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06 伯爵家、炎上

 ブライブ様のあとを急いで追ってみますと、ブライブ様は書斎には入らず、扉の前で聞き耳を立てておいででした。

 書斎からはなおも、剣呑な声がやりとりされています。


「シューワイツ様、はぐらかさずに答えてください! この収支のズレを!」


「たった1年の間でのズレだから、誤差みたいな金額じゃないか。来年の収支で調整すればいいだけのことさ、目くじらを立てるようなことじゃない」


「本当にそうなんですか!? ここにあるのは2年分の書類だけですが、過去のぶんはどうなっているんですか!? もし同じ書式なら、毎年ズレていることになる! そして毎年なら、ズレたぶんの金はとんでもない額になる! その金はどこへ消えたんですか!?」


 その話し声をしばらく聞いたあと、ブライブ様はまた風のように去っていきました。

 助け船だと思っていたのに、あっさりとどこかへ行ってしまわれたのです。


 これからどうするべきか、わたくしはおおいに悩みました。

 なぜかと申しますと、ここでの決断が、これからの未来を大きく左右するのではないかと感じたからでございます。


 ブライブ様を呼び止めるか、それともわたくしが書斎に入って言い争いの仲裁をするか、それとも……。


 悩んだ挙句、廊下の窓の汚れが気になりましたので、その窓を拭くことにいたしました。


 わたくしが廊下の窓を拭き終えたのと、エアリッヒ様が書斎から出てこられたのは、ほぼ同じタイミングでした。

 そして同時に、こんな声も。


「……かっ、火事だっ、火事だぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!!」


 それは裏庭から起こった、庭師たちの叫びでした。

 わたくしとエアリッヒ様が声のほうに駆けつけてみますと、そこには……。


 なんと、真っ赤な夕焼けに負けないくらいに燃え上がる、倉庫があったのです……!


 庭師たちがバケツリレーをして鎮火にあたっていますが、倉庫はかなり古い木造のもの。

 しかも中には燃えやすいものがたくさんあったようで、火勢は衰えを知りません。


 消防隊の鐘の音が遠くから聞こえてきますが、到着する頃には全焼していることでしょう。

 周囲に燃え広がっていないことだけが、不幸中の幸いといえそうです。


 わたくしも微力ながら消火をお手伝いします。

 おたまで池の水をすくってひっかけていたのですが、その最中、現場からすこし離れたところでふたつの人影を目にいたしました。


 それは、エアリッヒ様とブライブ様。

 遠目から拝見してもただならぬ雰囲気でしたので、こっそり近づいてみることにいたしましょう。


「ブライブ……お前がやったんだな」


「なんだよエアリッヒ、そんな怖い顔して……。やったってなにをだよ?」


「とぼけるな! お前がやったんだろう!」


「そう怒んなって、知らなかったんだよ。あのメイドが、お前の女だったなんて……」


 エアリッヒ様は鼻息荒く、ブライブ様の胸倉を掴みました。


「ふざけるな! 倉庫に火を放ったのはお前だろう!」


「ちょ、待てよ。俺がそんなことするわけないだろ。あんな倉庫を燃やしてなんになるってんだよ」


「あの倉庫の中には、土木事業の財務諸表があった! 人目に付かないように、あそこに隠してたんだろう!」


「マジで? なんでそんな大事なものが、あんなオンボロ倉庫に?」


「とぼけやがって……! お前が隠したんだろうが! 俺が見たのは2年分だけだが、おかしなところがいくつもあったぞ!」


「へぇ、お前って財務諸表の見方がわかるんだ。へ~え、数字がニガテなお前がねぇ。……それとも、誰に見てもらったのかな? そんな優秀なヤツだったらシューワイツ様にもご紹介したいから、名前を教えてくれよ」


 たったその一言だけで、エアリッヒ様のお顔が怒りから動揺へと変わります。

 ブライブ様は唇を尖らせ、おどけるようにおっしゃっていました。


「あれあれぇ? たしかに財務諸表の作成は俺の担当だけど、シューワイツ様が承認されてるんだよぉ? もしかして、上司批判したいのかなぁ?」


「くっ……!」


「でもそこまで気になるんだったらぁ、2年分といわず、過去のやつをぜんぶ見てみたらど~ぉ? 見つけられたら、好きなだけ見てもいいよぉ~! 見つけられれば話だけどねっ! ぎゃははははっ!」


 ブライブ様はエアリッヒ様の腕を振りほどくと、笑いながら去っていかれました。

 エアリッヒ様はうつむいたまま震えています。

 背にしていた倉庫がガラガラと音をたてて崩れ、焼け跡になった後でも、ずっとそうしておられました。


 わたくしはそのお姿を最後まで見届けるつもりでいたのですが、途中でシューワイツ様の書斎に呼び出されてしまいました。

 もう陽はすっかり隠れていたのですが、書斎のなかは明かりが付いておらず、シューワイツ様のお顔がロウソクの向こうで揺らめいておりました。


「聞いたぞ。僕とエアリッヒの言い争いを聞きつけ、ブライブを呼んだそうだな」


「はい。さしでがましいかとは思ったのですが、あの場を納められるのはブライブ様しかいないと思いまして……。でもブライブ様は、おふたりを止めてはくださいませんでした」


「いや、それで良かったんだ。おかげで助かった。下手に嗅ぎつけられる前に、まとめて始末できてよかった」


「まとめて始末? なにをですか?」


「なに、お前が気にすることじゃない。それよりも調査のほうはどうなっている?」


 「はい」とわたくしは頷き、胸に手を当ててお答えしました。


「この屋敷には、2匹のキツネがいるようです」


 それがどなたかはもう、言うまでもございませんよね。

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