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05 プレイボーイの補佐官

 本を届けたことがキッカケになったのでしょうか、エアリッヒ様のお姿を、クルーレ様のお部屋でよくお見かけするようになりました。

 そんなある日のことです。


「失礼いたします。クルーレお嬢様、お茶をお持ちいたしました」


「いつもありがとう、ミーテルさん」


「今日は、エアリッヒ様はおられないのですね」


「うん、今日は結婚式の警備の打ち合わせがあるんだって。でも、夕方に顔を出してくださるっておっしゃっていたわ」


「そうなのですね。結婚式といえば、わたくしも先ほどまで倉庫の掃除をしておりました」


「結婚式で倉庫の掃除? どうして?」


「式場でスライドショーを流すそうなのですが、その時に使うアルバムを倉庫から出してくるように言いつかったのです」


「ああ、そういえば式場の人が、私の所にもアルバムを借りにきてたよ」


「倉庫のなかはホコリでいっぱいでしたので、探すついでに掃除をさせていただいたのでございます」


「ふーん、大変だったねぇ。で、アルバムは見つかったの?」


「それが、お屋敷の中にも倉庫があるとは知らず、裏庭の離れにある倉庫を探してしまいまして……」


「裏庭の倉庫? それって、かなりオンボロのやつじゃない! あんな所にアルバムなんてあるわけないよ! 掃除も大変だったでしょ?」


「はい。かなり古い倉庫でしたので、1日仕事でした。アルバムはけっきょく、他の方がお屋敷の倉庫から見つけてくださったようです」


「あはは、ミーテルさんってなんでもできそうな見た目なのに、おっちょこちょいなところがあるんだね!」


「お恥ずかしいかぎりです……。あ、そうそう、その倉庫で、こんなものを見つけたのですが」


 わたくしはエプロンのポケットから書類の束を取り出し、テーブルに置きました。

 するとクルーレ様のメガネのごしの瞳が、驚きに見開かれます。


「これって……財務諸表じゃない……!? しかも、この国の建築事業の……!」


「それって、すごいものなのですか?」


 それは数字がずらずらっと並んだ(ひょう)で、わたくしにはさっぱりです。

 でもクルーレ様はケーキスタンドに並んだケーキに目移りしているかのように、興奮した様子で書類をめくっておいででした。


「すごいなんてもんじゃないよ! この国の税金で、どんな建物が建てられたかがひと目でわかるんだよ! ほら、ここにちゃんと国王の印鑑があるでしょ?」


「国王様が直々に印鑑を押された書類……!? それはたしかに、畏れ多いです……!」


「あはは、違うよ。印鑑を押すのは国王の代理の公爵様だよ。ほら、印鑑の横に直筆のサインがあるでしょ?」


「あっ、本当ですね、いまの公爵様のお名前がございます。ということはこの書類は、最近のものということでございますね」


 するとわたくしの言葉に反応したように、クルーレ様は眉をひそめておられました。


「最近の書類……? そんなものがなんで、裏庭の倉庫に……?」


 最近の書類というのがそんなに気になったのか、クルーレ様はじっくりと書類をあらためておりました。

 やがてお顔をあげられますと、真剣なまなざしでわたくしにおっしゃったのです。


「ねえミーテルさん、この書類、私に預からせて」


「わたくしに尋ねる必要はないかと思います。シューワイツ様とご結婚なされた暁には、クルーレ様もこのお屋敷の主となるのですから。そちらの書類は、奥様のお好きなようになさってくださいませ」


「奥様だなんて、そんなぁ……!」


 奥様と呼ばれただけで、クルーレ様は乙女のように頬を赤くされておりました。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 その日の夕方、わたくしはまたぐうぜんにも耳にしてしまったのです。

 シューワイツ様の書斎から轟く、吠えるような大声を。


「シューワイツ様! この財務諸表はいったい何なのですか!?」


「エアリッヒ……それを、どこで手に入れた?」


 どうやら、わたくしが見つけた書類が原因でおおごとになっているようです。

 わたくしのせいで……とおろおろしていると、廊下の窓から助け船が見えました。


 それは中庭のベンチに座り、両脇の若いメイドと肩を組んで談笑されているブライブ子爵様。

 エアリッヒ様の同僚であり、シューワイツ様の右腕と呼ばれたあのお方なら、おふたりを止めてくださるかもしれません。


 わたくしはスカートを振り乱す勢いで中庭に出ると、ブライブ様に助けを求めました。


「ブライブ様! 大変です!」


 ブライブ様は飄々とした雰囲気のお方で、数々の浮名を流したプレイボーイでもあります。

 女性にはどなたにも親切のようですが、わたくしの正体がわかると急に態度を変えられました。


「ったく、ヘルパーかよ。せっかくいい気分だったのにシラケちまったなぁ」


「大変申し訳ございません! でも、聞いてください! シューワイツ様とエアリッヒ様が、書斎で言い争いを……!」


「あのふたりの言い争いなんて珍しいもんじゃないよ。俺にとっちゃ、女のあえぎ声と同じさ。2時間おきに聞いてるよ」


 いくらわたくしが訴えてもどこ吹く風のようです。

 それどころか「そういえば、今日はまだ聞いてなかったなぁ~」などと、メイドたちの首筋に唇を寄せる始末。


「あの……! 財務諸表がどうとかおっしゃってて……!」


 すると、ブライブ様の目の色が変わりました。

 わたくしを突き飛ばす勢いで立ち上がり、風のような速さで屋敷に向かって走っていかれたのです。

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