09 結婚式3
クルーレ様とエアリッヒ様は、青ざめたお顔のままで言い訳をはじめます。
『ち……違う! 俺は算術の本を届けにいっただけだ!』
『そうです! やましいことなんてなにひとつしていません!』
写っていたのはたしかに直接的な行為ではありません、ただ会話をしているだけです。
しかし親密さを感じさせるおふたりの表情は、弁明の言葉をすべてかき消すほどの威力がございました。
来賓の方たちのヤジが加わると、もうおふたりの言葉は誰にも届きません。
「けしからん! なんてヤツらだ!」
「あんな真写を出されても、まだ言い逃れをするなんて!」
「女のほうだけじゃなく、男のほうもとんでもないヤツだったんだな!」
「よし、ふたりとも捕まえろ! このワシが直々に裁いてやる!」
とうとう、来賓のなかでいちばんのお偉いさんであるエーライン侯爵様までもが立ち上がってしまいました。
クルーレ様とエアリッヒ様は、一気に絶望のどん底に叩き落とされたような表情。
しかしお互いを責めることなく、お互いを支え合うようにして、かろうじて立っておいででした。
その気丈な姿が気に入らなかったのか、シューワイツ様はエアリッヒ様を、ブリーリ様はクルーレ様を突き飛ばしてしまいます。
それだけでは飽き足らず、倒れたおふたりに向かって罵詈雑言を浴びせはじめました。
『エアリッヒよ! お前のことは以前から気に入らなかったのだ! この私の為政にケチばかりつけおって! これでお前はクビだ!』
『そ、そんな……!? 誤解です! 俺はただ、この国のためのことを思って……!』
ブリーリ様にいたっては、クルーレ様にツバまで吐きかけております。
『ペッ! あんたのことは昔から大キライだったんだよね! ちょっと算数ができるからってデカいツラしてさ! だから奪ってやったんだよ、人形も、婚約者も! そう、何もかもっ……! ベロベロバァーっ!!』
ブリーリ様はだいぶ素が出ているような気もしますが、もう誰も気にしておりません。
来賓の方たちは「いいぞー!」「もっとやれー!」「悪魔をやっつけろー!」と快哉を叫んでおいでです。
シューワイツ様とブリーリ様は調子に乗って、とうとうエアリッヒ様とクルーレ様のお顔を踏みにじりはじめました。
わたくしはここぞとばかりに、ブースにあった魔導拡声装置のスイッチをオンにします。
『さぁ、いよいよお待ちかね! 新郎新婦の誓いのキッスのお時間です! 来賓のみなさまは、どうぞお好きなだけ真写におおさめくださいっ!』
わたくしのアナウンスが終わると同時に、シューワイツ様とブリーリ様は熱い口づけを交わします。
おふたりの足元には、屈辱に歪みきったお顔を晒す、エアリッヒ様とクルーレ様。
グリグリと踏みにじられた顔を、これでもかとフラッシュライトで照らされる様は、さながら餓鬼のような醜さでございます。
地獄の底に堕ちてしまわれたおふたりは、修羅のようなお顔でわたくしを睨んでおいででした。
『う……ううっ……! 不貞の真写は、お前が撮ったんだな……!』
『私に算術の本を差し入れたのも、エアリッヒさんを引き合わせたのも、あなただった……!』
『すべては、お前が……!』
『なにもかも、あなたが仕組んだことだったのね……!』
どうやら、やっとお気づきになったようです。
でも時すでに遅し、でございます。
わたくしはブースから立ち上がり、肩をすくめてみせました。
『ご存じないのですか? ヘルパーメイドは家ではなく、人に仕えるものなのですよ。わたくしが仕えたのは……それはもう、言うまでもございませんよね』
『信じてたのに……! 信じてたのに……!』
『許さん……! ぜったいに許さんぞ……!』
『おや、まだ身の程がおわかりいただけていないようですね。このわたくしには、あなたがたの人生をさらに一変させる証拠があるのですよ?』
これにはシューワイツ様とブリーリ様も興味を惹かれたようです。
『ほう、まだあるというのか! 面白い、見せてみろ! せっかくだから跡形も残らぬほどに、完膚なきまでに叩き潰すとしようではないか!』
『わーいっ、さんせーっ! 見せて見せてーっ! コイツらがのたうち回るところが見たいの! その姿を真写にとって、お屋敷にずーっと飾っておくの! にゃはっ!』
来賓の方々からも「やれーっ!」と応援をいただきましたので、わたくしは手元の装置をいじり、スライドショーを操作します。
次々と切り替わっていく画面、それはパラパラ漫画のように連続した、一連の真写でした。
アニメーションのように滑らかに動くその人物に、来賓の方々はポカーンとされております。
「な……なんだ、これは……?」
「ブリーリ様が、庭みたいなところでゴミ箱を持ってるぞ……?」
「あたりを見回してる……?」
「あっ、ゴミ箱をかぶったぞ? なんでそんなことを?」
この時ばかりは、あのシューワイツ様ですら呆気に取られておりました。
でもこの式場のなかで約1名ほど、心臓を撃ち抜かれたような表情をなさっているお方が。
それは、ブリーリ様でした。