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03 本妻の秘密

 わたくしの個人的印象なのですが、ブリーリ様はバカ……いえ、愚かではなさそうです。

 それどころ、術数(じゅっすう)に長けているようにお見受けいたしました。


 しかしいずれにせよ、それを判断するのはわたくしではなくシューワイツ様です。


 とりあえずブリーリ様へのご挨拶はすませましたので、次はクルーレ様にご挨拶したいと思います。

 幸い、お部屋の場所もわかりましたから。


 わたくしは屋敷に戻ると、用具室からホウキとチリトリを取り、3階にあるクルーレ様のお部屋へと向かいます。

 いきなりドアを開けると「キャッ!?」と悲鳴がしました。


 そこには、質素な黒いドレスのレディがいました。

 年の頃は10代後半といったところでしょうか。

 長い黒髪で地味な顔立ち、メガネの向こうにある目をまん丸にしたまま固まっています。

 しかし急に我に返ると、テーブルの上にあった本をわたわたと背中に隠しておいででした。


「ぶ、無礼ですよ! ノックもせずにいきなり入ってくるなんて!」


 わたくしはひれ伏さんばかりの勢いで頭を下げます。


「す……すみません、クルーレお嬢様! クルーレお嬢様がお出かけのうちに、お部屋を掃除しておくようにと言われまして……!」


 もちろんこれは偽りでございます。

 ノックなしでお部屋に入ることで、中でなにをしていたのかを探ったのでございます。


 調査方法としてはかなり大胆なものなので、下手をするとクビになってしまうかもしれません。

 でも旦那様の後ろ盾があるので大丈夫でしょう。クビになったらその時はその時でございます。


 しかしその甲斐あってか、さっそく大きな収穫がございました。

 どうやらクルーレお嬢様は、読書の最中だったようです。


 お読みになっていたのは、人には見せられないような本。

 それはいったい、どのようなものなのでございましょうか……?


 しかしそれを探るのは後にして、わたくしはひらに頭を下げます。

 するとクルーレお嬢様は、すぐにわたくしを許してくださいました。


「次からは、掃除であってもノックはするようにしてくださいね。ところで、新しいメイドさんですか?」


「はい、申し遅れました。『ラブバード・ヘルパー紹介所』から参りました、ミーテルと申します」


「ミーテルさんね! 短い間だけど、よろしくお願いしますね!」


 クルーレお嬢様は、賤民のわたくしを名前で呼んでくださるばかりか、屈託のない笑みまでくださいました。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 それから数日後。

 わたくしは頃合いを見計らって、クルーレお嬢様のお部屋にふたたび伺いました。

 今度はちゃんとノックをして。


「失礼いたします。クルーレお嬢様、お茶をお持ちしました」


「ありがとうミーテルさん。ちょうど喉が乾いてたところだったんだ」


 クルーレお嬢様は、テーブルの上でアルバムを開いておられました。

 家族の思い出が詰まったアルバムのようで、どうやら嫁入り道具のひとつのようです。


 開いたページには、多くの人形に囲まれて笑顔のブリーリ様と、少しふてくされた様子のクルーレ様が写っておりました。

 ふたりの幼い頃の姿を瞳に映し、クルーレお嬢様は幸せそうに微笑んでおりました。


「ブリーリちゃんは、いつも私のお人形さんを欲しがって……。パパとママに言いつけても、お姉ちゃんだからガマンしなさいって言われて……けっきょくぜんぶ取られちゃったんですよね。それがまさか、同じ人のところにお嫁さんに行くことになるなんて……」


 厳密には、お嫁さんになるのはクルーレ様だけで、ブリーリ様は(めかけ)になります。

 エナ王国の貴族は婚姻の制約が厳しいかわりに、同時に側室を持つことを許されるのです。


 そのため、婚約者といっしょに側室候補を住まわせておくのは珍しいことではありません。

 しかしその場合、正妻と愛人のマウント合戦になることも珍しくはないのですが、おふたりは姉妹なのでそのようなことはないようです。


 ……少なくとも、クルーレ様はそう思っておられるようでした。


 それはさておき、わたくしはお茶のお世話をしながら、それとなく切り出します。


「クルーレお嬢様は、算術がお好きなのですか?」


 するとブフォッ!? と紅茶を吐く音がしました。


「ど、どうしてそれを……!? まさか、本を見たんですか!?」


 わたくしはテーブルを拭きながら弁明します。


「申し訳ありません。お部屋の掃除をしていたときに、本棚をハタキではたいていたら、本が落ちてしまいまして……ぐうぜん中を……」


 もちろんこれは偽りでございます。

 本に秘密が隠されていると知ったわたくしは、掃除のついでに本棚を徹底的に探したのでございます。

 すると表紙は恋愛小説なのに、中身は算術の本を見つけてしまったのです。


 クルーレお嬢様は「バレちゃったらしょうがないか」とため息をつくと、やにわにわたくしの両手を握りしめてきました。


「お願いミーテルさん! このことは誰にも言わないで! 特にシューワイツ様には!」


「そのことでしたら、ご心配には及びません。わたくしはヘルパーですので、他言したところで誰も信じてはくれないでしょう。もちろん、みずから他言をするようなこともいたしませんが」


「そう? ミーテルさんの言うことだったら、私だったら信じちゃうけどなぁ」


「でもなぜ、算術の本を読まれていることを秘密にしているのですか?」


「算術って男の人がやるもので、女の子がやるのは嫌がられるでしょ? ママからもずっと、もらい手がなくなるから止めなさいって言われてるんだよね……」


 算術をやっているという事実は、シューワイツ様の基準だとたしかに通報案件でしょう。

 クルーレ様はさすが婚約者だけあって、そのことを薄々わかっているご様子でした。


 算術をひた隠しにしているのは、シューワイツ様に嫌われたくないから……?


 しかし、仮面の下にはさらなる素顔(ホンネ)が隠されているかもしれません。

 わたくしはもう一歩、踏み込んでみることにしました。


「わたくしは両手の指を使わないと計算できませんので、算術がおできになるレディというのは本当に尊敬します。どうかわたくしに、クルーレ様の趣味を応援させていただけませんか? 時たま、算術の本をこっそり差し入れさせていただくというのは……」


 するとどうでしょう。

 それまで不安でいっぱいだったクルーレ様のお顔が、晴れ渡るほどの笑顔になったのです。


「ほ……ホント!? 実は算術の本が欲しくて欲しくてたまらなかったの! ありがとう、ミーテルさん!」


 どうやら、うまく踏み込めたようです。

 弱みを握った状態で、敵対するのではなく味方になるフリをするのは、人の心にさらにおじゃまするときの鉄板でございますからね。

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