういう時は全く同じになるんだと明日香は変に感心した。
本当はもっと別に感じるべきことがあったのだろうが、明日香の心は既に凍り付いてしまっていたのだ。
ただ、そのまま粛々と仕事をこなす。
媚びない明日香は人気で、それなりにお客もついた。
お店でお酒を作り一緒に飲み、時々アフターにもついていった。
その先も。
望まれて、お店が許可した場合には応じていた。
そんな生活を送って一年。
明日香の生活は一変した。
櫻居様がある客を連れてやってきたのだ。
あやかし様のトップの御曹子。
今まで留学していたが、この度帰ってきたのだと言う。
スマートな遊びを教えてやって欲しい。
そう当主からお願いされたのだから皆、丁重に接客するように。
そう櫻居様はキャスト全員に通達した。
連れてこられたお客は遊馬琉斗様。
御年20才。
留学先で院まで飛び級されたのだと言う。
あやかし様に慣れているキャスト達ですら、歓声をあげた美しさだった。
これは誰がつくかで揉め事が起きるな。
なんて明日香は冷めた目で見ていた。
なのに、遊馬様はキャストをザッと見て、明日香を一目見て目を見開き一直線に明日香に向かってやってきた。
そしていきなり抱きしめてきたのだ。
「こんな所に・・私の・・番・・・。」
ウットリと漏らされた言葉に全員が悲鳴を上げた。
歓声も。
ただ、当事者の明日香は、何の茶番だろうと思った。
すぐさま連れ帰りたい。
自分の物だと遊馬様は言う。
櫻居様は「どうぞどうぞ。」と、明日香を差し出そうとする。
ただ、明日香は全くの無反応だった。
熱心に口説く遊馬に明日香は気のない返事をするばかり。
「はぁ。」
「まぁ。」
「そうですか。」
流石に反応の芳しくない明日香に遊馬も気づいたらしく、明日香の意志を聞いてくれた。
明日香は、久しぶりに自分の意志を確認されたと思った。
思ったけども、自分の意志はあってないものだ。
櫻居様をちらっと見ると「いけ」と、目で指示してくる。
明日香は、
「遊馬様の宜しいように。」
と、答えた。
それで遊馬は、明日香を店から連れ出した。
遊馬の家に連れて帰って、大層大事にしてくれる。
ただし、遊馬が大事にしてくれるとは言え、家の人がすんなり受け入れてくれるとは限らない。
表向きは反対はしないが、皆困惑していた。
それもそうだろう。
だって、明日香はそういう仕事をしていたのだ。
職業に貴賎は無い。
なんて口では綺麗な事を言いながらも、結局はそういう目で見てくるのだ。
明日香が遊馬様に相応しくない。
そういう態度を滲ませるのに、明日香が遊馬様に夢中にならない事も気に入らないみたいでチクチクと言われてしまう。
明日香としては困るとしか言いようが無い。
だって、明日香にはどうしようもないのだから。
あの仕事をしていたことだって。
遊馬様に夢中になれないことだって。
明日香にはどうしようもない。
そもそも、明日香はあやかし様をそういう対象としては見れないのだ。
あやかし様はおもてなしする相手。
間違っても恋愛対象となるでは無い。
そういう教育をされてきたし、子供の頃に愛とか人情とか、とにかく情に関わる物全てが壊れるのを見てきたから、愛を捧げられても何とも思わないのだ。
明日香にとって幸いなのは、遊馬様が愛やら情を押しつけてこないことだった。
遊馬様は、明日香の幼少時代を調べて、カウンセリングなんて受けさせてくれて、明日香の心が癒えて溶けるまで待つと言ってくれた。
待ってもらっても良くなる気はしないのだが、待つと言ってくれるから勝手に待っていれば良いのだと明日香は思っている。
今日も明日香はカウンセラーに話をする。
その日によって話す内容は違うけど、今日は遊馬様の外見をどう思うか。みたいな話になった。
確か、困っていることは無いか?
と、聞かれて、
遊馬様の友人に「どうして、こんな美しい遊馬に求愛されて応えないんだ。」って言われて困った。
と、答えたことから、その話題になったのだ。
明日香は遊馬様の事をどう思うかと聞かれて
「遊馬様は綺麗ですね。それだけです。」
と、答えた。
「綺麗なのはいや?」
と、聞かれて
「別に。見てて楽しいですよ。でもそれだけです。」
と、答えた。
「それは、遊馬様は悲しむだろうね。」
「喜ぶような事を言うべきなんでしょうね。」
答えると大抵苦笑された。
でも、聞き上手のカウンセラーは明日香の話を掘り下げてくれる。
だから、明日香は自分の気持ちを探しながら答えた。
今まで自分の気持ちは放っておいたので何とも面倒な作業ではあったが、遊馬の希望なので止める訳にもいかなかった。
「・・・でも、美貌って加齢と共に変化するじゃないですか。だから。別に。」
「なるほど。」
明日香が何を言ってもカウンセラーは頷いてくれる。
更には先を促してくれる。
「中には、年相応に格好良い方もいるでしょうけど、不自然に綺麗だと気持ち悪いです。」
暴言じみた言葉でも何でもかんでも頷いてくれるから明日香も喋り続けられる。
「何時までも変わらない人を見ると私は何か良からぬ薬でも注入しているんじゃ無いかと心配になってしまうんですね。あ、違うかもしれないのは重々承知の上です。普段は口にしないだけの分別はあります。此所だけの話です。
多分、注入しすぎて後遺症に苦しんでいる人を目の当たりにしたので整いすぎた人を見ると、大丈夫なのか?って思うようになりました。実際その人がやったかどうかはわからないですけど、反射的にそう思ってしまうんです。あ、処置については、ご自身が納得した上で、やる分には個人の自由だと思いますので否定はしません。」
珍しく一気に言い切った明日香に
「そういう人がいたんだね。」
と、カウンセラーは溜息交じりに相槌を打ってくれた。
確かに居た。あの店には、少しでも若く綺麗に見せるように。
そうしないと存在意義がないから。
そこまで追い詰められた人を見れば明日香も安易に、「やめたら?」なんて言えなかった。だって、存在意義が無くなれば店を止めさせられてしまうだろう。
そうしたら生きていくのも困難だろう。
何しろ、明日香や他のキャストは生きていくのに精一杯の底辺の生き物なのだから。
庶民として生きる自由も無く、あやかし様の玩具として生きるだけの生き物。
この世界の最底辺の生き物だ。
だから、遊馬様が明日香を求めるのはおかしい。
遊馬様以外の誰もがおかしいと思っている。
だけど、他ならない遊馬様が明日香を求めているから皆が黙っているのだ。
明日香は早く、遊馬様が諦めてくれないかと思う。
自分の気持ちを赤裸々に話すのは、気持ちを押し込めてきた明日香にとっては辛い作業だ。
でも、自分がどれ程の事をしてきて、どれ程の目にあってきたのか。
それを明らかにすれば、いつか遊馬様も諦めてくれるのではないかと思う。
早く飽きて欲しい。
諦めて欲しい。
カウンセリングのお陰か、明日香は久しぶりに願い事を持つようになった。
遊馬様、そして全てからの開放。
それが叶うのは、今日か、明日か。
もっと先か。
少なくとも明日を重ねた先に、いつか願いが叶う日がくるだろう。
そう信じて、明日香は日々を過ごすのだ。